1000年ぶりの再会
空間の割れ目からは、誰かがこちらに向かって歩いて来ていた。
「久しぶりの空気だ」
「誰だ…」
わずかに土煙をたて、スーツに身を包んだ男が歩いてきた。
分厚いガラスを通して見ていたような場所から、はっきりと見えるようになってきた。
「ワンダー族だ。1000年の間はさすがに長かったがな」
「ウルフと関係があるのか…?」
スットが、彼に聞いた。
「ああ、こちらではそういわれているんだったな。忘れていたよ」
「じゃあ、やっぱり……」
「ウルフというのは、こちらの世界を除いた世界の民族の名前の頭文字をとって、"WOLF"という名前になったんだ」
「校長…!」
私も1年ぶりぐらいに見た校長が、いつの間にかそこに立っていた。
「久しいな、キグークス・ブラッティー」
「1000年前と、変わっていないようで」
「知り合いなんですか?」
私が、校長に聞いた。
「ああ。なにせ当時から一緒に研究をしていたんだからな」
「今でこそ、ここの校長なぞしているが、1000年前は、我々と一緒にいた」
「…校長って本当に何歳なんですか」
「知っていてもいいものと悪いものがあるんだ」
校長は私に笑いながら言った。
「さて、ここじゃ人が多すぎないか?」
「いや」
ワンダーは指を一回弾くと、私たちを見知らぬ空間へ連れて行った。
「なるほど、ここに連れてきたのか…」
校長が、なぜか満足げに周りを見回している。
「1000年間も、よく守り通せたね。他の人たちは?」
「こちらへ位相を均しているところだ。もう少しで来ると思う」
「そうか、それは良かった」
「…校長、どういうことですか」
お父さんが、校長に聞く。
「少しばかり人数が多いな」
ワンダーが再び指を弾くと、私の家族と使い魔とジェミニを除いて消えてしまった。
「少しばかり残ってしまったようだが?」
「あの家族は、いろいろと使うことができるさ。だが、1000年前のことを繰り返すわけにはいかない」
「…1000年前って、何をしたんですか」
レオが、校長たちに聞いた。
「仲間が来たら話してやろう」
蒸留装置や、私の掌の大きさぐらいの厚さがある魔術書や、名前も知らないものが、部屋の中に散らばっていた。
「ああ、君たちは、後々協力してもらうからね。その時まではゆっくりとしておいてくれたまえ」
校長が私たちに言って、指差した先には、10人ぐらい座れそうなソファーがあった。
「…校長、あなたは、本当は何者なんですか」
「ん、どうしたんだね、座らないのかね?」
三角フラスコを片手に持ちながら、校長は私たちへ視線を戻した。
「使い魔がいないわけじゃないでしょう。たしか、あなたはこの1000年間、誰も創造していない双子の賢者を創り上げたと聞いています。しかし、その使い魔たちは見当たりません。どうしたんですか」
お父さんが、校長へその事を問いただす。
言われてみれば、校長の使い魔を見た記憶がなかった。
「単純だよ、君たちに見せる必要がなかっただけさ。だが、その要望にこたえるだけの時間は十二分にあるな」
時計がない部屋で、時間をどうやってはかっているかわからなかったが、校長が来ていた上着を一回脱いではたくと、小指の先ほどの水晶のように透き通った小石が二つ落ちてきた。
「起きてくれ、トリマン。お客さんだ」
小石は、急に輝きだして、人の形になった。
かなり大人な感じの女性と、ガタイの良い男性だった。
「紹介しよう、女がプロキシマ、男がリギルだ。二人合わせてトリマンという」
「よろしくね」
プロキシマは、私たちに愛想良く手を振ってニコニコ笑っていたが、リギルはぶすっとした表情で、校長にだけ向いていた。
「何しにここへ出した。計画が頓挫でもしたのか?」
「いいや、彼らに君たちを紹介させようと思ってね。今回の計画のカギになる人たちだよ」
「そうか、双子に賢者に使い魔に…」
「盛り沢山だろ?今回の計画に使うのは、この家族だよ」
リギルは、私たちを始めてみた。
「…そうか、それで、核は?」
「ジェミニが勤めてくれる。この双子の使い魔だ」
校長がリギルに説明をしている。
「ちょっと待ってください、どういうことですか、核って?計画って?」
私の後ろに隠れるように徐々に動いていたジェミニが、一気に私にしがみついた。
それから、カストルが校長たちに聞いた。
「全ては1000年間待ったおかげだよ、それで準備が整った…」
「ワンダー、それは皆が来てからまとめて説明をすると云っただろう?」
「ああ、そうだったな」
ワンダーは何かを語りだそうとしたが、校長に止められた。
ちょうどその時、壁から人がにじみ出てきた。
「いやはや、急に呼び出しなんて聞いてないよ」
私と同じぐらいに見える人が最初に出てきた。
「…計画を始動するのか」
「ああ、そうだ」
お父さんよりも年上に見えた人が、校長に話しかける。
「1000年前の愚行を繰り返さないためのストッパーは、用意をしたのかね」
「無論です、師匠」
師匠といわれた人は、ここにいる中で一番白髪だった。
「…この人らは」
「ああ、今回の核になることになる者たちだ。1000年ぶりに、逸材がそろったのでな」
「…そうか」
「それで、私はどうすればいいのかなぁ?」
「ローエリ、なんか変わったな」
「1000年間のあいだに、娘が出来たんだよ」
さらに1人、壁からにじみ出てきた。
「ローエリ…どういうことだ」
校長が、後から出てきた
「私の知識を継がすために、娶ったんだ。そして、この子を孕んだ」
「なるほどな…後継に知識を託すために、そうやって子孫を残すことを選んだのか」
「ええ、おかげで育児疲れとか出てしまっていて、第一線から退くことになってしまったけど、後悔はしてないわ」
娘の頭をなでながら、母親の顔をしているのが見えた。
「…さて、とりあえず、全員がそろったわけだし、乾杯と行こうか」
校長が、壁の一部分を強く押すと、床がせりあがり、ワインクーラーが出てきた。
「これを開けるときを待っていた。100年物のワインだよ。900年といえば、大良作が次々と現れた年で、このワインはその最後の1本だ」
それぞれ手にワイングラスを持って、乾杯をしていた。
「…あれ?私たちは?」
「ああ、君たちなら、後でちゃんと歓待をしよう、おそらくね……」
校長たちは、笑っていた。
笑いながら、ワインを飲み交わしていた。