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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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18/70

軽率

 翌日、アンダーは寝覚めの悪いまま大学へと向かった。真面目一辺倒の彼にとって、風俗街での出来事は刺激が強く、朝からずっと頭が痛いと感じるほどであった。

 その日バイトがない事に安堵しつつ、ゼミの報告会へと向かう。小さな講義室の片隅に座り、名も知らない女子大生達が報告会後の予定などを話し合っている背中を見つめている。


(ああいう話、したことなかったな・・・)


 講義に行ってはアルバイト先へ、そして自宅へ向かう。その繰り返しに過ぎない生活が寂しいと思ったわけではない。ただ、周りと明確に噛み合わない自分というのが、彼にはもどかしく思えた。


「お、アンダーはよ」

「おはよ」


 頬杖をつきながら、隣席に座った男に挨拶をする。彼は数少ない友人ではあったが、アンダーとは異なり交友関係も広いので、講義が同じ時くらいしか語らうことはなかった。その程度の仲ではあったが、普段と雰囲気の異なるアンダーの様子に気が付くと、彼はにやつきながら詰め寄ってくる。


「なぁ、昨日どこ行ってたんだよ?」

「え、昨日?」


 不意に尋ねられ、目を丸くするアンダー。机一杯に開いた参考書を隅に寄せられて、肌が密着するほど詰め寄られる。戸惑うアンダーの懐の内に入り込むと、彼は「勿体ぶるなってぇ・・・」とにやついている。

 戸惑うアンダーに痺れを切らせると、彼はアンダーの耳元で囁いた。


「風俗、行ってたんだろ?」

「は?」


 アンダーは思わず大きな声で聴き返した。今度は友人の方が慌ててアンダーの口を塞ぐ。


「声がでかいって。興味ないふりして・・・まったく。今度、俺がいいとこ連れてってやるからさ。な?」


 話が見えずに呆気にとられるアンダーは、ようやく記憶の片隅にあった出来事を見つけると、不快感に顔を歪ませて答えた。


「あの時か・・・。誤解だよ、それ」

「誤解ってことはないだろうが。あんなところ行く奴目当ての店がある奴だけだって」

「道に迷っただけで・・・」


 友人の体を押し退けて、参考書を開きなおす。名前を知っているゼミ生もそうでないゼミ生も、珍しいアンダーの粗暴な態度に気づいてざわつき始めた。

 すわりが悪くなったのか、友人は「後で埋め合わせするから・・・」と耳打ちをすると、アンダーから離れて他の友人のところへと逃げていく。彼の椅子を元に戻し、その机に判例集を広げると、仏頂面で目の前の読み込みに集中した。


 テスト後のゼミだけは、アンダーの元に人が来ることは珍しくない。持ち込み可の期末試験で彼の不必要に細かいノートがゼミ生の間に転々と廻るからである。他のことはからきしだが、真面目でテストの有無にかかわらず学業に励むアンダーにとっては、数少ない他者との交流の場であった。ノートが次々に返ってくる中でも、先ほどの出来事による不満がもやもやと頭の片隅を埋めている。初老の教授がやってくる時、教授が心配するほど、彼は恐ろしい剣幕をしていた。


 報告会は(アンダーに関しては)問題なく進行した。アンダーは返却された大量のノートと、紙の端が萎びるほど読み込まれた、他のゼミ生の報告レジュメを鞄にしまう。そうしているうちに、教授が背後から肩を揉んでくる。


「おつかれ」

「先生も、お疲れさまでした」


 折り目正しく頭を下げると、教授は巨大な鞄から突き出した、山積みのノートを覗き込んだ。


「君も僕と同じ宿命を持っているんだねぇ」

「それなら嬉しい限りですけど・・・」


 アンダーは肩を竦めた。教授は報告のフィードバックと共に、他学生の報告に対するアンダーの意見を求める。それなりに妥当な見解が聞けると、教授はアンダーの声真似をして「素人質問で恐縮ですが・・・」などと反対意見を提示する。アンダーは「やめてください」と苦笑しながら、自分の見解をつらつらと返した。

 アンダーをいじって満足したらしい教授は、ご満悦の様子で「他の子にもよろしく」と言って研究棟へと帰っていく。アンダーも改めて教授への礼を述べると、荷物を纏め、気合を入れて鞄を持ち上げた。



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