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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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工作

 翌日は、早朝からのシフトがあった。店長の悲壮な姿は相変わらずだったが、人手は補充されたらしく、アンダーも中年女性のアルバイトを教育することとなった。どこかでパートをしていたらしい彼女は研修生の札をかけているものの手際が良く、アンダーがお世話するのは細かな店舗ルールの部分がほとんどであった。そのため、一日の負担増はそれほど大きくないというのが実際のところであった。清掃当番の名前にも、ショートタイムのアルバイトを含めて二人分の名前が追加され、店はようやく従来の様子を取り戻し始めた。


 きっちり8時間のアルバイトを終えたアンダーが裏口から退出する。すると、いつにもなくにぎやかな声が、路地裏の方向から聞こえてくる。子供の甲高い声が多いが、一つ野太い声も混ざっているらしい。

 不思議に思い、恐る恐る光に背を向けて歩き出すと、建物と建物が作る狭い交差点のような開けた場所へと辿り着いた。日光の明かりを取るにはいささか狭すぎるものの、青空がわずかに覗くその場所は他の場所と比べればずっと明るく、ごみ箱の青色や、人の顔がはっきりと視認できる。


 ちょうどその四隅で、子供達が一人のがたいのいい男を囲んで屯している。パピーと似たような成長に不釣り合いな服装を着た、性別も肌の色も様々な子供である。彼らの表情は明るく、男に懐いているらしいことがすぐにうかがえる。


「雨に強く作ってよ」

「おま・・・段ボールだぞ、これ。取り敢えずそこのビニール取ってくれ」


 男はそう言って後ろに手を伸ばす。子供の一人がビニールを手に掛けると、短い礼の後、ビニール袋を丁寧に開き始める。

 よく見れば、それはアンダーの店で使っている袋であった。男はビニールを裂くと、これを段ボールの周りに貼り付けていく。男の肩越しに見える段ボールの内部は蝋引きのものらしく、ややくすんだ茶色をしていた。

 男の作業を観察しているアンダーに、一人の子供が気づく。その子が驚きの声を上げると、子供と男が一斉に振り返った。アンダーは男が例の常連客だと気が付き、相手と同時に「あっ」と間抜けな声を出した。


「えっと、こんなところで何をしていらっしゃるのですか?」

「こいつらが家がないっていうからさ、タダで作れるものをかき集めて作ってやってたんだよ。お前こそ何やってんだ?」


 男に聞き返されると、アンダーは何となく居心地が悪くなり、もごもごと答える。


「いえ、なんか、声がしたので・・・。その、お客さんは、よくこういう事をされているんですか?」


 男は逞しい腕を組み、黄色い歯を見せて笑う。


「俺もその日暮らしだから、外で寝泊まりすることもあるしな。・・・あ、そういや、自己紹介してなかったな。俺、ハイトな」


 子供が太い脚の裏に隠れ、不安げにアンダーを見つめている。出会ったばかりのパピーと比べれば随分大人しいと感じられる。


「ハイトさん・・・。アンダーです。俺も手伝いましょうか?」

「お、いいのか!?助かるぅ」


 ハイトはアンダーの肩を軽く小突く。もっとも、ハイトにとっては気楽なスキンシップも、線の細いアンダーにとっては結構な衝撃であったのだが。

 ハイトはアンダーに線にそって段ボールを裁断するように指示を出し、カッターを手渡す。蝋引きの段ボールは頑丈で、アンダーは苦労してようやく段ボールを裁断する。その間に、ハイトはビニール袋で周囲を保護し、壁の一部をくり抜く。ビニール袋がカーテン代わりの窓が出来上がり、その際くり抜いた段ボールの縁を折り曲げて、お盆を作る。

 これを子供達に見せて使い方を教えている間に、アンダーがようやく裁断を終えた。


「終わりました」

「よぉし、これで扉ができるな。お前ら、仲良く交代して使うんだぞ」


 子供達が大きな声で答える。子供達は、アンダーに見せた猜疑心を、ハイトに対しては全く見せる素振りが無い。

 アンダーから段ボールを受け取ったハイトは、手早く扉を取り付けると、扉をくり抜いて小さな窓を作る。そこに半透明のビニールを貼り付けると、子供のように嬉しそうな声を上げた。


「完成!」

「わぁぁぁ!」


 子供達が歓声を上げる。アンダーは彼らの脇でその様子を微笑ましく眺めていたが、余った段ボールの屑を見て、ハイトに声を掛けた。


「ハイトさん、これも全部、何かに使えませんかね?」

「ん・・・?」


 ハイトは長方形や台形、扇形の段ボールを眺め、子供たちの姿を見た。やがて、カッターを取り出すと、軽く切れ込みを入れて段ボールを織り込み、小さな箱を作った。最後に、細かな切れ端を継ぎはぎし、少々いびつな形の蓋を取り付ける。


「まぁ、こんな所か。これも家に入れとくからな」

「おじさんありがとう」


 子供達が大きな声で言うと、ハイトは乱暴に頭を撫でまわして答える。


「お・に・い・さ・ん!」


 アンダーはその様子を慈しむように眺めている。ハイトが振り返り、「ありがとな」と短く言い放つと、彼もそれに応じて静かに頷いた。


「ハイトさん、ちょっとここで待っててください」

「お?」


 アンダーは急いで店へ戻ると、ハイトの良く買う天然水の2リットルボトルと紙コップ、なるべく量のあるビスケットを買って路地裏へと戻った。

 すると、子供達は早速段ボールハウスで遊んでいる。それを見守るハイトの周りには汚い服装の大人たちが集まって談笑をしていた。


「ハイトさん、お待たせしました。これ、みんなで・・・」

「お?おー、悪いな!お前ら!『メシ』と水だぞ!」


 子供達を大声で呼び、大人たちのコップに水を注ぐと、ペットボトルはすぐに空っぽになった。大人の一人がペットボトルを売るからと空のそれを受け取り、お菓子も即座に全て取り分けられてしまう。あまりの勢いにアンダーも驚いたが、それほど狭い路地裏に人が集っているということでもある。そう意識すると、アンダーは無性に周囲にある窓が気になり始めた。


「アンダーつったっけ?ありがとな。晩飯おごるよ」

「いえ、ご飯は家で食べないといけませんので。お心遣いありがとうございます」

「遠慮すんなって」


 ハイトがアンダーの肩に手を回す。細い首にどっしりとした腕が寄りかかってくる。アンダーは苦笑いをしながら答えた。


「実は、俺、ここの路地裏で保護した子供預かっていまして・・・。そいつにご飯作ってやらないといけないんです」

「あっ、そうか・・・。じゃあそいつも連れて来いよ!奢ってやる」

「悪いですよ・・・」


 アンダーは重ねて断るが、ハイトは豪快に笑って脇を小突いてくる。正直絡みづらいと思いながらも、断り切れないアンダーは観念して頷いたのだった。


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