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負犬物語 -スラム・ドッグス-  作者: 民間人。


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我儘

 夜だというのにメガロータスは大いににぎわっている。普段なら大きな書店に目を奪われるところだが、今日のアンダーにその余裕はなかった。

 パピーの手を取り、人混みを抜けながら、フードコートに至る。安いファストフード店の行列に並ぶと、頭上の彩りがうるさいメニュー表を見上げた。


 挟むものが少し違うだけで、名前がどんどん追加されるバーガー。その分値段もどんどん上乗せされていく。アンダーは一番安いものと決め込みながら、行列の流れるのに任せて前進した。


 ようやく自分の番がやって来た時、彼が声を発するより早く、カウンターに両手をついてパピーが割り込んでくる。


「ビッグラージバーガーセット2つ。俺、オレンジジュースで」

「おい!」


 アンダーがパピーを引き剥がすと、店員が苦笑する。「すいません」と小声で謝罪したものの、パピーは引き下がらず、生意気な目で彼を見上げた。


「ちょっとくらい贅沢してもいいだろ。俺、ヒマなんだよ」


「・・・はぁ!!それでお願いします」


 アンダーが頭を掻きながら店員に言い放つ。苛立ちのため少し語気が強まったものの、周囲の眼差しは生温く優しい。したり顔のパピーを肘で小突きつつ、財布を取り出していつもの倍近い支払いを済ませた。


 注文待ちの行列が途切れる様子はない。家族連れから老人、サラリーマンまで、雑多な人種が彩りも鮮やかに行列に並んでいる。一つ注文を取れば一人行列に並ぶ。そんな様子を仏頂面で眺めながら、アンダーは物思いに沈んでいた。


 周囲の雑音が異様に大きく、煩わしく感じられる。彼は年甲斐もなく貧乏ゆすりをしながら、ファストフード店の行列を眺めた。


「俺、食欲ないから。お前2つとも食えよ」


 当てつけのように言い放つアンダーであったが、食べ盛りのパピーにはご褒美にしか思えない。わずかに表情に光が差すと、無邪気に歯を見せて笑う。


「お、助かる」


 長い待機時間が終わり、呼び出し用のアラームが鳴ると、アンダーは即座に立ち上がって受け取り口へと向かった。支払額だけあって、背の高いハンバーガーが紙箱の中に収められている。彼は席に戻ると、パピーの前にトレーを置いて、飲み物だけを取り上げた。


「おお・・・!」


 パピーの目が輝く。その様子を眺めていると、アンダーの心に、不意に慈しむ感情が戻ってきた。

 紙の箱を開け、パティを二重に重ねた分厚いハンバーガーを手に取ると、弾けるばかりの笑顔でこれに食らいつく。アンダーは、その様子を眺めながら、以前同じ場所に来たときは、食事を奪われないように極めて険しい表情をしていたことを思い出した。


 大口を開けてハンバーガーに食らいつくパピー。口元にソースがついても気にも留めずに、嬉しそうに咀嚼する音がする。レタスの小気味いい音、たまらなく食欲を刺激するにおいが、周囲に充満する。それでも、アンダーの心は未だに別のところにあった。

 パピーは口周りに着いたソースを舐め取り、満足げな息をこぼす。そして、アンダーの顔をまじまじと見つめ始めた。


「・・・なんだ?」


 突然もじもじとし始めるパピーに、彼は怪訝そうに眉をひそめた。パピーは頬を赤らめて、少し潤んだ瞳でアンダーを上目遣いに見上げる。


「・・・あのな。あの姉ちゃんのこと、気に病んでるんだろうけど。バイト先の先輩のことを、そうして気に掛けられるなら、俺がこうして気長に飯食えるようになったことを、気に掛けてくれよ」


 アンダーは目を瞬かせる。パピーの顔は耳まで真っ赤になり、堪えかねてそっぽを向いた。


「なんだ、その・・・。人間って奴は、誰でも助けられる奴じゃないだろ。一人でも助けられたなら、上出来だと思う」


 そう言って、オレンジジュースを飲む。アンダーの耳に、周囲の喧騒が戻ってくる。わがままを言って泣き出す子供や、くだらない下ネタで腹を抱えて笑う学生。1つのパンを割って分け合う老夫婦の、言葉少なな会話。カウンター越しに聞こえる「ありがとうございました」の声。喧しいほどに混ざり合った幾つもの声の中で、口ごもるような小さなパピーの声だけが、はっきりと聞こえた気がした。


 途端に腹が鳴る。アンダーはパピーの前に並んだトレーの中から、ポテトを手一杯に摘まみ上げた。


「あーっ!てめ、食欲ないって言ったじゃん!?」

「腹が減ったんだよ。俺の金だぞー」


 アンダーはからかって笑う。パピーは子犬のように牙をむき、ポテトを自分の手前にあるトレーに移し替えた。


「おい!」

「言ったことぐらい守れー!」


 二人は、子供のようにトレーの食べ物を奪い合い、周囲の雑踏の中に溶け込んでいった。


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