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3バカ怪奇譚  作者: 岩畑曲花
ソイノメ様ふたたび編
36/37

神の座

 そのうち、白い世界が暗闇に切り替わり、その向こうに小さな光が見えた。僕の体はそこへ向かって進んでいき、光の中に飲み込まれると、その先には赤い世界が広がっていた。そして、前方に海坊主の手に乗った四人の姿が見えた。


 このまま髪の毛が手の上に運んでくれるのだろう。と、思ったのだが、そうはならず、僕と四人の距離は縮まらなかった。どうもおかしい。今、僕はどこで止まってるんだ?


 不思議に思って視線を下に移すと、そこには黒い髪の毛がびっしりと伸びていた。どうやらここはソイノメ様の頭頂部らしい。僕の脚は頭部の中へと埋まっており、腰から上だけが外に出ている状態だった。


 変な形で外に出されたものだ。まあ、みんなと話せるからいいけど。


 僕の方がみんなより少し高い位置にいて、まだ気づかれていなかった。大声を出して両手を振る。


「おーい、みんなー」


 みんながこちらを見る。神崎君が驚いた様子で言った。


「お、おいっ、菊池か! 何やってんだお前!」


 菅原君が叫ぶ。


「そうか! ソイノメ様の目的は、霊感が強い菊池君を取り込んで、完全体になることだったんだ! ヤバい! みんな逃げよう!」


 早合点(はやがてん)しているようなので、慌てて訂正する。


「いや、違うよ! 逃げないで! 一時的に外に出してもらったんだ。神様に頼んでね。みんなに相談したいことがあるから」


「もう、お前が神様みたいになってるけどな」と神崎君。


「それで、何を相談したいの?」と菅原君。


「あのねって、あれ?」


 僕はおかしなことに気づいた。みんなが四つの首を持っていないのだ。


「あの、その前に、首はどうしたの?」


 菅原君が答える。


「あっ、それなんだけど、実はソイノメ様に取り込まれちゃったんだ。急に飛ぶ力が強くなって、手放したらソイノメ様と合体しちゃった」


「あいつらの力すごかったぞ」と神崎君。「明関も引きずりやがったからな」


 篠崎さんが申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい菊池くん。あたしがついていながら、情けないわ。神に頼んで、どうにかならないかしら?」


「それが、どうにかなりそうなんです! 四人だけじゃなくて、ソイノメ様も救ってあげる方法があります!」


「どういうこと?」


 僕は神様から聞いたことをすべて話した。ソイノメ様が生まれた経緯と、僕が考えた救済計画を伝える。


 話を聞いた後、菅原君が言った。


「いいんじゃないかな。オレも、それしか方法はないと思うよ」


「私もいい考えだと思うわ」と、篠崎さんも同意する。「結果がどうなるかは、試してみないと分からないけどね」


「俺も賛成だ」と神崎君。「いっちょかましてやれ、菊池!」


 が、薰ちゃんが慌てて僕の元に飛んできた。


「あー、ちょっと待って!」


「ん、どうしたんですか? 何かダメなことでも?」


「言わなくても分かってるかもしれないけど、私の胴体は合体させないでよね? 私が成仏できなくなっちゃう」


「大丈夫ですよ。合体させるのは、ソイノメ様に取り込まれた人達の胴体だけです」


「あー、それならいいの。頑張ってね、キクっちゃん」


「はい、絶対にみんなを救ってみせます」


 その時、神様の声が聞こえてきた。声は僕の体内から響いてくる。不思議な感覚だ。


「では、菊池よ、(いの)れ。そうなるように」


「祈るって、頭の中で念じろってことですか?」


「そうだ。君の法力は報観に匹敵(ひってき)する。私の力を存分に使うがいい」


「はい……」


 僕は目をつむり、両手を合わせて祈った。ソイノメ様の胴体が一つになることを。


 神崎君の声が聞こえる。


「おいっ、首無しどもが襲ってこなくなったぞ」


「海坊主、攻撃をやめなさい」と篠崎さん。


 薰ちゃんが近くで状況を教えてくれる。


「すごいわ、キクっちゃん! ホントに首無し人間達が合体してる!」


 無事に成功してくれればいいが。そう思いながら、祈る気持ちを強める。


「うわわわわわっ、デカいデカい!」


 薰ちゃんがはしゃいで言う。


 しばらくすると、神様の声が聞こえた。


「胴体は完成した。あとはこの首と繋げるだけだ」


「はい」


 僕は一旦(いったん)目を開け、周囲を見渡した。


「うわあああ!」


 上体を(ひね)り、後ろを見て驚いた。そこには巨大な胴体が屹立(きつりつ)していた。ソイノメ様の首が10メートルくらいあるから、胴体は60メートルくらいはあるだろう。まるでビルみたいだ。


