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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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絵合(えあわせ)

「ただいま」

「おかえり」


 アンダーが帰宅すると、パピーは寝転がって本を眺めていた。本と言っても、アンダーの持っている本と言えばほとんど小難しい本ばかりなので、カラーの資料集をパラパラとめくっているだけである。胸部にできた空間では、2匹のオコジョがすらりと長い体をすっぽりと収めて寛いでいた。


「楽しい?」

「色がある」


 アンダーは思わず吹き出した。パピーは怪訝そうに眉を顰める。鞄を机のわきに置き、脇息代わりにして肘をかけると、パピーも鞄を枕代わりにして仰向けになった。オコジョがするりと抜け出して、アンダーの膝の上で丸くなる。


「俺、文字読めないから絵しか分かんねーの」

「あ・・・ごめん」


 アンダーはきまりが悪くなり視線を逸らす。誤魔化すように資料を開くと、パピーが素っ気なく答えた。


「別に。それで困った事ねーよ。メニューも指差したり、聞いた名前をてきとうに言えばいいし」


 パピーはすぐに資料集に戻る。彼の視界の中にある「文字」の多くは、模様に過ぎないのかもしれない。アンダーは資料集を覗き込みながら、文字に指を指して尋ねた。


「これは読めるか?」

「さぁ」

「これは?」

「つぼ」

「縄文土器」

「これは」

「皿」

「マイセン」

「これ」

「コップ」

「ウェッジウッド」


指を追いかける目は次に真上にある絵を見る。パピーは唇を尖らせた。


「合ってるだろ」

「三角だな」


 アンダーが首の後ろで笑うと、パピーは彼の肘を叩く。アンダーはゲラゲラと笑いながら、ぼろぼろの資料集を彼の手から取り上げた。


「受験生の頃は色々無駄知識集めたもんだ」

「その名前絶対使わねーもん」

「はは、違いない」


 彼は資料集を慈しむように眺める。所々に染みがあり、時折擦れた鉛筆の跡が残っている。擦れた鉛筆の跡にはよく見れば指紋のような跡もあり、当時ぼろぼろと折った芯の数々が机の上を転がっていたことを思い出した。


パピーは反抗的なつり目で資料を覗き込んでいる。訳の分からない文字列を指差し、アンダーが言葉を連ねると、ますます片眉を持ち上げて尋ねた。


「なぁ。学校って楽しいか?」

「ん?・・・お前が想像する楽しさを俺がしているとは思わないけど、楽しいぞ」


 アンダーは普段の生活を思い出していた。休憩時間に勉強し、真面目に講義を受ける時、周囲では膝の上で携帯を弄っていたり、資格試験の勉強をしたりしている。そういう姿勢が正しいかはともかく、彼らの充実と自分の充実はどうやら違うらしいと思えた。

その返事を知ってか知らずか、パピーは興味無さそうに空返事をした。


「・・・ふぅん?」


 アンダーはパピーに資料を返すと、調理のために冷蔵庫へ向かった。それなりに食品には余裕がある。彼はもやしと卵を取り出して、フライパンの支度をした。


「学校行きたいか?」

「どうだろう。正直ピンとこない」


 フライパンに油を敷き、豪快にもやしを放り込む。ジュッという悲鳴のような音を上げたもやしを箸で解すと、てかてかとした油がその体に纏わりつく。胡椒をむせ返るほど絡ませると、もやしの白に黒い色どりが絡みついた。

 フライパンの上に水分が染み出してくる。湯気が馨しい油のにおいを鼻腔へと運んでくる。


「ただ、同じ年代の奴らと話す話題はないよな」

「それはお前、テレビでも見て勉強するしかねーなぁ」


 もやしがしなってきたところで、アンダーは溶き卵をフライパンに投入する。再び気持ちのいい音を立てたフライパンの上で、たまごがくつくつと泡を立てている。

 これを、箸でてきとうに絡ませていく。徐々に固形になっていく卵が、油と水分とフライパンの色に馴染んで鮮やかな色彩を失くしていく。


「なんか、お前って結構寛容だな」

「そうか?」

「そういうので、『周りと仲良くしろー』とか『ちゃんと遊んでと言えー』とか、そういうこと言われた記憶があるから」


「うーん・・・。ま、色々あるんだよ。世間って複雑怪奇だからさ」


 アンダーは火を消し、卵と絡み合ったもやしを解すと、新品の大皿に盛りつける。

鼻をひくつかせて直立するオコジョたちに、パピーはエサを与えた。そして、食卓に着いた彼は、テレビの電源をつける。落ち着いた雰囲気の討論番組が、薄い液晶の中に映し出された。


 茶碗に米を盛り、インスタントのお吸い物をお椀に入れる。一連の「面倒な」ひと手間を終えると、アンダーも食卓に座った。


 挨拶もなく、パピーは皿を持ち上げて米を食べる。箸の利用は慣れたものだ。二人はもやしをつつきつつ会話を続ける。


「まじで人間関係っていうのが一番面倒だから」

「まぁ、わかるわ」


 パピーが脳裏に浮かべているのは、先日酔いつぶれていた、アンダーの友人のことである。

 アンダーはパピーが箸で米をかき込む姿を慈しむように眺めながら、自分はゆっくりと咀嚼をする。


「あーあ、俺も人の気持ちが分かったら楽なんだけどなー」

「なんだよいきなり」

「・・・いやぁ」


 アンダーはただ苦笑いで答えた。


 成長期の子供にはいささか不健康すぎる食事を終え、皿を洗うと、アンダーは薬を飲む。パピーは真剣に議論を交わす大人たちを眺めながら、水を咀嚼した。


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