篠崎明子アンコール
翌朝、僕は電話でしょんぼりした菅原君から今後の予定を聞いた。案の定、菅原君はこっぴどく叱られたようで、明日の日曜日に篠崎さんと会う約束を取り付けたらしい。一森駅前の喫茶店に集合し、そこから篠崎さんの車で楔山へと向かう予定だ。
そして、約束の日曜日。薰ちゃんを含めた四人で喫茶店に行くと、駐車場に篠崎さんの目立つ姿と車があった。
僕はおずおずと近づくと、開口一番謝った。
「あの、すみませんでした」
すると、間髪入れずに篠崎さんが怒鳴った。
「ホントよ! 何考えてんのあんた達!」
「ひぃっ、すみません」
「まったく、もう。全部、菅ちゃんから聞いたわよ。自分達がどれだけ危険なことをしたのか分かってんの? 身の程をわきまえなさい!」
「はいっ、反省します!」
「あんたもよ神崎! 分かってんの!」
「へいへい、反省してますよ」
「よしっ!」と篠崎さんは声を張り上げた後、急に普通の調子に戻って、「じゃ、説教も終わったところで、現場に向かいますか」
僕は態度の急変にずっこけそうになった。
「あっさりしてんな」と神崎君。
「んー、だって、あんた達は事件に巻き込まれただけなんでしょう? そう強く叱れないわよ。一番悪いのはソイノメ様を呼び出した犯人だしね。まったく、いい歳こいた大人がなに馬鹿なことやってんだか。胸糞悪いったらありゃしない。高校生のあんた達の方がよっぽど賢いわよ」
「だろ? 俺達だって好きで犯人を捕まえようとしたわけじゃないんだ。警察に頼れないから仕方なくやったまでで」
「よく言うわね! 菅ちゃんから聞いたわよ。あんた、日本刀持った犯人に突っ込んでったらしいわね。喧嘩好きも大概にしないと、いつか痛い目見るわよ」
「おいおい、明関、そりゃ誤解だ。さすがの俺も丸腰で刃物持った敵に突っ込むような真似はしない。敵が刃物を持ってて、こっちが素手の場合は、敵の攻撃を待ってから後の先を仕掛けるのが戦いの常道――」
篠崎さんが言葉を遮って怒鳴る。
「そんなテクニック的なことはどーでもいいのよ! とにかく、二度とそんな危ないことやめなさいよね! 次、ヤバい奴を見つけたら、必ずあたしに相談しなさい」
「いや、明関だって危険だろ。日本刀相手にどう戦うんだよ。相撲じゃ不利だと思うぞ?」
「あたしだったら式神使って無難に対処するわよ。刃物持った相手と真っ正面からぶつかるなんて御免被るわ。リスク高すぎ」
「けっ、妖怪と相撲取る人間がよく言うぜ」
「妖怪と人間は別。さっ、早いとこ楔山に行くわよ。今日は罰としてパフェは無し! いいわね」
しょんぼりと黙っていた菅原君が口を開く。
「別にオレ達はいいですけど、篠崎さんはいいんですか? パフェでカロリーを補給しなくて」
「ああ、あたしは早めに来てもう食べたから」
「ちゃっかりしてるなぁ」
菅原君が微笑んで言う。少し調子を取り戻したみたいだ。
その時、神崎君に取り憑いていた薰ちゃんが浮上し、僕の前に来て尋ねた。
「ねぇ、この人には私の姿が見えてないの?」
「うん。篠崎さんは妖怪の姿しか見えないんだ」
篠崎さんが不思議そうに言う。
「ん、どうしたの菊池くん。何か言った?」
「ああ、薰ちゃんと話してたんです。菅原君から聞いてませんか?」
「あー、聞いたわ。たしかそんなこと言ってたわね。はじめまして。あたしは篠崎明子って妖怪退治屋よ。菊池くんより霊感が弱いから、あなたの姿は見えないんだけどね。よろしく、薰ちゃん」
「よろしく! 明関!」
「『よろしく、明関』って言ってます」
「なんであんたも四股名呼びなのよ。まっ、全然いいけど」