 また、胸には二つの乳房が膨らんでいた。男の胴体と女の胴体が一体化した結果だろう。


「ソイノメ様にふさわしい立派な胴体ね」と薰ちゃん。


「うん、あとはこれを繋げてあげるだけだ」


 僕はまた目をつむり、胴体が首とくっつく様を想像した。首を上に移動させると、僕まで高い位置に行くので怖い。そこで、胴体の方が首の位置まで身をかがませるようにした。


 後ろで胴体が動く気配がする。目を開けて確認すると、胴体は腹ばいの状態になっていた。そして、胸は()らせて首を受け止める体勢になっている。


「よし」


 僕は最後の仕上げに取りかかった。首を移動させ、胴体に繋げる。目をつむっていても、足場となっている首が飛行しているのが分かった。それが頸部の切断面まで移動し、ぴたりと合わさる。


 ちゃんと接合するように祈っていると、神様の声が聞こえた。


「ああ、満たされていく、浄化されていく……」


 どうやら仕事が終わったようなので、ゆっくり目を開ける。菅原君の声が聞こえた。


「地面の色が変わってる!」


 僕の位置からではよく確認できないので、薰ちゃんに尋ねる。


「地面がどうなってるの?」


「あ、あのね、赤い地面が、だんだん透明(とうめい)になってくの。ほらっ、空も!」


 僕は空を見上げた。夕焼けのような赤みが薄れ、見る見る透明になっていく。最後には地平線の彼方まで、透き通った青空に変貌(へんぼう)した。おまけに海坊主も赤色から透明に変わっている。


 薰ちゃんがうっとりと呟いた。


「うわぁ、綺麗……」


 僕も隣でうっとりと眺めていると、神様の声が聞こえた。


「さあ、最後の仕上げをしてくれ」


「えっ、まだ何かあるんですか?」


「彼らの孤独を、癒やしてやるんだ」


 すると突然、僕の下半身が勝手に頭部からすぽんと抜けた。まるで毛穴から押し出された角栓(かくせん)のように飛び出す。


「うわああああああ」


 そのまま頭部の上から転がり落ちる。だが、僕の体はすぐにキャッチされた。最初は海坊主かと思ったが、受け止める両手はそれよりも大きかった。それに、色が透明じゃない。普通の人間の手のようにピンク色だ。


 それは、ソイノメ様の両手だった。僕はその顔を見て驚いた。血の色に染まっていた目は白くなり、青白い肌色は血色を帯びている。そして、顔中に浮んでいた無数の顔がすべて消えていた。ソイノメ様の見た目は、体の大きさと金色の瞳以外は、普通の人間と同じようになっている。


