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3バカ怪奇譚  作者: 岩畑曲花
退治屋の女編
26/37

ドライヴ

 車が発進する。


「目的地までどれくらいかかるんですか?」と菅原君。


「そうねぇ、高速乗って30分くらいかしら。飛ばすわよぉ」


 と言いつつ、篠崎さんは法定速度を律儀に守っていた。意外と生真面目な性格らしい。


 インターチェンジを通過し、高速道路に入る。ここからスポーツカーの本領発揮だ。時速100キロで突っ走る。


「おー、行け行けー」と、神崎君が子供のように囃し立てた。


 僕にはちっともはしゃぐ気持ちが分からない。もっと速度を下げて!


「あーあーあー、怖いぃぃ」


 篠崎さんが呆れて言う。


「あんた幽霊だけじゃなくて高速も怖いの? 困ったもんねぇ」


「菊池君の怖がりは筋金入りなんです」と菅原君。


「ふーん、宮本の幽霊見て失神しないかしら」


「あっ、それは大丈夫です。見慣れてるみたいなんで」


 僕は慌てて訂正した。


「テキトーなこと言わないで! たくさん見てるけど慣れることなんてないんだよ!」


 篠崎さんが笑う。


「あっはっはっはっ、でも、いいんじゃない? 調子に乗るより何倍もマシよ。怖がるのも大事なことなんだから」


 菅原君が深く頷く。


「そうです。だから菊池君は我らのリーダーなんです」


「なんで菅原君が得意げなの? 僕は好きでリーダーやってるわけじゃないからね」


「……あんた達、あたしが言うのもなんだけど、こういうことにあんまり首突っ込んじゃダメだからね。今日はあたしが一緒にいるから特別だけど」


「はい、分かってます」と、菅原君が堂々と答える。


 清々しいまでの嘘だ。絶対分かってない。危ないことに首突っ込む気満々だ。


 その時、僕は篠崎さんに訊きたいことがあったのを思い出した。悪霊や妖怪への対処法だ。今後も菅原君のせいで危険な目に遭うことがあるかもしれないから、ぜひとも教えてもらいたい。


「あの、篠崎さんに教えてほしいことがあるんですが」


「んー、何? 好きな男のタイプとか? あたしはねー」


「いえ、そうじゃなくて、悪霊や妖怪への対処法を教えてほしいんです。僕でもできる簡単なものはないでしょうか?」


「……」


 篠崎さんはしばらく考え込んだ後、こう言った。


「走って逃げなさい」


「えぇ……」


 落胆(らくたん)が声に出る。


 神崎君がゲラゲラ笑って言った。


「ぎゃははは、何だよそれ。クソみたいなアドバイスだな。お前ホントに退治屋なんだろうな」


「クソみたいじゃないわよ。専門家だからこそ無責任なことは言えないの。じゃあ、あんたは菊池くんが暴漢に襲われた時、どう対処すればいいって教えるの?」


「……まぁ、たしかに、走って逃げろ、かな」


「でしょう? 格闘技の素人ほどテキトーな対処方法を教えるものよ。付け焼き刃の護身術なんて役に立つわけないのにね。下手なことして相手を逆上させるのが落ちよ。素人はひたすら逃げることだけ考えた方がよっぽど安全だわ。これは相手が霊的な存在でも同じ。悪霊だろうと妖怪だろうと、走って逃げる! そうすれば、少なくとも相手を怒らせる心配はない」


 僕はおずおずと尋ねた。


「じゃ、じゃあ、もし逃げられない相手に捕まったら、どうすればいいんですか?」


「その時はあたしに言いなさい。倒してあげるから」


「じゃあ、もし篠崎さんに連絡もできない状態になったら、どうすれば」


「その時は……潔く死になさい」


「ああ! やっぱりそれしか無いんですね!」


 僕は空を仰ぎ、神に懇願したくなった。おお、神よ、その時が来たらどうか僕をお助けください。無宗教だけど。


 僕が絶望したことを察してか、篠崎さんが力強く言った。


「考えすぎよ! そんな状況めったに起こるわけないでしょ。巨大隕石が落ちたらどうしようって考えてんのと同じ。不毛な不安だわ」


 絶望していた心に光が差す。


「そういう状況って、めったに無いんですか?」


「そりゃそうよ。菊池くんから喧嘩を売らない限り、向こうがそこまで深入りしてくることもない。これも人間と同じよ。ヤクザが怖かったら、関係を持たなきゃいいだけのこと。銃だの刃物だの持って武装したら、かえってやられちゃうわよ」


「ですよね! 聞いた菅原君。オバケに喧嘩を売るような真似は絶対に止めようね!」


「………………うん」


 え、何その間は。絶対喧嘩売ろうとしてるよね? なんでリーダーに嘘つくのかな?


