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ep 2

森の目覚め、乙女の危機、そして出会い

木漏れ日が瞼を揺らし、小鳥のさえずりが鼓膜をくすぐる。

加藤真守が意識を取り戻した時、彼は見知らぬ森の、柔らかな苔の上に横たわっていた。最後に感じた衝撃と浮遊感の記憶は生々しいが、不思議と体に痛みはない。

「……ここは……?」

むくりと身を起こし、周囲を見渡す。鬱蒼と茂る木々、嗅いだことのない植物の匂い、遠くから聞こえる獣の咆哮のような音。明らかに、見慣れた日本の風景ではなかった。

服装は、最後にコンビニへ向かった時のくたびれたジャージではなく、いつの間にか動きやすいコットンのシャツと丈夫そうなズボン、編み上げのブーツという、どことなく冒険者を思わせるような私服に変わっていた。

(女神アクア…言ってたな、新しい世界って。本当に来たのか、異世界に……)

近くにあった水溜まりに自分の姿を映し見て、真守はさらに驚愕した。

そこにいたのは、25歳の疲れ切った中学教師ではなく、ほんの少し幼さを残した、おそらく18歳くらいの自分だった。肌には張りが戻り、心なしか体も軽く感じる。

「若返ってる……? これも女神のプレゼントってやつか……?」

戸惑いつつも、彼は女神に与えられたというスキルについて思いを巡らせた。

(確か、スキル名は『マイホーム』。家が出せる、とか言ってたな。どうやって使うんだ? とりあえず……スキル発動!)

心の中で強く念じると、彼の目の前にふわりと半透明の青白い光が集まり、やがて一枚の電子ボードのようなものが形を成した。それはまるでSF映画に出てくるタッチパネルのようだ。

【ようこそ、スキル『マイホーム』へ! 加藤真守様】

ボードの最上部にはそんなメッセージが表示され、その下にはいくつかのアイコンや数値が並んでいる。

「お、出た!これがスキルボードか。えっと……『マイホーム召喚(初回無料)』……『おうちアイテム召喚(ポイント消費)』……現在の所持ポイント:0 Pt……ポイント入手方法:善行、素材交換……」

真守は表示される情報を食い入るように読んだ。どうやら、あの家をこの世界に呼び出すことができるらしい。そして、家の中にあるものだけでなく、ポイントを使えば様々な「一般家庭にあるもの」を取り出せるようだ。

「なるほどな……。でも、いきなりこんな森の中に家をドンと出すのも無用心すぎるか。まずは状況を把握して、安全な場所を見つけないと」

幸い、ポイントは「0」ではなかった。微々たるものだが「初期ボーナス:100 Pt」と表示されている。これなら、いざという時に何か小さなものは出せるかもしれない。

真守は電子ボードを消し(念じるとすっと消えた)、気を引き締め直した。合気道の心得で培った集中力で周囲の気配を探り、太陽の位置から方角を推測し、森を抜けるべく慎重に歩き始めた。

どれくらい歩いただろうか。木々の密度が徐々に薄れ、前方に微かな光が見えてきた。森を抜けると、そこは緩やかな丘陵地帯で、一本の街道が地平線へと続いているのが見えた。

人の気配に安堵したのも束の間、街道の方から怒声と、か細い悲鳴が聞こえてきた。

「――っ!」

真守は音のする方へ駆け寄る。

そこでは、旅装の若い娘が、三人の薄汚れた格好をした男たちに囲まれていた。男たちは錆びた剣や棍棒を手に、卑しい笑みを浮かべて娘に詰め寄っている。娘は弓を構えようとしているが、多勢に無勢で怯えが見えた。

「お嬢ちゃん、良い物持ってんじゃねぇか。大人しく差し出せば、痛い目は見ねぇぜ?」

「ひっ……いやっ、来ないで!」

(盗賊か!)

真守の全身に緊張が走る。相手は武器を持っている。だが、目の前でか弱い娘が見過ごしにされているのを黙って見ているわけにはいかない。

彼は静かに、しかし素早く盗賊たちの背後に回り込んだ。

「――そこまでだ」

低い声に、盗賊たちが驚いて振り返る。

「ああん?なんだテメェ、英雄気取りか?」

リーダー格らしき男が、下卑た笑みを浮かべて真守を睨む。

真守は無言で構えを取る。それは合気道の自然体。

盗賊の一人が棍棒を振りかぶり、襲い掛かってきた。真守はその動きを冷静に見極め、最小限の動きで体を開き、相手の腕を捉える。

「ぐっ!?」

合気道の技、四方投げ。盗賊は自身の勢いを利用される形で宙を舞い、地面に叩きつけられて呻き声を上げた。

残りの二人が、真守の予想外の強さに一瞬怯む。だが、すぐに逆上して同時に襲い掛かってきた。

一人は剣を振り下ろし、もう一人は横から殴りかかろうとする。真守は剣の攻撃を紙一重で避け、その勢いを利用して相手の体勢を崩しつつ、もう一人の拳を柔らかく受け流し、腕関節を捕らえて地面に制圧した。

「な、なんだコイツ……魔法か!?」

「つ、つええ……!」

あっという間に仲間二人が無力化されたのを見て、リーダー格の男は顔を引きつらせ、ほうほうの体で逃げ出した。真守は深追いはせず、残った二人を睨みつける。

「……まだやるか?」

二人は首を横に振り、這うようにして逃げていった。

戦闘は、ほんの数十秒で終わっていた。

真守が息を整えていると、助けられた娘がおずおずと近づいてきた。亜麻色の髪を風になびかせ、大きな青い瞳を潤ませている。

「あ、あの……た、助けていただいて、ありがとうございます……! 私、フィリアと申します。貴方様は……?」

「俺は真守。加藤真守だ」

「マモル……さん、ですか。旅の方でしょうか? その、見事な御技でした……」

フィリアは真守の戦いぶりに感嘆した様子で頬を染めている。

「えっと……旅人、と言っていいのかどうか……。実は、よく分からないんだが、トラックに跳ねられたと思ったら、気づいたらこの世界の森の中にいたんだ」

真守は、自分でも半信半疑な転生の経緯を、正直に、しかし簡潔に話した。

「とらっく……? はねられる……?」

フィリアは聞き慣れない単語に首を傾げ、困惑した表情を浮かべた。しかし、真守の真摯な瞳を見て、彼が嘘をついているわけではないと感じ取ったようだ。

「……詳しいことはよく分かりませんが、大変な目に遭われたのですね。マモルさん、もしよろしければ、私たちの村にお越しになりませんか? 近くなんです。何もできませんが、せめてお礼をさせてください」

フィリアは純粋な感謝の気持ちを込めて、真守を自分の村へ誘った。

真守は、異世界に来て初めて出会った親切な申し出に、少し戸惑いながらも頷いた。

「……ああ、ありがとう。助かるよ」

こうして、加藤真守は、異世界アルカシアで最初の協力者となるかもしれない少女フィリアと共に、彼女の住むアルニア村へと向かうことになった。彼の「マイホーム」スキルは、まだその真価を発揮する機会を静かに待っている。


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