 今ではもう怖くない。ソイノメ様は僕を顔の高さにまで持ってきて、じっと見つめていた。僕に何か言ってもらえるのを待っているようだ。


 僕は自分の願いを伝えた。


「どうか、成仏してください」


 すると、ソイノメ様はその顔に微笑を浮かべ、優しく答えた。


「はい、報観様」


 その瞬間、ソイノメ様の体が光り輝いた。僕は光る両手に包まれながら、地面に優しく降ろされる。


 ソイノメ様の全身から、細かい光の粒子(りゅうし)が舞い上がり、澄んだ空気と溶け合っていった。それと共に、巨大な体躯(たいく)はだんだんと小さくなっていく。


 我を忘れるほどに美しい光景だ。いつまでも眺めていたい衝動に()られるが、ソイノメ様の体は(はかな)くも縮小し、最期には完全に消滅した。


 どうやら、無事に成仏できたようだ。安堵(あんど)と喜びに浸っていると、後ろから神崎君の声が聞こえた。


「やったな菊池!」


 振り返った瞬間、僕は腕を握られてぶん投げられた。なぜか地面に叩きつけられる。訳が分からず、上体を起こして言った。


「なんで一本背負い!?」


「戦勝祝いだ!」と神崎君が嬉しそうに答える。「胴上げしたらどうせ怖がるだろ?」


「こっちも普通に怖いよ!」


 菅原君が拍手しながら言った。


「さすが我らがリーダー。また大活躍しちゃったね」


「ふふっ、ありがとう。上手くいってよかったよ」


「ホントにそうよ」と篠崎さん。「さすがのあたしも(きも)が冷えたわ。さて、海坊主、ご苦労様。もう休んでいいわよ」


 そう言うと、海坊主が形を失って崩れた。大量の水が落下し、地面と一体化する。そして、一枚の札だけが宙に残ると、篠崎さんの袖の中へ吸い込まれていった。


 これで一件落着だ。成功の余韻(よいん)に浸っていると、神様の声がした。


「上手くいったな」


 今度は体の中から聞こえてこない。声がする方を見ると、そこには犯人の男が立っていた。だが、瞳は金色に光っている。まだ神様が憑依したままだ。


 薰ちゃんが怒鳴る。


「あっ、テメェ、どの面下げて出てきやがったこの野郎!」


 まるでヤクザみたいだ。僕は怒る薰ちゃん(なだ)めた。


「薰ちゃん、あれは犯人じゃなくて、神様なんです。いや、正確には犯人の幽霊なんですけど」


「どっちだよ馬鹿野郎!」


「なんで僕にも怒るんですか! 神様と僕は直接話せないから、犯人の幽霊に憑依してもらったんです。犯人も僕達に協力してくれたんですよ」


「そんなもんで手打ちになるかボケェ! 指くらい詰めんかいオラァ!」


「なんでさっきからヤクザみたいなんですか。あと何気(なにげ)に罰軽くない?」


 僕がツッコむと、神様が静かに言った。


「あとは、その女を成仏させるだけだな」


 その途端、薰ちゃんがしゅんと落ち込んだように見えた。そう見えたのは、僕もショックだったからかもしれない。今度こそ、本当に別れの時が来たのだ。


「お別れですね。薰ちゃんも胴体を取り戻せば、無事に成仏できると思います」


「……」薰ちゃんはしばらく黙った後、僕の目を見て言った。「ねぇ、霊体だけじゃなくて、私の死体も返してもらえるかな? あと、四人の犠牲者の死体も」


 僕が神様に尋ねる前に、神様が先に答えた。


「ああ。もはや、それを拒むソイノメ様は消滅した。好きにするがいい」


 すると、透明な地面の底から、五人の死体が浮かび上がってきた。綺麗な場所とは不釣り合いな腐臭が辺りに立ちこめる。


「うわっ、臭。やっぱり引っ込めてください」と薰ちゃん。


「分かった」


 神様が淡々と答え、死体がまた地面の底へと沈んでいく。


「いや、ダメでしょ!」と僕。「せっかく取り戻したのに!」


 薰ちゃんは僕に答えず、また神様にお願いした。


「あの、神様。この死体を、神様の手で現世に戻してもらうことってできますか?」


「できる。が、私の力が及ぶのは楔山の中だけだ。外に死体を運ぶことはできない」


「はい、それで充分です」


 そこで、薰ちゃんは僕の方を向いて言った。


「どうかな、キクっちゃん。私達の死体を楔山に運びたいんだけど。そうすれば、家族に死んだことを伝えられるし」


「うーん、そうですねぇ……」


 たしかに、それなら遺体の発見者が通報して、警察から遺族に連絡が行くだろう。結果、遺族は家族の悲惨な死を知らされるわけだが、行方不明のまま何も知らせないよりもいいに違いない。


