研究
布団の上に座り、掛け布団を被ったアンダーが、頬杖をつきながらため息をこぼす。床の上、机の上に至るまで本を積み上げた小汚い四畳半の室内で、唯一空間を作られたその一角は、スタンドライトと月光で灯りを賄っている。すっかり闇の中に沈んだ室内では、掛け布団の上で二匹のオコジョ がじゃれ合う鳴き声だけが響いている※。
「確か、福祉系の法律で保護通報できるはずだよな・・・」
ぽつりと独り言を零した彼は、机上で唯一整理された、年代ごとの六法を手に取ると、目次を開いて文字を指でなぞる。
細かな文字に目を細めながら、その他法制の中にある児童保護法を見つけると、乱暴にページを捲ってその法律を開いた。数十条ばかりの中に、大量の項と号の乱立する中から、慎重に文字を追いかける。構成要件を慎重に確認しながら、何度も条文の上で視線を行き来させる。指が一度止まり、部屋の中に積まれた本の山を荒らし回った挙句に、専門書を引っ張り出すと、六法を元に戻し、そのすぐ隣にある判例六法を開いた。先ほどの要領で条文を開き、参考書を片手の上で捲りながら、しらみつぶしに代表判例を確認する。そして、専門書を文鎮代わりに判例六法の上に置き、鞄の中から携帯を引っ張り出した。
手元が明るくなるのを不思議がり、オコジョたちが見上げる。彼は構わずに、検索エンジンに判例番号を打ち込んだ。
先ほど出会った少年のような子供が保護された場合に、一番に問題になるのは『家族』である。その戸籍はどこにあり、家族はどこに住んでいるのか。そして、先ずは家族の下へと帰すのが基本となる、と記されている。彼は大きく息を吸い込み、肺が苦しくなると吐き出した。
眼鏡を外し、目を擦る。
「あれが保護されたら家族のところに戻れるとして、何故あそこにいるんだ・・・?」
考えてもしかたのない事が引っ掛かり、彼は目を擦る。肩の上から頬に向かって、筆のような尻尾が当たると、彼は二匹いるオコジョの頭を丸ごと指で撫で回した。嬉しそうなくきゅう、という鳴き声が響く。
「一度話を聞いてみるか・・・」
彼はスタンドライトの電源を消し、そのまま敷布団の上に身を預けた。肩に掛けたままの掛布団が、温い体温を体に帰すのと同時に、煎餅布団から床の冷たい温度が伝わってくる。彼は布団に潜り込んできたオコジョたちをそっと抱き寄せて暖を取り、そのまま眠りについた。
規則正しい生活を続けるアンダーには無関係なことであるが、ロータス・シティは夜もぎらぎらとネオンを輝かせる、まさしく不夜城というべき町である。彼の下宿先からそれほど遠くない場所には、毎年映画賞の授賞式が行われる巨大なスクリーンのあるロータス・タワーがある。このロータス・タワーを中心に、巨大なロータリー道路から放射状にビル街が広がっている。彼の下宿先である通称『どくだみ寮』でさえ、彼の故郷にある良質なアパートほどの家賃がかかる。彼が丸まったオコジョで暖を取りつつ眠っている間にも、都心ではビジネスパーソンと夜職の人々が明日の肥やしを探し歩いていた。
窓の向こうから響く鉄道の呻き声に目を覚ましたアンダーが、デジタル時計を覗き込む。時計は12時43分を示しており、あと一時間もすれば終電が来る、という時間であった。
「やべっ・・・」
彼がもぞもぞと体を起こすと、オコジョたちもそれに続いて目を覚まし、温い腕が無くなったことに気づいて布団の中に潜り込んでいく。洞穴のように大きく空洞を形成した掛布団が、オコジョの立ち上がる動きに合わせて歪に形を持ち上げられている。
アンダーは引き出しの中から薬を取り出すと、これを二錠手の上に出し、そのまま流し台へ向かう。僅かに蛇口をひねり、直接口を近づけて水を含むと、薬を放り込んで苦しそうに飲み込んだ。
副作用で喉元の不快感が残るのを感じながら、彼は布団の中に戻っていく。それに合わせて、オコジョが足元からするすると抜け出して、彼の温い吐息がかかる位置まで戻っていった。
アンダーは布団の中にもぐりつつ、机越しの夜景を覗き込む。電灯が一定の間隔に灯った街路は、いまだに明るく、夜空の星や月に恩恵を感じられない。首を振り、スタンドライトの明かりを消すと、翻って疎ましい電灯の明かりが、彼の顔に注ぎ込むのであった。
※オコジョは純絶滅危惧種であり、その飼育(捕獲)は日本の法律(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律第4条第3項、同法第第9条)により禁止されています。