そう言いながら車のドアを開ける。僕達も後部座席に乗り込んだ。車が楔山に向けて走り出す。
自転車と違い、あっという間に目的地に到着した。便利だなぁと思いながら、麓の駐車場で車を降りる。
そこからは地図アプリを頼りに祭壇がある場所に向かった。木々を掻き分けて歩き、目的地に着く。
足下にはもはや見慣れた棺桶が置かれ、そして、近くの木の枝には例の首が繋がれていた。篠崎さんが眉を顰めてそれを見上げる。
「んん……なんて業が深い………。人間の罪の象徴ね」
菅原君が尋ねる。
「今までに、アレと同じようなものは見たことありますか?」
「ないわよ。アレは幽霊でも、妖怪でも無い。言うなれば、生ける屍。こんなものを生み出せるのは、神だけよ」
「神? ソイノメ様は妖怪じゃないんですか? 伝承では、罪人の幽霊の集合体と言われてますが」
「何言ってんの。曲がりなりにも人が生き返ってるのよ? そんなこと、人間の幽霊がどれだけ集まったってできっこないわよ」
「じゃあ、どうしてソイノメ様には無数の顔が浮かび上がってるんでしょう? それは人間の霊が合体してるからじゃないですか?」
「それはそうだと思うわ。でも、核になってる部分は違う。神と数多の幽霊が融合してるんでしょう。どうしてそんな邪神が生まれたのか分からないけど、十中八九、昔の呪術師が余計なことをしたからでしょうね。神の力を悪用するために」
「あの、神ってそもそもなんですか?」と僕。「妖怪と何が違うんですか?」
「あれ、言ってなかったかしら? 妖怪は人間や動物の霊が変化したもの。で、神はそれ以外の、ルーツが特定できない霊的存在のこと。ま、これはあたし独自の定義だけどね。このソイノメ様も、人間の幽霊を取り込んでるだけで、本質的には神と呼べる存在よ」
「たしか、神とはできるだけ喧嘩を避けるって言ってたよな」と神崎君。「今回はどうすんだ?」
「そうなのよねぇ……。ソイノメ様は犠牲になった人達を操ってる。ということは、ソイノメ様を滅却すれば、犠牲者は元の状態に戻るでしょう。でも、神に喧嘩を売るのは避けたいし……。んん……」
篠崎さんは腰に手を当て、悩ましげに唸った。しばらくして、閉じていた目と口を開く。
「こうなったら、ソイノメ様に直接お願いしてみるしかないわね」
「ええっ!?」
僕は驚愕して叫んだ。とても専門家が言うセリフとは思えない。即座に反対する。
「そんなのダメに決まってるじゃないですか!」
「あら、どうして?」と、篠崎さんはのんきに言う。
「どうしてって、あんな化け物に言葉が通じるわけないでしょ!」
「化け物だって言葉は通じるわよ。ほら、宮本にだって一応言葉は通じてたでしょ?」
「そ、そりゃ、宮本は元人間ですし……」
「たしかにソイノメ様は元人間じゃない。でもね、人間と深く関わり合いを持ってる。そういう存在には、意外と言葉が通じるものよ」
「……そういうものですかね。僕はアレと会話ができるとはとても思えませんけど」
「まあ、言葉が通じても、こっちの常識まで通じるかは分からないけどね」
「あの、あの」と、菅原君が興奮しながら会話に入ってくる。「ソイノメ様と話すってことは、オレ達でまた異界に行くってことですよね!」
「何言ってんの! あんたは行かせないわよ、危ないから。あたしが行って話をつけてくるから、あんたは現世で待ってなさい」
「そんな……。オレも助手として付き添わせてくださいよ」
「ダメよ。あんたと神崎はここに残りなさい。異界にはあたしと菊池くんだけで行くから」
「……ん、えっ!?」僕は耳を疑った。「今、なんて言いました?」
