謝礼
泥酔状態の友人を壁際に座らせると、アンダーはメニュー表を開く。嬢は水を受け取ったついでに、スタッフに注文をした。
「イチゴの贅沢パフェと、カルボナーラで」
「えーっと・・・コーヒー」
「ついでに飯食べちゃいなよ。ウチのおごりなんだから」
「・・・悪いだろ」
メニュー表から顔を覗かせながら言うアンダーを見て、嬢は呆れたように言う。
「はいはい。じゃ、ウチ、マルゲリータピザ追加して。あと人数分のドリンクバー付けるから、こいつのコーヒーいいや」
注文を終えると、嬢はだらしなく背凭れにもたれ掛かり、大股開きで声を上げた。
「はぁぁ!まじ、仕事だるかったわー」
はしたないだみ声を聞き、アンダーは大きなため息をつく。ひとまず貴重品を全て持って、警戒しながら飲み物を注ぎに行った。
彼が警戒心を露わにする間、風俗嬢の方は荷物には無関心な様子でスマートフォンの画面をスワイプしている。友人用の水まで注ぎ切ると、彼はすぐに席へと戻った。
「で、稼げたの?」
友人の前に水を置きつつ、アンダーが尋ねる。嬢はしたり顔で親指を立てて見せた。
「成功報酬な」
「はいはい」
席に食事が運ばれてくる。嬢はスマートフォンを隅に置き、カルボナーラに大量のチーズを塗した。
「ピザはあんたらの分な。てきとうに食ってよ」
「・・・ほんとにいいのか?」
「良いって言ってんじゃん。それとも割り勘派?」
アンダーは首を横に振る。嬢は机の上に紙幣二枚を置き、「これ証拠ね」と言ってとんとんと叩く。アンダーが頷くのを確かめてから、彼女はカルボナーラを食べ始めた。
不思議な雰囲気の夕食が始まる。アンダーは常に懐に警戒し、ピザを慎重に口に運んでいる。普段よりは数段目つきが鋭くなっている彼は、少しでも彼女の思惑を探ろうと頭を巡らせた。
「名前なんて言うの?」
「よくビッチって呼ばれるけど」
「そういうのは良いって」
「別にどう呼んだって良くない?あんたにビッチって言われても、別にウチは不快じゃないよ」
「俺が嫌なの」
嬢が面倒くさそうにアンダーを睨む。しかし、彼のあまりに真剣なまなざしが、彼女にはあまりに滑稽に映り、鼻で笑いながら答えた。
「じゃー・・・パープルでいいんじゃない?」
「はぁ?まぁ、いいか・・・」
ビッチが前髪を耳に掛け、カルボナーラを口に運ぶ。ぼんやりとしていたアンダーの友人の目がはっきりとし始め、その様子を捕らえると、隣に座るアンダーに驚愕の目を向けた。
「じゃあ紫さん、どういう意図があって俺達を誘ってくれたんだ?言っておくがこれも俺も、金はしっかり『無い』ぞ」
「はぁ?話聞いてた?楽して稼ぐのに使わせて貰ったってこと。思ったより稼げたから、あんたらにも還元してんじゃん。言っとくけど、ウチと一緒に食べるってだけで2桁飛ぶんだからね。黙って受け取りなさいっての」
アンダーがあれこれと詰っているうちに、苛立った様子のビッチがてきとうに答え始める。話の見えない友人は、二人の顔を見回しては、状況が呑み込めずに慌てふためいていた。
「うざ・・・」
「俺がはっきりさせたいのは、あくまでこの関係に金が絡んでないってことだけなんだよ。俺は風俗とかもう行かないし、報酬とか言って時間を奪われるのも困る。カモにも釣り餌にもなりたくないの。分かる?」
「あーはいはい。モテないでしょ、あんた」
「それはいま関係ない!」
「図星で草」
「図星だよっ!!!失礼だろ!」
こうして、実りのない口喧嘩を続けている二人が食事を終える。ビッチがトイレのために席を立ち、放置された友人が何杯目かの水を運んで席に戻ってくる。友人は机に肘をつき、にやつきながら言った。
「アンダー、お前、すごいな・・・」
アンダーは意味が分からず眉を持ち上げる。友人はあまりに性知識に無頓着な彼に呆れ笑いを向けた。
その時、ポン、とビッチのスマホが音を鳴らす。一瞬だけ浮かび上がった待ち受け画面には、良く知らない男の細くしなやかな、青い血管の浮き出た手が映っている。友人はアンダーの肩に手を回し、彼を自分の方へと引き寄せた。
「おい、チャンスだぞ。スマホ見ろ」
「プライバシーってのが・・・」
そうこぼしつつ、つい視線がビッチのスマホへと動く。待ち受け画面の上にはSNSのアイコンと、以下のような文章が浮かんでいた。
『もの思ふに 立ち舞ふべくも あらぬ身の 袖うち振りし 心知りきや※ 』
ビッチが戻ってくると、二人は慌てて姿勢を正す。ビッチはメッセージに気が付くと、あからさまに怪訝そうに眉をひそめて、スマートフォンをポケットにしまった。
彼女は立ち上がって伸びをすると、一つ息をついた。
「じゃ、もう帰るか」
「ごちそうさま」
アンダーも立ち上がる。ビッチが伝票を手に取ってレジへ向かう。友人は先に出口へと向かい、アンダーはビッチについて行く。
「あんたも帰っていいよ」
「一応いた方がいいだろ」
「・・・ふぅん」
ビッチは口の端で笑う。事務的に会計を済ませて外に出る。素寒貧の友人がスマホを弄っている。ビッチは即座に大通りの一等地へ向かって歩き出し、アンダーも片手をあげて別れを告げる。彼女が少しだけ振り返る。その表情は、ごく自然な、打ち解けた微笑だった。
「えぇ・・・お持ち帰りしないのかよ」
友人が呆れてこぼす。アンダーは首を傾げ、思い当たることを見つけると、友人のポケットを見おろした。
「ピザだけだとちょっと足りなかったか?」
「そうじゃなくて・・・あー、もういいや。じゃ、またな」
「ん」
こうして友人と別れたアンダーは、眩しい照明の明かりの下を辿ってさっさと寮へと戻っていった。
※紫式部『源氏物語』「第7帖紅葉賀」源氏37




