受け取って、受け取って、受け取って
「今回の仕事は悪霊を払うこと。いつもは妖怪退治の仕事しかやらないんだけどね、菊池くんが協力してくれるっていうから、特別に受けることにしたの。で、依頼者の名前は疋田汐音。年齢は聞かなかったけど、だいたい二十代前半くらいね。疋田さんに取り憑いてる悪霊の素性も分かってるわ。悪霊は二ヶ月ほど前に自殺した男の幽霊。名前は宮本優介。疋田さんの話によると、宮本は彼女の熱心なストーカーだったみたい」
「女にフラれて死んだのか?」と、神崎君がパフェを食べながら訊く。
「ま、結論から言うとそうね。疋田さんは書店員で、宮本は彼女目当てで店によく来てたみたい。迷惑なんだけど会話に付き合ってたら、宮本は仲良くなれたと勘違いしたみたいで、頻繁にプレゼントをくれるようになった」
「キメェな」と神崎君。口の端にクリームが付いている。
「あんたには分かんないでしょうね。モテない男の気持ちが。で、そのプレゼントってのが、最初はお菓子とかだったけど、だんだん高価になっていって、ブランド物の服やバッグをくれるようになった。もちろん、そんな物は貰えないって断るんだけど、向こうは押しつけるように渡してくる。で、最後に渡されたのは二枚のコンサートチケット。つまり、デートのお誘いをされたってわけ。結果は言わずもがな。疋田さんは当然、一緒に行けないと断った。そしたら、それが相当ショックだったみたいで、宮本は何日も店に来なくなった。そして、次に姿を現したのは夢の中だった」
「夢の中?」と菅原君。
「そう。幽霊の常套手段よ。力が弱くて霊感がない人間には接触できないから、夢の中でちょっかいを出そうとするの。夢で疋田さんはウエディングドレスを着て教会の前に立っていた。で、目の前には白いタキシードを着た宮本が立っている。宮本の手には箱に入った指輪があって、それを差し出して言うの。『僕と結婚してください』って」
「はは、するわけねぇだろ」と嘲笑する神崎君。
「そうね。当然、疋田さんは断った。そしたらね、突然教会に火がついて燃え上がったの。しかも、指輪が長い縄に変わって、宮本はそれで自分の首を絞め始めた。教会は崩れて、宮本も苦しそうに倒れる。そこで夢は途切れて、疋田さんは目を覚ました。で、枕元を見ると、そこには夢で宮本に渡された指輪が置かれていたの」
「ひぃぃいいい」
僕は怖くて悲鳴を上げた。篠崎さんが言う。
「ほらほら、怖いならパフェ食べなさいよ。美味しさで怖さを打ち消すのよ」
「分かりました」
僕は篠崎さんを見習ってパフェを豪快に頬張った。冷たいアイスとぬるい生クリームが絶妙なハーモニーを奏でる。で、ちゃんと怖い。
「やっぱ怖い……」と、パフェを咀嚼しながら呟く。
「じゃあもっと食べるのよ」と、篠崎さんが無茶なことを言って話を続ける。
「でね、話に戻るけど、疋田さんは指輪をゴミ袋に放り込んでこう考えた。彼女はマンションに住んでるんだけど、部屋の中に宮本が侵入して指輪を置いたんじゃないかって。でも、だとすれば説明できないことがある。ドアには当然鍵がかかってるし、それが壊された形跡も無い。窓やベランダのガラス戸も一緒。だいたい、指輪を渡すだけならいつもみたいに本屋に来ればいいから、わざわざ部屋に侵入する必要がない。そして何より、夢の内容と現実がリンクしすぎている。これが偶然の一致とはとても思えなかった。そこで疋田さんはこう考えた。宮本は夢の中で自分の首を絞めてたから、おそらく、自分にフラれたショックで首を吊って自殺したんだってね。そして死後、幽霊になって指輪を渡しに来た」
そこまで言うと、篠崎さんは自分のパフェのグラスを掴み、口の中にコーンフレークを流し込んだ。まるでポテトチップスの残りカスを流し込むような軽やかさだ。
それをほぼ咀嚼もせずゴクリと飲み込み、話に戻った。
「それだけだったらいいんだけど、当然事態はこれで収らない。次の日の夜も宮本の夢を見た。今度はいつもの本屋にいて、そこに宮本がやって来る。で、紙袋を渡してくるの。受け取って中を見たら、そこには指が入っていた。よく見ると、宮本の指が全部無くなってて、そこから血が流れている。悲鳴を上げて紙袋を落とすと、宮本の両腕が腐り落ちるように肩から千切れた。腕は芋虫みたいに独りでに床を這って近づいてくる。そして宮本が言うの。『受け取って、受け取って』って」
「ひぃぃいいいいい」
「うるせー!」
悲鳴を上げると神崎君に怒鳴られた。
「あんたの方がうるさいわよ」と篠崎さん。
菅原君が身を乗り出して言う。
「で、続きは? 続きは?」
「疋田さんも、菊池くんみたいに悲鳴を上げて、そこで目が覚めた」
「で、枕元には何があったんです?」
「何って、何も無いわよ」
