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3バカ怪奇譚  作者: 岩畑曲花
ソイノメ様ふたたび編
34/37

ソイノメ様アンコール

 篠崎さんが顔を(しか)めて言う。


「すごい量の邪気。気持ち悪いわぁ。霊感が無い二人が羨ましいわね、菊池くん」


「そうですね。早く帰りたいです」


「私も大丈夫でーす」と薰ちゃんがのんきに返事をする。


 その時、前方の地面から音がした。見ると、水面のようにブクブクと泡が噴き出している。そして、地下から巨大な邪気の塊が接近してくるのを感じた。


 その正体は当然、ソイノメ様だった。髪から血を(したた)らせた巨大な生首が地上に現れる。大きな目は赤く染まり、瞳は怪しく金色に光っている。顔中に小さな別の顔が無数に浮かび上がり、皆、苦しそうに(うめ)いていた。


 ソイノメ様と対面するのはこれで二度目だが、それでも恐ろしくて(たま)らなかった。本当にこんな化け物と会話が成立するのだろうか。


 不安になって篠崎さんの顔を見る。篠崎さんは初めて目にするであろうソイノメ様に一切動じていなかった。それどころか挑発的な文句さえ投げかける。


「あらあら、(ひど)い有様ね。ここまで人間に(けが)されてたら、人間以上に滑稽(こっけい)に見えるわ」


 僕は慌てて篠崎さんに注意した。


「ちょっと、何失礼なこと言ってんですか! ソイノメ様を怒らせちゃったらどうするんです!」


 が、篠崎さんは僕の言葉も意に介さない。


「この程度で怒ってくれるなら、それこそ(おそ)るるに足りないわよ」と言って、ソイノメ様に視線を戻す。「さて、ソイノメ様、ごきげんよう。あたし達はあなたとお話がしたくてこの異界に来ました」


 すると、ソイノメ様は巨大な口を(ゆが)めてケタケタと笑いだした。高音と低音が混じり合った不気味な笑い声が辺りに響く。


 これはどういう反応なんだろう。笑ってるってことは、怒ってはないはずだけど。


 心配しながら見つめていると、ソイノメ様が笑うのをやめ、その口から言葉を発した。


「私に何を望む? お前達は、供物を用意していないだろう」


 しゃ、しゃしゃ、喋ったあああああああ! しかも、かなり普通の口調で!


 僕は心底驚いたが、篠崎さんは淡々と答えた。


「あたし達は死人を生き返らせることに興味はありません。ただ、あなたに操られている、この四人の(あわ)れな魂を解放してあげてほしいんです」


「………私がその四人を解放したとして、お前はどうするつもりだ?」


「成仏させます」


「成仏、だと?」


 そう言うと、ソイノメ様はまたケタケタと笑いだした。篠崎さんを嘲笑(ちょうしょう)しているのだろうか。まるで普通の人間と話しているかのようだ。これが本当に神様なのだろうか。


 笑い声がやむと、ソイノメ様は篠崎さんを問い詰めた。


「どうやって成仏させるつもりだ! お前であれば、四人を苦しみから解放できるというのか!」


「できますとも」


「どうやってだ? 魂を無理やり滅却してか?」


「………」


 ソイノメ様が笑う。


「ぎひ、ぎひひひ、ぎゃはははははは! そのつもりだな! それのどこが解放なのだ! お前に四人の魂を解放する気などない! 生者にとって都合がいいよう、ゴミのように死者を滅却するだけだ! 哀れな魂を真に解放したいのであれば、死者が悪霊と化し、(うら)みに任せて生者を(おそ)おうと、何もせず傍観(ぼうかん)しているがいい! それがお前にできるか!」


「………」


 ええ、ちょっと篠崎さん、化け物に論破されてんじゃん。なんか言い返してよ、ほらっ!


 僕が視線だけでエールを送っていると、篠崎さんが重そうな口を開いた。


「では、あなたはこの四人の魂をどうするつもりなのですか?」


「私の一部として取り込む。これは私に取り込まれたすべての魂の望みでもある。私達は一つとなり、同じ痛みを分かち合うのだ」


「それで、あなたに取り込まれた魂が救われるとでも?」


「おこがましい女だ。お前達にも分からせてやろう。私達の気持ちを……」


 ん、どういう意味だ? 僕達に分からせる?