 僕はそれでいいと思ったが、他の三人にも意見を訊いた。話を聞き終わり、菅原君が言う。


「どこに遺体を運んでもらおうか。見つからない場所だと意味無いしね」


「山頂とかどうだ?」と神崎君。


「えっ、そんな目立つ所に置くの!?」と僕。


「でも、目立たなきゃ見つけてもらえないでしょう?」と篠崎さん。「だいたい、五人の遺体なんてどこに置いても目立つわ。麓に置こうが、登山道に置こうがね」


「うん、山頂でいいんじゃないかな」と菅原君も賛同する。「もし麓や登山道に置いたら、オレ達が下山する時に騒ぎに巻き込まれるかもしれない。で、間違いなく怪しまれる。だから山頂に死体を置いて、早く下山した方がいいよ。でも、突然死体が出現したら驚かれるから、山頂付近の森の中にした方がいい」


「うん、それがいいわ。決まりね」と篠崎さんも頷く。


 神様が言った。


「では、そうしよう。今から死体を運ぶか?」


「えっと、もうちょっと待ってください。僕達が異界を出る直前にしたいんです」


「分かった」


 僕はみんなに向き直って言った。


「神様と話はついたよ。異界を出る前に遺体を運んでもらうことになった」


「じゃあ、あとは薰ちゃんだけだね」と菅原君。「薰ちゃんの霊体を返してもらおう」


「うん」


 僕はそうなるように祈った。すると、すぐに地下から首無しの霊体が浮かび上がった。最初に異界に来た時に、ソイノメ様に奪われた胴体だ。


 薰ちゃんがはしゃいで言う。


「あー、会いたかった私の胴体ちゃん。元気してた?」


 すると、胴体は立ち上がり、ガッツポーズを取った。


「それじゃあ、さっそくドッキングするわよー」


 薰ちゃんが胴体の真上に飛んでいく。そして、切断面同士をぴたりとくっつけた。


「ドッキング完了! やっぱ自分の体は馴染(なじ)むわぁ、最高。ソイノメ様もこんな感覚だったのかな」


 薰ちゃんは恍惚(こうこつ)とした表情でそう言った。


 嬉しそうで何よりだが、僕は(さみ)しさを覚えながら言う。


「成仏できそうですか? 薰ちゃん」


 薰ちゃんはにっこり微笑(ほほえ)んで答える。


「はい、報観様」


「いや、報観様関係無いでしょ」


 僕もクスリと笑ってツッコんだ。


「そういえば、どうしてソイノメ様はキクっちゃんのことを報観様って呼んだんだろ。もしかして、キクっちゃんは報観の生まれ変わりだとか?」


 たしかに、それについては僕も気になっていた。神様が答える。


「それはあり得ない。死後、魂は分解され、他の分解された魂と混ざり合う。元の魂に戻る確率は無いに等しい。ソイノメ様が菊池を報観と呼んだのは、両者の法力が同等だったからだろう。ソイノメ様は、そのことを菊池の声から感じ取ったのだ」