「えぇ……肩すかしだなぁ」
菅原君は残念そうに背もたれに体重を預けた。
篠崎さんがニヤリと笑って言う。
「宮本の腕があるとでも思ったの? さすがにそれはあり得ないわよ。死体は指輪と違って重いから、幽霊ごときの力じゃ運べないわ。そもそも、とっくに死体は処分されてるだろうしね」
菅原君が素っ気なく言う。
「そうですか。話を続けてください」
「なんでふてくされてんのよ! 気分悪いわね。まあ、続けるけどね。話にはもうちょっと続きがあるの。疋田さんは気持ち悪い夢を見たと思いつつも、どうしようもなかった。除霊の方法なんて知らないからね。でもそこから、しばらく宮本の夢を見なくなったの。だから、幽霊に取り憑かれたなんて気のせいだったのかと思い始めた頃、また夢を見た。夢の中で、疋田さんは同じ書店に勤める友人、坪井結月さんの家にいた。そこは寝室で、ベッドには坪井さんが横たわっている。そして、その隣には、変わり果てた宮本の姿があった。身体中に腕が何本も伸びていて、坪井さんに近づきながらこう言うの。『受け取って、受け取って』って。疋田さんが『何を』って訊いたら、背中から突き出た腕で疋田さんの足下を指す。見ると、そこには引きちぎられた何本もの腕や足、それからいくつもの胴体や生首まで転がっていた。生首はどれも宮本のもので、それらが一斉に口を開いて言うの。『受け取って、受け取って、受け取って』。その時、ベッドから坪井さんの声が聞こえてきた。視線を移すと、宮本が坪井さんの首を絞めていて、彼女は苦しそうに呻き声を上げている。そして、宮本が言うの。『受け取ってくれないなら……』。疋田さんは『やめて』と絶叫して目が覚めた。……で、事態は悪夢を見るだけに留まらなかった。その日出勤すると、坪井さんの首にうっすら赤い痣が浮んでいることに気づいたの。しかも、その痣は手の形をしていた。まるで誰かに首を絞められたかのように。そしてその日から、疋田さんは同じ悪夢を毎晩見るようになって、坪井さんの首の痣は日に日に酷くなっていった……」
神崎君が腹立たしそうに言う。
「汚ぇ男だな。女人質にして脅してきたか」
「そういうことね。自分の恋人にならなければ、友人を殺す。まったく、変な脅しだわ。そんなこと言われて『はい、分かりました』なんて言う女いるわけないのに。悪霊になると見た目だけじゃなくて、心までめちゃくちゃになるみたいね。ま、それはともかく、坪井さんの首に痣が残ってたってのは、まずい兆候よ。物理的な接触がかなりのレベルで可能になってるってこと。坪井さんを殺せるようになるのも時間の問題ね」
「じゃあ急がねーとまずいじゃねーか」と神崎君。「のんきにパフェ食ってる場合じゃねーだろ」
「まあまあ、急ぎなさんな。所詮、霊は霊。今のところ、夢の中でしか好き勝手できてない。まだ時間の猶予はあるわ」
「それで、続きは?」と菅原君が急かす。
「もう、二人ともせっかちね。その後、疋田さんはさすがに事態を放っておけなくなって、腕のいい霊能力者を探すことにした。で、あたしに行き着いて、除霊の依頼を出したってわけ。話はこれでお終い」
「じゃあ、さっそく依頼者の家へ行きましょう!」
「だから急ぐなって言ってんでしょう。あんた達、今の話を聞いて気になったところはない?」
「え、気になるところ?」
「そうよ。おかしな所があるでしょう?」
「……」
菅原君は腕を組んで考え込んだ。
「別に変なところなんてねーだろ」と神崎君。
僕も同じ意見だ。気になるところなんて無かったけど……。
しばしの沈黙が流れた後、篠崎さんが口を開いた。
「かーっ、男のくせに鈍いわねぇ。ま、あんた達はまだ若いから、仕方ないのかしらね。この話、嘘の可能性が高いわ」
「嘘!?」と、僕は驚いて言った。
「だって、どう考えたっておかしいでしょ。なんで宮本はフラれたくらいで自殺したの? 性行為もしてない女にそこまで執着する男なんていないわ」
篠崎さんは断定口調でそう言う。が、僕にはそうも思えなかった。自殺するくらい疋田さんが好きだったってことじゃないのだろうか。たとえ肉体関係が無くても、自殺する動機にはなると思うのだが。
神崎君も納得していないようで、疑問を投げかけた。
「そうか? アイドルオタクが好きなアイドルに彼氏が出来たからって、逆上して殺そうとするって事件もあるだろ。性行為なんて一回もしてないのによ」
「それは他殺でしょう? 宮本の場合は自殺よ。他殺と自殺じゃ丸っきり話が違うわ。いい、あんた達。ヤッた女のために死ぬ男はいても、ヤッてない女のために死ぬ男はこの世に一人もいないわ。これが世の真理よ」
そうなのだろうか。ここまで堂々と主張されると、なんだかそういう気がしてくる。僕もそうなの?