「だから、あたしと菊池くんだけで異界に行くって言ったのよ」
「そんな!」と僕よりも先に菅原君が叫ぶ。「菊池君ばっかりズルい!」
「逆だよ! 菅原君の方がズルいよ! どうして僕だけ行かなきゃいけないんですか?」
「だって、あたしの霊感じゃ心許ないんだもの。神ってのは何もかもイレギュラーでね、例えば、あたしでも声が聞こえない神もいれば、聞こえる神もいる。かと思えば、霊感がない人でも声が聞こえる神だっている。とにかく型にはめられない存在なの。だから一応、霊感が強い菊池くんにも来てもらうわ」
「絶対に嫌です!」
僕ははっきり拒絶したが、篠崎さんに反撃された。
「じゃあ、あたしだけで行けっての! 自分が怖い場所に人だけ行かせようとすんじゃないわよ!」
一瞬ひるむが、ここは譲れない。僕も負けじと反撃する。
「だったら菅原君と神崎君も連れてってください!」
「『だったら』って何よ! 文脈おかしいでしょ!」
「おかしくないです! 怖い場所なら、なるべく多人数でいった方がいいに決まってます! ここは四人、いや、薰ちゃんも含めて五人で異界に乗り込むべきです!」
神崎君が口を挟む。
「おい、菅原はともかく、俺も巻き込むんじゃねぇよ」
「神崎君も楔会のメンバーでしょ! 神崎君が行かないなら僕も行かない!」
「そのフレーズ好きだな、お前」
黙って聞いていた篠崎さんが溜息をつく。そして、微笑を浮かべて言った。
「仕方ないわね。仲良し三人組と一緒に行きますか。でも、何かあっても責任取れないからね」
「はい、みんなで一緒に行きましょう」
「ありがとう菊池君!」
菅原君がそう言って僕の両手を握った。ぶんぶん手を上下に振られながら、僕は神崎君に尋ねた。
「あの、神崎君。さっきはああ言ったけど、一緒についてきてくれる? 別に断ってもいいんだよ?」
「水くさいこと言うなよ。俺だけ残るのも気持ち悪いだろ? 一緒についてってやるよ」
「ありがとう神崎君!」
僕は菅原君の真似をして、神崎君の両手をぶんぶん振った。
「なんの連鎖なんだよ」と神崎君はツッコんで、僕の手を払う。
菅原君が篠崎さんに尋ねた。
「それで、異界にはどうやって行くんですか?」
「一番簡単な方法は、あの首に連れてってもらうことね」と、篠崎さんは木の上にくくられた首を視線で指す。「ただ、一体だけだと全員で異界に行けないかもしれないから、残る三体の首も回収しましょう」
「了解!」と、菅原君は張り切って答えた。
というわけで、僕達は残りの首を探すために山の中を探索した。探索、といっても、首の位置は祭壇を中心として等間隔にあると決まっているので、だいたいの位置は特定できた。加えて、薰ちゃんが首の声を探知してくれるので、探し出すのは簡単だった。
残る三つの首も、もはや腐敗が進んでほとんど顔が原型を留めていなかった。そのため年齢は判然としないが、髪型が一人はセミロング、一人はボブだったので、おそらくこの二人は女性だと思われた。もう一人はショートヘアで、男か女か判別できない。また、三人とも一人目と同じように「体を返せ」と繰り返し呟いていた。
神崎君が三人の首を木の上から降ろし、そして、僕はセミロング、菅原君はボブ、篠崎さんはショートヘアの首を持った。それぞれが一人一体ずつ首を所持する。
「この状態で祭壇に行けば異界に入れるわ」と篠崎さん。「あと、もう一つ準備したい物があるんだけど、犯人が使ってた日本刀ってどこにあるの?」
「あー、それなら」と薰ちゃん。「ミサちゃんが棺桶の中に入れたわ。ほっといたら危ないからって」
「棺桶の中にあるらしいです」と僕が伝言する。