 不穏(ふおん)な空気を感じ取っていると、赤い地面に変化が起こった。まるで石を(とう)じられた池の水面のように波紋(はもん)が浮かぶ。それも一つではない。僕達をぐるりと取り囲むように、無数の波紋が浮かび上がったかと思うと、そこから首の無い人間が次々と地上に現れた。


 薰ちゃんが叫ぶ。


「あっ、こいつらよ! 私の胴体を持ってったのは!」


 首無し人間は波紋の数だけ浮かび上がり、その数は数十、数百と増えていった。皆、様々な服を着ている。スーツや学生服など、現代的な服を着ている者もいるが、一番多いのは、古い着物を着ている者だった。それらは彼らが死んだ時に身につけていた服なのだろう。ただ、汚れていないところを見ると、本物の服ではなく、霊体によって形作られたもののようだ。


 菅原君が興奮しながら言う。


「うわうわうわ、すげすげすげすげっ、オレにもソイノメ様の眷属(けんぞく)が見える!」


「喜んでる場合か!」と神崎君が怒鳴った。「俺達にも見えるってことは、奴らは俺達に触れることも、殺すこともできるってことだ!」


 さすがの神崎君も怖がっている様子だ。が、篠崎さんは堂々とした態度を崩さない。


「そういうことね。でも、心配いらないわよ。ここは邪気だけじゃなくて霊力も(あふ)れてる。利用しない手はないわ」


 そう言って、日本刀を地面に置くと、空いた手を(そで)の中に突っ込み、中から一枚の札を取り出した。


「出てきなさい! 海坊主!」


 札が木の葉のように舞い落ち、地面に触れる。その瞬間、足下の地面が突如(とつじょ)として盛り上がり、(またた)く間に急上昇した。


「うわあああああああ」


 僕は絶叫しながら篠崎さんにしがみついた。ようやく足場の動きが止まったかと思うと、目の前にはソイノメ様の巨大な目があった。ソイノメ様の全長はだいたい10メートルなので、かなりの高さまで上昇したことになる。


 そして、僕達の足場の先からは、五本の指が伸びていた。まるで人間の手の平に乗っているかのようだ。不思議に思って後ろを見ると、そこにいたのは赤い巨人だった。地面と同じ色をした巨人が、右手に僕達を乗せ、ビルのように(そび)えている。顔を見上げると、頭は丸坊主で、目と鼻が無かった。が、耳まで裂けた口はあり、不気味な隙間(すきま)が顔を横断していた。


 菅原君が大興奮して言う。


「カッコいい! この式神でソイノメ様と戦うんですか!」


「そんなわけないでしょ。この程度の式神で神に勝つのは無理。でも、手下共を退(しりぞ)けるくらいのことはできる」篠崎さんは視線を巨人の顔に向けて、「海坊主、首無し人間をあたし達から退けてちょうだい。ただし、絶対に傷つけちゃダメよ」


 海坊主が巨大な口を開けて返答する。


「はい、マスター」


「なんで英語なんだよ」と神崎君。


 次の瞬間、辺りに奇妙な音が響いた。ゴゴゴゴゴ、という音が地面から聞こえてくる。様子を見たいが、高くて怖いので下が(のぞ)けない。


 が、菅原君と神崎君は構わず手の(ふち)まで言って下を(のぞ)き込んだ。


「おお、すげぇ!」と菅原君が子供のようにはしゃぐ。「いったれ海坊主!」


「てか、こいつ上半身しか出てなかったんだな」と神崎君。「足まで出たらどんだけデカいんだよ」


 下で何が起こっているのか気になって仕方がない。僕はしがみついていた両腕を離し、篠崎さんに尋ねようとすると、下から薰ちゃんが飛んできた。そういえば神崎君の肩にいなかったな。


「すごいわよ、キクっちゃん! あの首無し人間達、波に(さら)われて遠くに流されてる!」


「波、ですか?」


「うん。地面が赤い津波に変わって、敵を飲み込んでるの」


 どうやら海坊主の攻撃は効果てきめんのようだ。これでソイノメ様も僕達に手を出せないだろう。だぶん。


 しかし、僕達だってソイノメ様に手は出せない。篠崎さんに尋ねる。


「あの、これからどうするんですか?」


「そこよねぇ」と、篠崎さんは悩ましげに右手を(ほお)に当てた。「交渉(こうしょう)は完全に決裂したわ。向こうが敵になっちゃった以上、もう撤退(てったい)するしかないわね」


 僕は喜んで賛同した。


「それがいいですよ! 一刻も早く現世に帰りましょう!」


「何喜んでんのよ。ソイノメ様もあたし達をただで帰すつもりはないでしょう。おそらく、この首を渡すことになるわ。それでもいいの?」


「うっ、それは………」


 それは嫌だ。ソイノメ様の一部になったって、この人達の魂が報われるわけがない。現に、ソイノメ様に浮かぶ無数の顔は、すべて苦悶(くもん)の表情を浮かべている。ソイノメ様の一部になるということは、永遠に苦しみに(とら)われるということだ。