篠崎さんの男性論に圧倒されていると、菅原君が冷静な口調で質問した。
「……どうして疋田さんは嘘をつく必要があったんでしょう?」
すると、篠崎さんはニヤリと笑って答えた。
「決まってんじゃないのよ。宮本に対して後ろめたい気持ちがあるからよ。あたしはそれついて詮索はしなかったけど、十中八九、浮気ね。おそらく、宮本はストーカーなんかじゃなくて、本当に疋田さんと付き合ってたんだわ。本屋で話しかけられて意気投合して交際。ブランド物を押しつけられたってのは嘘でしょうけど、コンサートのチケットを貰ったってのはホントじゃないかしらね。で、結婚を前提に付き合ってたんだけど、疋田さんが別の男を好きになって宮本と衝突。結果、宮本はフラれて、失恋のショックに耐えられなくて自殺した。これなら納得できるわ」
名推理を披露した後、篠崎さんはパフェのグラスを口元に運んでひっくり返した。が、中身は既に食べたので空っぽだ。
篠崎さんが驚いて言う。
「あれっ、無いわ!? あたしいつの間に食べたのかしら!」
「さっき豪快に食ってただろ!」と神崎君。「もう忘れたのか!」
「食い応えがなくてすぐ忘れちゃったわ。出会いと別れは一瞬で過ぎていくものよね」
僕は呆れながらその言葉を聞いていた。この人、頭がいいのか悪いのか分からないな。しっかりしてそうだけど、薰ちゃんレベルのお調子者だ。そういえば薰ちゃん、無事に成仏できたかな……。
なんとなく薰ちゃんに思いを巡らそうとした瞬間、篠崎さんが突然両手を叩いた。バチンと大きな音が鳴って、意識が現実に引き戻される。
「さっ、話は済んだわ。これから依頼者の家に行くわよ。さっさとパフェ食べなさい」
「は、はいっ」
僕は急いで残っていたパフェをかき込んだ。菅原君も同じだ。
既に完食していた神崎君が言う。
「急がなくていいって言ったの、どこのどいつだ」
「いいや、今は急いで。もうあたしのパフェは無いの。急がないとまたお腹が減っちゃうわ」
「ほんと、力士レベルの食欲だな」
「ありがと」
二人が話している間に、僕と菅原君はパフェを完食した。席を立ち、篠崎さんがお代を払ってくれる。
四人で喫茶店を出ると、篠崎さんが立ち止まり、そこへ一羽のカラスが飛んできた。そして、ダボダボの袖の中へと吸い込まれるように入った。
「さっきの式神ですか?」と僕が尋ねる。
「そうよ」
菅原君が驚いて言う。
「えっ、何!? 式神がどうかしたの?」
「今、篠崎さんの服の中にカラスの式神が入っていったんだよ」
「マジで!? 見逃しちゃったよ」
「あんたはどっちみち見えないでしょ」
篠崎さんがそう言った時、僕は信じられない物を目にした。巨大なアマガエルがこちらに接近してくるのだ。その大きさは柴犬くらいある。
一瞬驚いたが、すぐにそれが式神だと分かったので、それほど怖くなかった。それに、よく見れば可愛いい。
カエルはぴょんぴょん飛び跳ねながらが篠崎さんの足下に来ると、巣の中に潜り込むように袖の中に入っていった。
菅原君が尋ねる。
「今、札が袖の中に吸い込まれたけど、それが式神?」
「うん。僕にはデカいカエルに見えた」
「羨ましいなぁ。どうしてオレには霊感が無いんだろ……」
残念がる菅原君を、篠崎さんは呆れ気味に慰めた。
「あんたに霊感があったら命がいくつあっても足りないでしょ。だから今のままでいいのよ」と言ってから、駐車場の車を指さす。「あれがあたしの車ね」
そこには真っ赤なスポーツカーが停まっていた。見るからに高そうだ。
神崎君が感心して言う。
「儲かるんだな、妖怪退治って」
「みんながみんな稼げるわけじゃないわよ。あたしの腕が超一流だからこそよ。さっ、乗って乗って」
僕達三人は後部座席に乗り込んだ。篠崎さんがドスンッと音を立てて運転席に座る。助手席には銀色のアタッシュケースが置かれていた。