「ふーん。生まれ変わりじゃないんだ。でも、魂は分解された後、また新しい命に宿るんじゃないの?」


「宿る。この世に生命が存在する限り、魂は分解と再構成を永遠に繰り返しながら、新たな肉体へと引き継がれていく」


「ふむふむ。てことは、私の魂が百個に分解された後、百人の人間として生まれ変わるってこともあるのよね?」


「そうだ。ただし、その時、君の魂は別の魂と混ざって、もはや君とは呼べなくなっている。そして、生まれ変わる先は、人間以外の生物である可能性もある」


「うんうん。そりゃ、そうよね」


 その時、後ろから神崎君が尋ねてきた。


「菊池、薰ちゃんは成仏したのか?」


 僕は振り返って答えた。


「ううん、まだ。今、神様に質問攻めしてる」


「なんだよ、往生際(おうじょうぎわ)悪ぃな!」


 当然のごとく薰ちゃんが怒った。


「往生際悪くて何が悪いのよ! もうすぐ成仏するんだから先が気になるのは当然でしょ! あんたらはまだ長生きするんだから黙ってなさい!」


 僕はありのまま伝言した。


「往生際悪くて何が悪いのよ! もうすぐ成仏するんだから先が気になるのは当然でしょ! あんたらはまだ長生きするんだから黙ってなさい! ……だってさ」


「だってさ、じゃねぇよ。黙ってやるから早く済ませろ」


 というわけで、薰ちゃんが神様に質問を続ける。


「ねぇ、もし私がこの異界で成仏したらどうなるの? ここに生物はいないから、永遠に他の生物に生まれ変わらないの?」


「異界で成仏すれば、私の一部となる」


「ええっ、ホントに!? てことは私、神様になれるの!」


「私が君になり、君が私になるのだ」


 薰ちゃんは手を上げて宣言した。


「はいはーい、私ここで成仏しまーす! けってーい!」


 それから僕を見て言う。


「てなわけだから、キクっちゃん。私、晴れて神様になります! みんなにもよろしく伝えてください」


「分かりました」と頷き、みんなの方を向いて、「あの、ここで成仏したら神様の一部になるらしいんだけど、薰ちゃんはそうなる道を選ぶって大喜びしてる。で、みんなによろしくって」


 神崎君が間髪入れずに言った。


「おいおい、せっかく浄化した神をまた(けが)すのか!」


「ふーんだ。人間の(ひが)みは(みにく)いわね。これだから下等生物は嫌なのよ」


「完全に悪役のセリフですよ」と僕。


「ふふっ」と笑ってから、少し寂しそうな表情をして、「今度こそ、本当にみんなとはお別れね」


「はい。でも安心してます。薰ちゃんが、ソイノメ様みたいな化け物にならずに済むんですから。みんなも同じことを思ってますよ」


「うん、私も。このハッピーエンドを喜ばないとね……」


 薰ちゃんは嬉しそうなのに、どこか悲しそうにも見えた。僕達全員を見渡して言う。


「みんな、私が神様になる門出(かどで)を祝って!」


 僕もみんなを見て言う。


「薰ちゃんが言ってます。私が神様になる門出を祝ってって」


「おう、神様になっても調子乗んなよ」と神崎君。「……いや、やっぱ面白そうだから調子乗ってもいいぞ! じゃあな」


「神様の友達が出来て(ほこ)らしいよ」と菅原君。「元気でね。薰ちゃん」


「この馬鹿共の面倒はあたしが見るから、心置きなく成仏しなさい」と、篠崎さんも胸を張って言う。


 最後は僕だ。


「薰ちゃんが、怖がりな僕に初めて出来た、幽霊の友達です。じゃあね、薰ちゃん。僕とたくさん話してくれて、ありがとう」


「……うん、どういたしまして。じゃあ、みんな、行ってくるね」


 薰ちゃんが僕達に背を向ける。すると、全身が優しい光に包まれた。ソイノメ様に宿った光と同じだ。


「わぁ、綺麗……。薰、イズ、ビューティフル、フォーエバー」


 調子のいいことを言い残し、薰ちゃんの魂は異界の中に溶けていった。


 僕はそれを見届けて、涙を拭うと、みんなの方に向き直った。


「薰ちゃん、成仏しましたよ」


「やっとかよ。手間取らせやがって」


 神崎君はそう言いつつ、少し寂しそうだった。


 篠崎さんが言う。


「あとは、遺体を運ぶだけね。でも、ホントにそんなことができるの? 異界の出入口を開けるだけでも大変なのに」


「どうなんですか?」と神様に尋ねる。


「菊池の法力をもってすれば可能だ。山頂付近に異界の扉を開き、そこから死体を落とせばいい」


「あの、さっきから法力法力って言ってますけど、それ、仏教の言葉ですよね? 僕、お坊さんじゃないんで、報観様みたいな法力を持ってるとは思えないんですけど」


「私が言っている法力とは、霊能力のことだ。神通力と言い換えてもいい。君にはそれが生まれつき備わっている。私の力を、法術を介さずに行使できる特異体質だ」


「そ、そうなんですか。僕にはまったく自覚がありませんが。とにかく、遺体を運んでもらってもいいですか? 僕はまた祈ればいいんですよね?」


「いいや。それだけでは無理だ。私を、君の体に降ろす必要がある」


「どうやって?」


「それは祈るだけでいい。ただし、言っておかねばならないことがある。もし、一度私がこの霊体を離れ、君の体に憑依すれば、私との意思疎通(いしそつう)は二度と行えなくなる。君はただ、私を物言わぬ道具として行使するだけだ。そして、一度憑依が解ければ、君は私の力を行使することもできなくなる。報観のように法術を使えれば別だがね」