 問い詰めようとすると、先に菅原君が口を開いた。


「オレはもっといい方法があると思うんだよ、菊池君」


「え? いい方法って?」


「菊池君が篠崎さんに弟子入りするんだよ。素人じゃなくて、玄人(くろうと)になればいい。それが一番安全だ」


「えぇ、そんなの」


 無茶だ、と答える前に、篠崎さんが大声で言った。


「無理、無理! こんな怖がりな子にできるわけないでしょ。向いてないにもほどがあるわ。血を怖がる人間が医者を目指すようなもんよ」


「ですよね! ほら、そんなこと無理だって」


「そっか、残念だなぁ……」


「いや、なんで菅原君が残念がるの」


 そこで一旦会話が途切れた。沈黙が流れ、車の走行音しか聞こえなくなる。でも、四人の間に気まずさは無かった。それも篠崎さんの気さくさのおかげだ。


 なんとなく窓の外を眺める。外は快晴。気持ちがいい。ドライヴの目的が悪霊退治でなければもっといいのに……。


 その時、ふと、喫茶店で聞いた話を思い出した。夢の中で、宮本の霊は普通の人間とはかけ離れた姿をしていたという。腕が何本も生えていたとか。


 それを聞いた時、心底怖いと思った。でも、自分の中で、()に落ちる部分もあった。そんな姿になっていてもおかしくない、というような気持ちが……。


 なぜなら、僕もそんな異形の存在を見たことがあるからだ。しかも、何回も。人間に似ているけど、顔が無いのっぺらぼうだったり、もしくは三本の角が生えていたり。


 あれは、いったいなんなんだろう。僕は勝手に妖怪だと思っていたけど、もしかしたら幽霊が形を変えたものだったのかもしれない。そもそも、妖怪の定義って何?


 いろいろと気になって、篠崎さんに尋ねてみた。


「あの、篠崎さん。妖怪って、いったいなんなんでしょうか? 僕は今までに人間に似ているけど、明らかに違う存在を目にしてきました。のっぺらぼうとか、角が生えた鬼とか。それって、人間の霊が姿を変えたものなんでしょうか? それとも、霊とはまったく異質な、妖怪と呼ぶべき存在なんでしょうか?」


「……ふん、いい質問ね。どう答えたらいいかしら……」


 篠崎さんはしばらく考え込んだ後、こう答えた。


「あたしには分からないわね」


 神崎君がまた大笑いした。


「ぎゃははは、クソみたいな答えだな。お前ホントに退治屋なんだろうな」


「それさっきも聞いたわよ。でも、そうとしか答えられないのよ。ほら、あたしは妖怪を倒すのが専門で、学者じゃないから。漁師と魚学者が持ってる知識は全然違うでしょう? だから悪霊と妖怪の明確な違いは答えられないのよね。そもそもあたしには霊の方は見えないし。でも、あたし個人の区別なら言えるわ。ずばり、あたしの霊感でも感知できるかどうか。できるなら妖怪、できないなら霊よ」


「死ぬほど科学的じゃないな」と神崎君。


「オカルトな時点で非科学的でしょうが。それでね、ルーツに関してだけど、人間や動物の霊が妖怪化してるってケースは珍しいことじゃないわね。むしろ、あたしの体感だとそっちの方が圧倒的に多いわ。菊池くんが見たのっぺらぼうや鬼も、おそらくは人間の霊が姿を変えたものね。霊は現世に留まると悪い気を集めて悪霊となり、さらに時が経つと妖怪に変化(へんげ)する。形を変えれば変えるほど、力が強まって厄介な存在になるわ」


 菅原君が口を挟む。


「あの、霊が妖怪化するケースが()()ってことは、例外もあるってことですよね?」


「そう。たまーにいるのよ。原型が人間や動物の霊じゃないって奴が。ただ、どうしてそれが判別できるのかって言われると困るわ。直感としか言いようがないけど、なんていうか、他の奴らとは明らかに異質で、何もかも別格ってことが肌で分かるのよね。その感覚、あたし大っ嫌い。こればっかりは慣れないわ。これはあたしの推測だけど、こういう存在が『神』って呼ばれるんでしょうね。世間的には妖怪扱いされてても、本質的には神社に祀られているような神様と同じ存在だと思うわ。違うのは人間にとって有り難い存在か、邪魔な存在かってことだけ」


 菅原君が興奮気味に訊く。


「そういう妖怪は、やっぱり強いんですか?」


「ええ、普通の妖怪とは比べものにならないくらい強いわ。だから、あたしでもなるべく戦わないようにするの。倒さずに、依頼者の命を救うプランを考える。それで大抵なんとなるわ」


「その話、もっと詳しく聞かせてくれませんか! 特に依頼者を救えなかった時のエピソードを、ぜひ!」


 僕はすかさず言った。


「ダメだよ! 一番怖いでしょ!」


「あたしだって話すの嫌よ」と篠崎さんも断る。「仕事の失敗話なんて思い出したくないもの」


 菅原君は途端に落ち込んで言った。


「そうですか……残念です……」


「でも成功した時の話ならしてもいいわよ。最近、一番強かった奴は――」


 僕は慌てて言葉を遮った。


「言わなくていいですって! 成功した話も怖いでしょ!」


「怖くない怖くない」と、菅原君が他人事のように言って、「で、どんな話ムグッ」


 僕は菅原君の口を手で押さえた。


「だからダメって言ってるでしょ!」


「ムゴゴ、ムゴムゴ」


 なんか苦しそうだけど、知ったこっちゃない。これからただでさえ怖いことをしなきゃいけないのに、怪談話なんて聞いて(たま)るか。


 篠崎さんが楽しそうに言う。


「分かった、分かった。話さないから、手を離してあげなさい。まったく、どんだけ必死なんだか」


 ほっと安心して手をどける。菅原君が文句を言った。


「ぷはっ、はぁはぁ。死ぬかと思った。本気で押さえなくてもいいじゃん!」


「本気で怖いの!」


 そんな会話をしているうちに、車が高速を出た。それから5分くらいして、依頼者のマンションに到着した。

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