 ……でも、僕達にいったい何ができるというのだろう。ソイノメ様も言っていた。おこがましい、と。


 ここは大人しく、ソイノメ様に首を捧げるしかないのではないだろうか。その決断を下さなければ、僕達五人が元の世界に帰れなくなる。


 首をソイノメ様に渡しましょう。そう提案しかけた時、どこからか声が聞こえた。


「私の声が聞こえるか?」


「え?」


 いったい誰の声だろう。男の人の声だ。辺りを見渡すが、そこには僕達五人とソイノメ様しかいない。


 また声が聞こえる。


「ほう、君はたしか、菊池という名前だったね。式神を操っている女には私の声は聞こえないのか?」


 明らかにソイノメ様の声では無い。でも、どこかで聞いたことがあるような気がする。


 僕は怖くなって篠崎さんに言った。


「し、篠崎さん、変な声が聞こえませんか?」


「変な声? 全然」


 篠崎さんは小さく首を振る。


 が、薰ちゃんは僕の方に飛んできて言った。


「キクっちゃん。私も聞こえる。どこかから、男の声が……」


「やっぱりそうですか。気のせいじゃないみたいですね」


 男が言う。


「どうやら君と、女の霊にしか私の声は聞こえないようだね。では、君だけをここに招待(しょうたい)しよう。その女も呼ぶと話がこじれそうだ」


「招待って、いったいどこに?」


「ソイノメ様の中だよ」


「ソイノメ様の中? ……全然意味が分かりません。どういうことですか?」


「まあ、説明するより、来てもらった方が早い。できるだけソイノメ様に近づいてくれ」


「ちょっと待ってください。あなたは誰ですか? あと、ソイノメ様の中に来いって、まさか僕を食べるつもりじゃないでしょうね?」


「違う。君を殺すつもりはない。君のお仲間もね。むしろ私は君達に力を貸したいんだ。四人の魂を解放したいんだろう? 私なら、その手助けができるかもしれない」


「……分かりました。お願いします」


「では、そこから前に進んでくれ。式神の指の付け根の位置まで来るんだ」


「はい」


 返事をして立ち上がる。薰ちゃんが心配そうに言った。


「ちょっと、キクっちゃん。ホントに行ってもいいの?」


「僕も行くのは怖いですけど、これしかもう犠牲者を救う手段はありません」


「……私がいない間に成長したわね、キクっちゃん。いってらっしゃい」


「はい、いってきます」


 前に進もうとすると、後ろから篠崎さんが呼び止めた。


「ちょっと、待ちなさいよ。菊池くん、いったいに何をするつもり?」


「声の主と会ってきます。犠牲者と僕達を助けたいと言ってるんです」


「声の主………それって、ソイノメ様の本体かしらね?」


「本体? それって、あのデカい生首じゃないんですか?」


「あれは人間の魂と神が混ざり合って出来た融合体。ソイノメ様であってソイノメ様じゃない。菊池くんに呼びかけてるのは、本来の神としてのソイノメ様かもしれないわ」


「……分かりました。じゃあ、尚更、話をしてこなきゃいけませんね」


「頼んだわよ、菊池くん。あなたの霊能力は番付で言えば横綱級よ。自信を持って神と同じ土俵(どひょう)に立ってきなさい」


「ありがとうございます。頑張ります」


 僕は篠崎さんに勇気づけられ、式神の手の上を歩いた。指の付け根の位置まで近づく。そこには神崎君と菅原君がしゃがみ込み、下の様子を観察していたが、途中から僕と篠崎さんの会話を聞き、じっと僕の方を見ていた。


 菅原君が言う。


「なんかよく分かんないけど、また大活躍しそうだね、リーダー」


「気張っていけよ、リーダー」と、神崎君も(はげ)ましてくれる。


 二人は僕に道を(ゆず)った。


「うん、行ってくるよ。一応、この首は預けておくね」


 僕は持っていた首を菅原君に預けた。そして、二人がいた位置に立つ。すると、ソイノメ様の髪が伸び、(むち)のようにうねると、僕の胴体に巻き付いた。


「えっ」と言うなり、(またた)く間に僕の体は引っ張られ、ソイノメ様の口の中へと放り込まれた。


「やっぱり食べるんじゃないですかあああああああ」と絶叫しながら、僕は上下に並ぶ歯と、奥に(ひか)える舌を越え、喉の奥へと導かれていった。

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