何が出たのか
30メートルほど進むと、前を歩いていた菅原君が立ち止まった。
「どうしたの? 何か見つけたの?」
僕が尋ねると、菅原君が笑顔で振り向いた。
「これ、祭壇かも」
菅原君の足下には、地面が不自然に盛上がってできた土の塊があった。その上には木の葉や枝が大量に置かれている。いかにも何かが隠されている感じだ。
菅原君はしゃがんで木の葉と枝を取り払い、土を崩した。すると、中からブルーシートが出てきた。ブルーシートを土ごと剥がすと、そこにはなぜか、棺桶が置かれていた。
「間違いない。これが祭壇だよ」
菅原君は何の躊躇も無く棺桶の蓋に手をかけ、開け放った。
棺桶の中には、何も入っていなかった。
「やっぱり死体は無しか。生き返らせる死体は供物をすべて置いてから持ってくるつもりだね」
神崎君が不思議そうに尋ねる。
「こんなちっぽけなもんが祭壇なのか?」
「そうだよ。これを見て」菅原君が棺桶の蓋を指さして言う。そこには赤い血のような液体で、小さな丸印が付けられていた。「さっき言ってた供物の数を示す印だよ。犯人が自分の血で付けたんだ。まだ印は一つしかないから、今のところ犠牲者は薰ちゃんしかいないってことだね」
「じゃ、まだ儀式は始まったばっかりってわけだ」
「そういうことになるね。早く犯人を止めないと」
「どうやってだ?」
「供物を捧げるのは新月の夜じゃないといけない。ってことは、次の新月の夜に犯人は必ずここに来る。そこを捕まえるしかないね」
僕はおどおどと尋ねた。
「ぼ、僕らがやるの?」
「当然。警察とマスコミに騒がれでもしたら、犯人が儀式を中断して雲隠れしちゃうよ」
「心配すんな」と神崎君。「どんな奴が来ても俺がぶっとばしてやる」
「そうそう、神崎は一流の武道家だから、心配しなくていいよ」
「……だけど、僕達が犯人を捕まえても、犠牲者がもう一人出ちゃうよね。犯人は新月の夜に二人目の死体を持ってこの森に来るんでしょう? てことは、その時に犯人を捕まえても、当然二人目の犠牲者は助けられないってことに……」
菅原君が淡々と言う。
「残念だけど、それは仕方ないよ。オレ達も警察も、神様じゃないんだから」
「えー、かわいそー」
薰ちゃんがのんきな声で言う。
「ま、菅原の言う通りだ」と神崎君も同意する。「気にしても仕方ねーだろ。何もしなかったら三人の犠牲者が出るんだから、それを一人に抑えるだけでも上等だ」
「……そう、思うしかないよね」
僕が沈んだ声で言うと、菅原君の目が怪しく光った。
「物事の悪い側面ばかり見ちゃダメだよ、菊池君。犠牲者には悪いけど、この一件のおかげで、ソイノメ様が実在する可能性が極めて高いことが分かった。さっき、菊池君はここから嫌な気配がするって言ってたでしょ? それは、おそらくソイノメ様が放つ邪気だよ」
「邪気?」
「そう。さっき異界の話をしたよね。祭壇は儀式の中心地、つまりはもっともソイノメ様の異界と近い場所になってる。儀式が完了すれば、ここに異界と現世を繋ぐ入り口ができるんだ。今はまだその入り口が開ききってないけど、そこからソイノメ様の邪気が漏れ出てるんだと思うよ」
「そっか。じゃあ、やっぱりソイノメ様はいるんだね。本当に……」
菅原君が興奮に目を輝かせる。
「ああ。この目で確かめるまでは断定できないけど、その可能性が高い。これは世紀の大発見だよ。ゾクゾクするね」
神崎君が呆れ気味に言った。
「ゾクゾクするのはお前だけだ、変態。化け物の実在なんてどうでもいいから、とにかく犯人を止める方法を考えるぞ」
菅原君が力強い口調で言う。
「もちろん。ソイノメ様の召喚は絶対に許しちゃいけない。できればこの目でソイノメ様を見たいけどね。儀式は絶対に阻止しよう。ほんとは見たいけどね」
「えいえい、おー」
薰ちゃんがかけ声と共に拳を振り上げるが、僕以外には気づかれていない。
菅原君がふと尋ねる。
「あっ、そうだ。もし犯人を捕まえられたら、薰ちゃんは成仏できそうかな? どう、薰ちゃん」
「うーん……」と、薰ちゃんは腕を組んで、「一番の心残りは犯人だからね。警察に逮捕されれば成仏できるかも。そうなったら家族にも私が死んだって伝わるだろうし」
僕は頷いて伝言した。
「犯人が警察に逮捕されれば、成仏できそうだって」
「よし。じゃあ、新たな犠牲者が出ないようにするためにも、それから薰ちゃんを成仏させるためにも、オレ達の手で犯人を捕まえよう」
「で、次の新月はいつだ?」と神崎君。
菅原君がスマホを取り出し、ネットで調べる。
「三日後だって」
「もうすぐだな」
「そんな、まだ心の準備が」
「だから、お前の場合は一生終わらないだろ」
「てことで三日後、また三人、いや薰ちゃんと四人でここに来よう。ああ、あと、一応森を出る前に祭壇は元の状態に戻しておこう。オレ達が来たことが犯人にバレるといけないから」
「おい、それって首も木の上に戻せってことか?」
「んー、そうだね。その方がいいか。またお願いね神崎。オレは木登り上手じゃないから」
「チッ、またアレに触んのかよ」
神崎君が舌打ちすると、薰ちゃんが背中におぶさった。
「お、重っ。おい村井ふざけんじゃねーぞ」
「謝ってくれないと離れなーい」
「謝らないと離れないだって」
「なんでテメーが被害者面なんだ! 絶対謝らねーからな!」
「菊池君、祭壇を元に戻すの手伝って」
「うん、分かった」
「おいっ、お前らも無視すんじゃねー」
僕は菅原君と祭壇を元の状態に戻し、その代わりに神崎君が薰ちゃんの首を木の上にくくりつけた。
こうして、僕達は三日後にまた祭壇がある場所に来ると決め、森を出て家に帰った。