元凶
紫と梅、随分と風流なことだ、というのが、冷静さを取り戻したアンダーの気持ちであった。彼は手元の潰れたエクレアを食べながら、ビッチと共にロータス・タワーの壁にもたれ掛かっていた。
見た目こそすっかり崩れてしまったが、口に入ってしまえば、エクレアはエクレアである。
「コンビニのエクレアとかまずくね?」
「意外といけるぞ。お前の高級な口に合うかは知らん」
「ま、この応答で1万は取れるからね」
ビッチはそう言ってからかうように笑う。少しは不快感を覚えたものの、脳に取り込まれる栄養素が心を幾らかは冷静にした。
「で?ベインとは知り合いなの?」
アンダーは首を横に振る。
「あいつ、ベインっていうのか。パープル、知ってること教えてくれ」
アンダーが真剣な眼差しを向けると、彼女は少し引き気味の笑顔で、「知ってるも何も・・・」と勿体ぶるように続けた。
「あいつから金搾ったのウチだからね」
「は・・・?」
思わず聞き返すアンダーに、彼女は悪びれる様子もなく言葉を続ける。
「あいつに借金させて、金搾ったの。こっちとしてはそれで終わりにしてあげたんだけど、しつこくってさぁ・・・」
「じゃあお前が原因じゃねーか!」
アンダーは隣に居座る邪悪から距離を置く。彼女は馬鹿にしたように白い歯を見せて笑った。
「元々女で遊ぶ金もないのに店に来るから搾られるんじゃん。あんたも気をつけなね、馬鹿な男がハマると怖いからさ」
身にならないアドバイスをしたビッチが、蛇革のブランドバッグから化粧ポーチを取り出す。動揺を隠せないアンダーの前で、彼女は粛々と化粧直しを始めた。
「ベインみたいな厄介な客もいるからさー、最近は結構セーブしてんだよね。他の嬢と違って推してるホストとかもいないし、一生分の貯金はあるからさ」
アンダーは言葉を探して口をもごもごとさせる。そんな彼を鏡台代わりにして、使い終わった化粧落としや、次に使う化粧品を彼に手渡していく。戸惑うばかりのアンダーは、それらをただ受け取るばかりであった。
「はい。これ持ってて」
「いや・・・じゃなくて・・・!お前、それ最低だぞ!?そんな風に人の稼ぎを取り上げていいわけないだろ!」
アンダーは使ったことも無いマスカラを押し付けられる。手元には、彼の衣服には似合わない華美な化粧品の数々が乗せられている。
「こっちとしては店が提示した正当な対価で夢見せてやってるだけなの。あんたも行くでしょ、遊園地とか、ライブとか。それにケチつける奴は、はじめからうちらに近づくべきじゃない」
リップを丁寧に塗り、その馴染み具合に満足したと見るや、彼女はアンダーの掌に乗った化粧品の数々を次々にポーチへと仕舞う。化粧落としだけを掌の上に残して、最後に下地を持ち上げると、上目遣いでアンダーの顔を覗き込み、小悪魔めいた微笑をした。
「そういう奴は、あんたみたいに真面目に生きればいーの」
彼女は小さな鞄に化粧ポーチを仕舞うと、「じゃ」と言葉少なに言い残し、風俗街の方へと向かって行った。
アンダーは、手元に残された化粧落としを乱暴にエクレアの包装紙に捻じ込み、横断歩道へと大股で踏み出す。信号が赤になると、小走りで横断歩道を渡った。
その時も、いまだ動揺するアンダーの脳内には、車のエンジン音や、雑踏の音も届きはしなかった。




