第1層目
魔法大学校があった場所に着くと、生徒や教職員が建物から逃げ出しているところだった。
「どうしたんですか」
スピカが私たちの代わりに、すぐそばを走っていた先生に聞いた。
「避難命令が出たんだ。校長先生からね。君たちも、早く逃げなさい」
「どうして避難命令を?」
「さあ。校長先生が考えられることは、よくわからないからね」
先生は肩をすくめるだけで、詳しく教えてくれなかった。
私たちはそんな先生たちの姿が見えなくなるまで、逃げるふりをし、見えなくなるや否や、すぐに引き返し図書館の中へ飛び込んだ。
図書館の中は、誰もいなかった。
コツーンコツーンと、私たちが歩いている音が、響いている。
「ここだ」
アルゴが、私たちに言った。
言われなくても、目の前に黒い空間のゆがみが継続的に発生しているから、一発でわかる。
「どうなるかわからん、気合い入れていくぞ」
アルゴが最後に、私たちに振り返った。
穴に飛び込むと、私が最初につれてこられた場所にいた。
「…第1層目、この空間とのつながりか」
周りを見ると、全員飛び込んだはずなのに、アルゴと私の班員だけしかいなかった。
「ほかの人たちは」
「…しまった、弾かれてしまったか。まさか、マーカーをつけられていたとは……」
「どういうこと?」
スピカが、アルゴに聞いた。
「この空間は特殊な結界が常に張り巡らされていて、その結界によって、入れる人と入れない人を選別するんだが、その時に選別するために、マーカーをあらかじめつけておくという方法があるんだ。俺らはDNAにそれが刻まれているが、ほかの人たちには、持っていない。そのために、体のどこかに代わりの者をつけて入ることができるんだ」
「代わりに説明をしてくれて、どうもありがとう」
急に声が聞こえてきて、私たちはその声のほうにばっと振り返った。
「君の家族は、さすがにここの守護者の血族だっただけはあるね。いい支えになっているよ」
「ワンダー、いったい何をしたんだ」
私とスピカが同時に言った。
同時に言ったつもりだったが、一緒になっているため、声は一つしか聞こえない。
「まだ何も。だけど、時間の問題だろうね。もうすぐ、器は充ちる。そうしたら、諸国より大軍勢が押し寄せるだろうね。第1階層は壊滅し、第2以下の階層に隷属される…」
恍惚の表情を浮かべながら、うっとりとした声で話す。
私たちは、結構引いていたが、ここまで来たからにはもう逃げることはできない。
「ああ、そうそう、運よく同じ力を持っていたあの双子にも協力してもらっているよ」
おそらくはジェミニのことだ。
彼らが最初に残されたのはそういうことらしい。
ワンダーは最後に私たちに言い残した。
「君たちの力も、魔力の源泉に吸い込まれていくかもね。力は多いほうがありがたいし…かといって、このまま残られるのも癪だね」
ワンダーが指を鳴らすと、影が何体も出てきた。
「やっておいてくれ」
ワンダーが姿を消すと同時に、影が私たちに襲いかかってきた。
「"lux veritatis"」
アンタレスが、一発で片をつけようと呪文を唱える。
光を意味するもので、唱えた本人から太陽にも匹敵する光量が発せられる。
影は一瞬で消滅をした。
「さっすが」
影を追い払ったところで、第1層目の支えになっている私の家族を捜した。
「アルゴ、どこにいるのかわかる?」
私が犬の恰好で地面を鼻で嗅いでいるアルゴに聞く。
「匂いじゃわからんな」
そう言って、座ると呪文を唱える。
「"pacta sunt servanda"」
アルゴが言うと、青白い光とともに、お母さんの使い魔のアルヤが床に這っていた。
「アルヤ、とりあえず蛇から別のになってくれ」
「これが一番楽なんだけどなー」
アルゴに促されて、しぶしぶといった感じで女性の姿へ変わる。
「それで、私がいなかった間にもちゃんとしていた?」
「そんな話をしている場合じゃないんだ。泉を暴走させようとしているようなんだ。1000年前のことを繰り返してはいけない。今すぐ、第2階層へ行かないと…」
アルゴが今の状況を端的に説明をした。
「わかった、急ぎましょ。私もあの人がいなくなってしまったら遠からず消滅してしまうし」
「あっ、あのっ」
キャットがアルゴとアルヤに聞いた。
「消滅って、どういうことなんですか。授業じゃ詳しく教えてもらってないんですけど…」
「使い魔っていうのは、魔力の塊だ。その魔力は主を経由してもらっている。生きているうちは問題ないが、主が死んでしまったら、その魔力の供給が断たれてしまう。そうしたら、使い魔は文字通り消滅してしまうんだ」
アルゴがさみしそうに話す。
「でもね、魔力の源泉から直接取れるようにすれば、そういうことはなくなって、文字通り永久に生きれるんだけどね」
アルヤが何とも言えない表情を浮かべている私たちにあわてていった。
「じゃあ、魔力の源泉って、すごいんですね」
改めて、そのことを実感する。
「だからこそ、誰彼かまわず狙ってきたんだがな」
アルゴが言った。
「さて、ここで油売っているわけにはいかない。第2階層へ向かうぞ」
「外に放置されているお父さんの班員は?」
スピカが聞く。
「マーカーをつけている暇はない。ざんねんだが、置いていくしかないな」
アルゴが会話を切って、部屋の端にある会談で下に降りた。