指輪
挨拶もそこそこに坪井さんのアパートを出る。車に乗り込むと、菅原君が尋ねた。
「これからどうするんです?」
篠崎さんがエンジンをかけながら答える。
「疋田さんのマンションに戻って、宮本を除霊したことを報告するわ」
「で、お代も貰うと」
「いや、それはもうちょっと後ね。疋田さんに除霊が完了したってことを確認してもらわないと。だから坪井さんの首の痣が薄くなる頃にお代を受け取るわ。二週間くらいは待とうかしらね」
「良心的ですね」
「あたしは信用第一で仕事をやってるの。インチキ霊能力者と勘違いされたくないから。でもその分、お代はたくさん貰うわよ」
「いくらだ?」と神崎君。
「今回の仕事だと、ざっと二十万くらいね」
「高っ!?」
「高くないわよ! こっちは命がけなのよ!」
僕は心底納得して言った。
「そうだよ神崎君。僕だったら一億円貰えたって、あんな仕事やりたくないよ」
「そうよね菊池くん。霊感が無い奴に、あたしらの価値なんて分かりゃしないのよ」
そう言いながら篠崎さんは車を発進させた。
神崎君が言う。
「んなことねぇよ。俺も武道家として、明関の仕事ぶりには感心したぜ。あれだけの相撲を取れば、報奨金二十万円は高くない」
「あら、最初に比べてずいぶん素直になったのね。あたしの強さがよく分かったでしょ?」
「ああ。だが、俺の方が強いけどな」
「まだそんなこと言ってるの! 霊感無い奴があたしに勝てるわけないじゃない!」
「対人戦に霊感関係ねーだろ!」
「ありますぅ! これだから素人は嫌なのよ。せっかくあたしの仕事を見せてあげたのに、まだ実力が測れないの?」
「上等だやってやろうじゃねーかコノヤロー! 車降りろ!」
「別にいいけど、あんたはいくら報奨金をくれるの? まさか金も用意せずにあたしと相撲が取れると思ってんじゃないわよね?」
「けっ、どうせ俺が勝つんだから金なんていらねーよ」
その時、菅原君が仲裁に入った。
「勘弁してやってください明関。神崎の家は貧乏なんです。報奨金なんて用意できるわけないじゃないですか」
「余計なこと言ってんじゃねーよ!」
そう言いつつ、神崎君は本気で怒っているようには見えなかった。喧嘩口調を解いて言う。
「冗談だよ冗談。本気で明関と喧嘩しようなんて思ってねーよ。プロの関取には敬意を払わなきゃな。あと、怪我なんてさせたら仕事に差し支えるし」
「あんたにあたしの豊満ボディは傷つけられないわよ」
篠崎さんもそう言い返しつつ、機嫌が良さそうに見えた。
喫茶店で喧嘩していた時とは大違いだ。相撲が二人の仲を縮めてくれたらしい。よかったよかった。
その後も和やかな雰囲気のまま時が過ぎ、車が目的地のマンションに到着した。
駐車場で降りて疋田さんの部屋に向かう。出てきた疋田さんに篠崎さんが仕事の成果を報告した。
「除霊は成功しました。これでもう疋田さんは悪夢を見ませんし、お友達の首の痣も消えるでしょう」
疋田さんが頭を下げて感謝する。
「ありがとうございました。話は結月から電話で聞いています。あの娘、すごく興奮しながら言うんですよ。宮本の幽霊が本当に見えて、それを篠崎さんが退治したんだって。もう、しきりに篠崎さんをすごい先生だって絶賛してましたよ」
「嬉しいこと言ってくれるわねぇ。頑張った甲斐があるわ。もう宮本の霊は完っっっ全に消滅したから、心配いらないですよ」
「ありがとうございます。それで、お金の方は?」
「後で請求書を送りますから、代金はそこに書かれた口座に振り込んでください」
「分かりました。……それで、もう一つお願いしたいことがあるんですが、いいですか?」
「……あら、何? まだ悪霊がいるんですか?」
