第3層目
第3階層は、誰もいないような感じだった。
「あれ?ここにはだれもいないのかな?」
私がひとりごとを言った途端に、影がひとりでに離れていった。
その影が自然に向かった先に、男が黒いフードをかぶって立っていた。
「だれだっ!」
ポラリスが叫んだ。
「名乗る程でもない。まだまだ修行中の身だからな」
「その声はオンジだな」
アルゴがその声の主に向かって話す。
「影を吸い取って、そのものを意のままに扱う能力。指定魔法の一つだったはずだが」
「我が世界では、指定魔法といったややこしいものはないんだ。残念ながら」
「指定魔法って?」
アルゴのすぐ側を飛んでいるスピカが、アルゴに聞いた。
「こちらの世界では、使ってはいけないという魔法がある。それが指定魔法と言われるもので、不可魔法とも言われるな」
「なんでそんなモノ作ったんだ」
私の後ろの方から、クロがアルゴに尋ねる。
「人というのは、知的探究心を極めずに居れない生き物なんだよ。それがため、指定魔法なるものを作って、教えないようにせざるを得なかったのだろう。最も、我が世界では、知的探究心故に制限をかけるということはなかったのだが」
「それはあなたのところの話だろう。それより、我々の影を返せ」
オンジが一人で自分の言葉によっているところを、デネボラが一歩前へ出てオンジに言った。
「残念ながら、それはできない相談だ」
そう言って、影の一つを操りだした。
「なっ、体が勝手に…!」
アルクトゥルスが右腕を伸ばし、私たちへ向けた。
「"obstantia"」
アルゴがアルクトゥルスが繰り出してくる魔法を防ぐ呪文を唱えた。
瞬時に、私たちの前にオレンジ色をした半透明の壁が構築される。
「"ligo"」
壁ができると1秒ほどの間を開けて、デネボラが唱える。
「"remissio"」
その言葉と同時に、アルクトゥルスとオンジの繋がりが絶え、さらに、全ての影も開放された。
「行くぞ」
アルゴが言った直後に、ジェミニとデネボラが同時に言った。
「"defectio animi"」
言った途端に、オンジはその場でクルクルっと回って、倒れた。
「だれかこれで縛っとけ」
ヒモをその場で空中から取り出したのは、ケフェウスだ。
そして、そのヒモを使って、オンジを縛り、それからアルゴがあちこちを嗅ぎまわって探した。
「ここは誰がいるの?」
「匂い的に、母親だと思うな」
あたり一面を嗅ぎまわってから、アルゴは真ん中に座って、呪文を唱えた。
「"nihil sine causa"」
唱えた途端に、アルゴの頭上から、突然人が落ちてきた。
「う…んん……」
何言か唸ると、パチリと目を覚ましたようだ。
「ああ、アルヤ。いたのね」
右の後頭部を痛そうに軽く抑えながら、お母さんのフランセが立ち上がった。
「フランセ、やっぱり生きてたのね」
「嫌そうな声出さない」
フランセは、蛇の姿になっているアルヤの鼻の頭をツンとつついて言った。
「あたしがいなくなっちゃうと、どうせ、寂しいとか思ってたんでしょ」
「別に、そんなこと思ってなんて…」
「思ってたのね。まあいいわ。そんな性格だって、ずっと前からわかってたし」
フランセはアルヤと話し終わると、私に振り向いた。
「それで、娘はどこに行ったの。スピカがいるのにあの子がいないのは不自然ね」
「アースは彼らに連れ去られたわ。フランセと同じようにね」
「そう…」
フランセはスピカの話を聴くと、アルヤの頭をなでて私たち全員に言った。
「この場に見あたらないのは、スットとレオだね。アースの体も」
言いながら、私たちの顔を見た。
「その全てを救出しないと、この扉は完全に閉まらない。魔力の源泉を守る一族だからこそ、私たちがしないといけないの。多分、最下層は私たちの一族とジェミニしか入れないと思う。でも、そこまでついてきてくれる?」
「無論。ここまで来たんですから、ついていかないわけがないでしょ。ねえ、みんな」
みわが、私たちの班員全員に聞いた。
決意みなぎる瞳で全員が同時にうなづいた。
それを見て、フランセがうなづき返した。
「じゃあ、行くわよ」
そして、フランセは部屋の隅にある階段を、一段一段、しっかりした足取りで降り始めた。