「どうしてですか? また犯人の、えっと、その男の霊体に憑依すればいいじゃないですか」


「私がこの男に憑依できたのは、ソイノメ様の力があったからだ。君だけでは無理だ」


「そう、ですか……」


 神様の力は使い放題、ではないらしい。チャンスは一度きりだ。でも、ここまで来ればあまり問題ではない。残った仕事は、遺体を頂上に運ぶことと、僕達が帰るための現世への出口を開くだけだ。それさえ済めば、神様の力は不要になる。


 考えをまとめて、神様に頼んだ。


「分かりました。それで構いません。お願いします」


「そうか。では、行くぞ」


 その瞬間、僕の感覚は一変した。楔山で発生しているすべての事象が、()()()のだ。それらをすべて感じ取っているわけではない。ただ、意識をそこに向けさえすれば、山にどれだけの人間がいるかや、その人間の見た目、はたまた動植物の動きや、地面を()うアリの足音に至るまで、ありとあらゆる情報を感じ取れる、ということが直感的に分かるのだ。


 これが神の感覚。スケールが大きすぎて、頭がおかしくなりそうだ。早く仕事を済ませてしまおう。


 そう思い、僕は山頂に意識を集中させた。すると、一度も見たことがない山頂の風景が目の前に広がった。まるで山頂に移動したかのように錯覚するが、そうではない。目の前にあまりにも鮮明なイメージが浮かんでいるのだ。


 草木が生えず、砂利しかない地面が楕円(だえん)状に広がり、木製の柵で囲われている。こんな所に遺体を置けば目立ってしまうので、その周辺の木々の間に隠すことにした。遺体が転がらず、そして回収が楽になるように、なるべく斜面が(ゆる)やかな場所を選ぶ。


 そこに異界の出口を開き、地下深くに眠る五人の遺体をそっと投げ入れた。教えられてもいないのに、それらの操作がまるで手足を動かすようにできる。


 といっても、作業が容易だからといって、楽というわけではない。体は指一本動かしていないのに、どっと疲労が押し寄せてきた。徹夜でテスト勉強をした時のように頭と(まぶた)が重たくなる。何もかも投げ出して、眠ってしまいたい。


 が、もちろんそんな我儘(わがまま)は言ってられない。異界の出口は開けるのは大変でも閉じるのは楽で、それほど体力を消耗(しょうもう)しなかった。放っておいても勝手に閉じると直感的に分かったが、一応、誰かが異界に迷い込んだら困るので、僕の手で完全に閉じておく。


 僕はそこで一息ついた。連続でこんな大仕事はできない。僕達用の出口を開くのは、休憩してからにしよう。


 そう思っていると、誰かが僕の肩を()さぶった。そして、声が聞こえる。


「おいっ、菊池っ、どうしたんだ! 大丈夫か!」


「戻って来い、菊池君!」


 神崎君と菅原君の声が聞こえる。そういえば、二人に神を降ろすことを伝えてなかったな。余計な心配をかけているらしい。


 僕は意識を神様モードから通常モードに切り替え、一旦、二人と話すことにした。目の前に広がっていた山頂の景色は消え失せ、心配そうに僕を見つめる二人の姿が見える。


「大丈夫だよ、二人とも、うっ」


 僕は笑って答えようとしたが、すぐに激しい頭痛を感じ、言葉が出なくなった。頭を押さえてしゃがみ込む。


 神崎君がやかましく怒鳴った。


「どこが大丈夫だ!」


 菅原君が僕の隣にじゃがんで言う。


「いったいどうしちゃったの? 菊池君」


 頭痛は次第に治まり、僕はようやく声を出せるようになった。


「いや、あのね、神様を憑依させて、遺体を山頂に運んでたんだよ」


「そういうことだったの。どうりで目が金色になってたわけだ」


「うん。無事に遺体は山頂に運び終えたよ。あとは、僕達が帰るための出口を開くだけ。仕事に戻るね」


 僕は立ち上がり、意識を集中させた。が、さっきと同じ感覚にならない。


「あれ?」


 目を閉じて、よりいっそう強く祈る。が、いつまで経っても神様モードに入らなかった。今の僕には、楔山の全体像も部分像も読み取れない。どうやら、うっかり神様の憑依を解いてしまったようだ。