「いえ、そうではないんですが、ちょっと待っててください」
不穏なことを言い残し、疋田さんは部屋の奥に引っ込んでいった。しばらくして玄関に戻ってくると、その手に美しい指輪を持っていた。ダイヤモンドがきらりと光っている。
「この指輪、宮本から貰った物なんですが、何度捨てても戻ってくるんです。気味が悪いので、そちらで処分していただけないでしょうか?」
すると、篠崎さんは手を横に振って言った。
「ああ、大丈夫大丈夫。戻ってくるのは宮本の霊が運んで来てたからです。もう霊は成仏しましたから、捨てても戻ってきませんよ。それに、そんな高価な物、捨てずに持っておいたらどうですか? なんの害もありませんよ?」
が、疋田さんは不快そうに顔を歪め、首を振った。
「嫌ですよ、気持ち悪い。本当はこうして持っているだけでも嫌なんですから。もう視界に入るだけでも気持ち悪くて………。だからそちらで引き取ってくれませんか? 捨てようが売ろうが、好きにしていいですから」
神崎君が口を挟む。
「おいおい、そんな言い草はねーだろ」
すると、疋田さんははっとした様子で答えた。
「あっ、ごめんなさい。失礼でしたね。差し上げる物に気持ちが悪いだなんて」
「いや、そういうことじゃなくてよ」
篠崎さんが神崎君の言葉を遮る。
「あんたは余計なこと言わなくていいの!」
その時、菅原君が前に出てきて言った。
「その指輪、オレに譲ってください! オレ、気持ち悪い物が大好きなんです!」
「え、ええ。いいですよ。変わった人ですね」
疋田さんは若干引き気味で指輪を菅原君に手渡した。
「ありがとうございます! へへへっ、またオレのオカルトコレクションが増えた。ラッキー」
篠崎さんは呆れた様子で菅原君を見た後、疋田さんに言った。
「じゃあ、あたし達はこれで失礼します。また何かあったら連絡してください」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
別れの挨拶を交わし、ドアが閉まる。四人で外廊下を抜け、階段を降りている時、神崎君がぽつりと言った。
「報われねえな、宮本も……」
篠崎さんが鼻で笑って言う。
「ふんっ、何あんた、宮本に同情でもしてるの?」
「………だって、あの女浮気してたんだろ? 宮本はある意味被害者じゃねーか」
「かーっ、甘いわねぇ。宮本が善人だとでも思ってんの?」
「いや、そういうわけじゃねーけど……」
「男女の破局ってのはね、必ず両方が悪いものよ。もし片方だけが悪いなら、最初からくっつかないもの。覚えておきなさい」
「……」
神崎君は返事をせず、無言で階段を降りた。さっきとは打って変わって雰囲気が暗くなる。せっかく仕事が上手くいったのに。
その雰囲気を断ち切るためか、四人で車に乗り込むと、篠崎さんは明るく大きな声で言った。
「さっ、仕事手伝ってくれたご褒美に、昼飯を奢ってあげるわ。何がいい?」
「焼き肉!」と、神崎君が力強く即答する。
「こんな昼間に焼き肉屋開いてないでしょ。他にないの?」
「うーん、肉がダメなら魚だな。寿司食おうぜ?」
「いいわね、お寿司。せっかくだから回らない寿司屋にしましょうか」
「マジか明関! 太っ腹だな、二重の意味で!」
「ありがと。二人もそれでいい?」
「はい、それでいいです」と僕。
「オレも」と菅原君。
「たくさん食べなさい。若いんだから」
「ごっつぁんです!」と神崎君。
車が発進する。篠崎さんのおかげでまた明るい雰囲気に戻った。
僕は優しくて心強い霊能力者と知り合えた幸福に浸りながら、日に照らされて輝く窓外の景色を眺めていた。
〈退治屋の女編・完〉




