酒宴の席から 【月夜譚No.344】
打ち上げはいつも隅の方にいる。日本酒をちびちび吞みながら肴を摘まみ、楽しげに会話をするサークルメンバーの声を頭の隅でぼんやりと聞くのだ。
彼にとってそれが心地良く、一仕事終えてほど良く疲れた身体にはそれくらいが丁度良い。最初は不思議がっていたメンバーも一年もすれば心得たもので、良い意味で放置してくれているので有難い。
いつもの店のいつもの唐揚げがいつも通りに美味しい。けれども一つだけいつもと違うのは、今日はトラブルもあって動き回ったことだ。そのせいで酒の回りが早く、席に腰を落ち着けて間もなく、彼はうとうとと舟を漕ぎ始めた。聞こえる笑い声が漣のように心地良い。
かくんと頭が落ちて、はっと瞼を押し上げる。いくら疲れているとはいえ、店で寝るわけにはいかない。
眠い意識を引っ張り上げようとしている内に、ふと異変に気がついた。先ほどまで騒がしかった周囲が厭に静かなのである。
彼は顔を上げて、一気に目が覚めるのを感じた。
「……は?」
岩と苔と湖。目の前には、それしかなかった。
店もメンバーもテーブルの上に並んだメニューも、何もない。
一体ここは何処なのだろう。立ち上がった彼の足許で、空のグラスがカランと鳴った。