「そう。じゃあ、あの場所に戻りましょうか」
「日本刀なんて何に使うんですか?」と菅原君。
「異界の中から出口をこじ開けるために使うの。異界から出られなくなった時の保険よ」
「へぇ、あの刀でそんな凄いことが……」
「犯人だって似たようなことしたんでしょ?」
「ええ、まあ、入る時だけですが」
首を持ちながら、四人で祭壇に向かって歩き出す。その横を飛行しながら薰ちゃんが尋ねた。
「ねえ、私は何も持ってないけどいいの? 私も異界に連れてってほしいんだけど」
「そういえばそうですね。あの、篠崎さん。薰ちゃんは何も持ってなくても異界に行けるんでしょうか?」
「ああ、薰ちゃんは神崎に取り憑いてればいいわよ」
「はーい」
「別に俺じゃなくてもいいだろ! って重っ!」
薰ちゃんがちょこんと神崎君の肩に乗る。これで五人で異界に行く手筈が整った。五人もいれば怖くない! ……こともないが、この五人ならなんとか上手くいくような気がする。………たぶん。
不安を抑えながら歩いていると、目的地に着いた。
篠崎さんがアタッシュケースを地面に置き、持っている首を一旦菅原君に預けた。そして、棺桶の蓋に手をかけて開く。中には抜き身の日本刀があった。
それを持って篠崎さんが言う。
「この刀は儀式を通して立派な妖刀になってる。一種の神器と言ってもいいわ。異界に閉じ込められたら、これで無理やり出口を開ければいい。あと、念には念を入れて、式神も外に待機させておきましょう」
そう言って、篠崎さんはアタッシュケースを開いた。中から青色と緑色の呪文が書かれた札を二枚取り出し、地面に放る。
「出てきなさい。八ツ橋、金鍔」
札は宙で翻ると、ボンッと小さな爆発を起こした。辺りに白い煙がもうもうと立ちこめる。煙が晴れると、そこには二人の子供が立っていた。五歳くらいで、背丈は100センチくらいしかない。神主さんのような白い着物を身に纏い、一人は青色、もう一人は緑色の袴をはいている。頭には黒い烏帽子を乗せていた。
また、異様なのはその色で、全身が雪のように白い。肌も髪も、そして瞳までもが白かった。
菅原君が感心して言う。
「わぁ、凄い。オレにも見える……」
「きゃー、可愛いー」と、薰ちゃんがくるくる式神の周りを飛ぶ。
「あたしの本気よ。霊力を存分に込めてるから、霊感が無いあなた達にも見えるわ。この子達には現世に残ってもらって、外から異界の出口を開けてもらう。そうねぇ、だいたい20分くらいがいいかしら。あたし達が20分経っても異界から戻ってこなかったら、そこの棺桶の上に出口を開いてちょうだい。ケースの中の札は好きなだけ使っていいわ」
そう言って、篠崎さんは腕時計を外し、式神の一人に手渡した。式神は両手で丁重にそれを受け取り、こくりと頷く。
「さて、じゃあ行きますか」
篠崎さんは菅原君から首を一体受け取った。右手には日本刀、左手には生首。知らない人が見たら驚いて腰を抜かすだろう。
「あんた達、祭壇の前に並びなさい。四人同時に首を祭壇の上に浮かせるよ」
「おう」と神崎君。
「分かりました」と僕。
「ああ、楽しみだなぁ」と菅原君。
四人で祭壇の前に並ぶ。
「いくわよ。せーの」
篠崎さんのかけ声と共に、一歩前に踏み出す。四つの首が祭壇の真上に浮かんだ。次の瞬間、祭壇から爆発的な邪気が流れ出した。その奔流に頭のてっぺんまで飲み込まれる。僕は咄嗟に息を止め、目をつむった。
そして、目を開いた時には、あの赤い光景が、地平線の彼方まで続いていた。そこに草木は一切無く、ただ血のように赤い地面と空とが広がっている。
僕達は、ソイノメ様の異界に立っていた。