「あああああああ」


 僕は後悔して叫んだ。


「うおっ、今度はどうしたんだよ」と神崎君。


「神様の憑依が解けちゃった! 一度解けたら、二度と憑依させられないんだ! 僕達、現世に帰れないよ! 最初に閉じ込められた四人の僧侶みたいに!」


 だが、後ろから頼もしい声が聞こえた。我らが篠崎さんだった。


「それなら心配いらないわよ。忘れたの? あたしの可愛い八ツ橋と金鍔のことを。あの子達がそろそろ出口を開いてくれる頃よ」


「えっ、そんな簡単にできるんですか?」


()めんじゃないわよ! 今はソイノメ様の妨害(ぼうがい)も受けない。それくらいできるわ」


「よかったぁぁ」


 僕は安堵のあまり地面にへたり込んだ。これで家に帰れる。


 でも、僕はすぐにおかしなことに気づいた。


「あれ、でも、式神と約束した時間は20分でしたよね? まだ異界に入ってから20分も経ってないんですか?」


「そんなわけないじゃない。あんたと神の話がいつまで経っても終わらないから、時間を延長させたのよ。もうそろそろだわ」


 菅原君が補足する。


「菊池君がソイノメ様の中にいる間に、一回出口が開いたんだよ。で、篠崎さんが外の式神に、次は30分後に開くよう頼んだってわけ」


「そうだったんだ。でもよかった。異界の扉を開くのってすんごい疲れるんだよ。もう一度やらなくて助かった」


 僕がそう言って立ち上がった時、神様に、ではなく、犯人に声をかけられた。


「なあ、菊池」


 僕は犯人の方を見た。瞳の色が元に戻っている。


「頼みがあるんだ。私も一緒に、外の世界に連れてってくれないか」


「……なぜですか?」


「私は、ミサの魂が眠る楔山で成仏したいんだ」


「……いいですよ。ここであなたを成仏させたら、薰ちゃんが可哀想(かわいそう)ですから」


「……そうか。すまない」


 どうやら、犯人は神様に憑依されていた時、僕と違って意識が無かったらしい。だからミサさんの魂が本人のものではなかったと知らないのだ。犯人にとっては、それが一番幸せなことだろう。


 僕はあえて、真実を伝えないことにした。これは犯人のことを思っての判断ではない。むしろ、罪の重さを自覚させるために真実を言ってやりたいくらいだ。でも、もしそうすれば、悪霊に変じてしまう可能性もある。そうなれば面倒だと考えている自分は、悪人だろうか。


 その時、篠崎さんの声がした。手を振って僕達を呼ぶ。


「時間が来たわ。こっちにいらっしゃい」


 見ると、篠崎さんの側に、直径30センチくらいの穴が空いていた。何も無い空中にぽっかりと穴が空き、向こう側には茶色い木の幹が見える。


「こんな小っちゃい穴くぐれないぞ」と神崎君。


「式神じゃこれが限界よ。だからこの刀を持ってきたの。いくわよ!」


 篠崎さんは両手で刀を持ち、上段に構えると穴に向かって一気に振り下ろした。続けざまに水平に刀を払う。十文字に切られた穴は、剣筋(けんすじ)を対角線とした菱形(ひしがた)に広がった。これで僕達の体も通る。


 先に篠崎さんが穴を通り、向こうから僕達を呼んだ。


「ほらっ、閉じちゃうから早く来なさい」


 神崎君と菅原君が穴をくぐる。残るは僕と犯人だが、先に犯人を行かせた。最後に僕が穴をくぐる。


 こうして、僕達は無事に現世に戻って来られた。


 遺体は既に山頂にあるから、騒ぎになる前に引き上げなくてはならない。みんなとそのことを話し、その場を立ち去ろうとした時、ふと周囲を見渡すと、犯人の幽霊はどこにもいなくなっていた。


 既に成仏してしまったのか。それとも、どこかへ移動したのか。


 それは僕にも分からない。

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