ep 17
初陣!四色の戦技、緑鱗を穿つ
アルニア村西方の森との境界線。既にそこは、戦場と化していた。
カーン!キンッ!グギャアアアッ!
金属がぶつかり合う甲高い音、獣人族の戦士たちの咆哮、そしてリザードマンの耳障りな威嚇音が、緊迫した空気を切り裂いている。村の男たちで構成された自警団が、粗末な木の盾と石斧や錆びた剣を振り回す緑色の鱗の怪物――リザードマンの群れと、必死の攻防を繰り広げていた。
数はリザードマンがやや優勢か。自警団はボルグ団長を中心に円陣を組み、じりじりと押され始めているようにも見える。
「先生!フィリアの嬢ちゃんも!」
真守たちの姿を認めたボルグ団長が、血と汗に塗れた顔で叫んだ。その巨体は数体のリザードマンを同時に相手にしている。
「ボルグ団長!状況は!?」
真守はガンツ親父特製の黒鋼三節棍を構えながら問いかける。
「見ての通りだ!まだまだ第一陣も終わっちゃいねぇ!次から次へと湧いてきやがる!」
その言葉を裏付けるように、森の奥から新たなリザードマンの一団が、ぬらぬらとした緑色の肌を晒し、黄色い目を爛々と輝かせながら突進してきた。
「チッ、キリがねぇな!」
真守は舌打ちし、襲い掛かってきたリザードマンの一体に身を躍らせる。
相手が振り下ろす石斧を、合気道の体捌きで最小限の動きでかわし、懐へ。三節棍が唸りを上げて横薙ぎに振るわれ、リザードマンの脇腹を強打!鈍い音と共に、リザードマンがくの字に折れ曲がり、地面に沈んだ。その動きに一切の無駄はなく、元・中学教師とは思えぬ冷静さと熟練の技が光る。
「――そこっ!」
フィリアの凛とした声と共に、風を切って放たれた矢が、別のリザードマンの喉元を正確に射抜いた。彼女の「鷹の目」は、乱戦の中でも的確に弱点を捉え、的を外さない。弓には淡い闘気が込められ、その威力は通常の矢とは比較にならない。
そして――。
「聖域の守護者よ、我が身に清浄なる力を!不浄なる者共に、天罰の光を!」
祈りの言葉と共に、エルミナの全身から金色の神気が爆発的に噴き上がった。白銀の聖鎧と翼が神々しい光を反射し、彼女はまるで戦場に舞い降りた女神そのもの。
次の瞬間、エルミナはランスを水平に構え、盾を前面に押し出し、リザードマンの群れの中へと単騎で突撃した!
「はぁぁぁぁっ!!」
可憐な容姿からは想像もつかない勇猛さ。リザードマンたちの棍棒や石斧が、雨あられと彼女の聖鎧と盾に打ち付けられるが、甲高い音を立てて弾かれるか、神気のオーラに触れて霧散していく。
エルミナはそれらの攻撃をものともせず、ランスを薙ぎ払い、突き、盾で殴りつけ、まるで聖なる嵐のようにリザードマンたちを蹴散らしていく。その一振り一振りが、神聖な光と共に緑色の鱗を砕き、邪気を浄化していく。まさしく聖騎士の「神討」!
「チッ……!あの脳筋天使、一人で突っ走りおって!状況判断というものを知らんのか!」
後方で戦況を見守っていたデュラスが、忌々しげに呟いた。エルミナの戦いぶりは確かに強力だが、あまりにも単独で突出しており、見ていて危なっかしい。
彼は「夜詠みの魔杖」を掲げ、低く呪文を唱え始める。
「――虚無より来たれ、我が忠実なる僕よ!かの小娘の盾となり、忌々しい蜥蜴どもをその牙で葬り去れ!」
デュラスの足元に漆黒の魔法陣が展開し、そこから唸り声を上げて二頭のヴォイドハウンド(虚無の猟犬)が飛び出した。漆黒の毛皮に紅蓮の瞳を持つ狼型の魔獣は、デュラスの命令を受け、即座にエルミナの周囲へと駆け寄り、彼女に群がろうとするリザードマンたちに襲いかかった。一頭はエルミナの死角をカバーするように立ち塞がり、もう一頭は鋭い爪と牙でリザードマンの喉笛を的確に引き裂いていく。
エルミナも、突如現れた黒い猟犬たちに一瞬驚いたが、それらが自分を助けるように動いていることを察し、デュラスの方を一瞥した。デュラスは相変わらず不機嫌そうな顔で魔杖を構えている。
(……魔族の召喚獣……でも、助けてくれたのですね……)
エルミナは少し複雑な気持ちを抱きながらも、再びランスを握り直し、前方の敵へと意識を集中させた。
真守、フィリア、エルミナ、そしてデュラス。
予期せぬ形で集った四人が、それぞれの能力を発揮し、アルニア村を襲う緑の脅威に立ち向かう。
自警団の苦戦していた戦線は、彼らの参戦によって、少しずつだが確実に押し返され始めていた。しかし、森の奥からは、まだ新たなリザードマンの影が次々と現れようとしていた――。