妖怪退治屋
放課後、僕は憂鬱な気持ちで学校を出て、神崎君の家へと向かった。
前回は神崎君に脅されて集合をかけられたが、今回はある意味、それよりも怖い。菅原君なら本当に呪いをかけてきそうだ。これじゃあ逆らいたくても逆らえない。
神崎君の家に到着。チャイムを鳴らすが、誰も出てこなかった。入り口の引戸には鍵がかかっている。
どうやら僕が三人の中で一番早く来てしまったようだ。これじゃあ一番やる気があるみたいじゃないか! 心外だ!
玄関先で一人腹を立てていると、後ろから声をかけられた。
「早いな」
「ひっ」
驚いて後ろを見ると、神崎君が立っていた。ニヤニヤしながら言う。
「なんだかんだ言って一番張り切ってるじゃねぇか。さすがリーダー」
案の定、誤解されてしまった。
「違うよ! 菅原君に来ないと呪いをかけるって脅されたんだ! 来たいわけないでしょ!」
「呪いなんて嘘に決まってんじゃねーか。ま、上がれよ」
「いやいや、菅原君なら呪いくらいかけられるって」
神崎君が玄関の鍵を開け、二人で中に入る。そのまま二階にある神崎君の部屋へ向かう。
部屋に入ると、僕は畳に座って神崎君に言った。
「だいたい、一番やる気があるのはどう考えても菅原君でしょ。なんでいつも来るのが最後なの」
神崎君が部屋に唯一ある椅子にどっかり腰を据えて答える。
「俺に言うなよ。菅原に直接言え」
「嫌だよ。呪われたくないから」
「めんどくせー奴だな」
「ところで、今回はどんな用件なのか聞いてないの?」
「いや、俺も聞かされてない。『ビッグイベントだから楽しみにしてて』とは言ってたが」
「何、ビッグイベントって。今までだって充分ビッグだったでしょ?」
「そうだな。あいつがビッグっていうからには、よっぽどおっかないイベントなんだろう」
「……やっぱ帰ろっかな。神崎君からお願いしておいて。菊池に呪いをかけないでくださいって」
「やだね。一人だけサボれると思うな」
「うぅ……意地悪。あーあ、菅原君のお誕生日会とかならいいのに」
「あいつの誕生日は12月だ。当分先だな」
「じゃあ神崎君は?」
「俺は4月だからもう過ぎた」
「あっ、でも近いじゃん。遅ればせながらの誕生日パーティーかも」
「ないない。仮にそうだったとしても、あいつがまともなパーティーを開くと思うか?」
「たしかに……それはそれで怖いか……」
「どう転んでも怖いんだ。諦めろリーダー」
「うぅ……リーダーなのに」
神崎君と話していると、一階から物音が聞こえてきた。玄関の戸を開けて、階段を上がってくる。
部屋の前で足音が止まると、襖が勢いよく開け放たれた。パァンッというけたたましい音とともに、菅原君が登場する。
「やぁ、みんな早いね」
今回は足音に気づいたのであまり驚かなかったが、僕は菅原君に抗議した。
「もぉ! その登場の仕方やめてよ! びっくりするでしょ!」
「そうだぞ」と神崎君も同調する。「襖が壊れるだろ。ボロ屋なんだからやめろ」
菅原君ががっかりした様子で言う。
「そうだね。今回はあんまりびっくりしてくれなかったし、もうやめるよ」
そう言いつつ、僕の隣に腰を降ろす。
「で?」と神崎君。「今日はどんな用件だ?」
菅原君が笑みを浮かべて言う。
「ふふふ、実はね、ある人物の仕事を手伝えることになったんだよ。元々知り合いではあったんだけど、今まで仕事の手伝いなんて許してもらえなかった」
「誰だよ、その知り合いって」
「篠崎明子。オカルト界隈では有名な退治屋だよ」
「退治屋? 何を退治するんだ」
「ズバリ、妖怪だよ、妖怪」
「ひぃぃ、やっぱり」
怖がる僕に視線を移し、菅原君が尋ねてくる。
「あ、もしかして、菊池君も知ってるの?」
「いや、知らないよ、そんな怖い人。でも、退治屋っていったら、妖怪退治か悪霊退治しかないから」
「そこなんだけどね、篠崎さんは妖怪退治の専門家でも、悪霊退治に関しては専門外らしいんだよ。でも、ある依頼者から悪霊を退治してほしいってお願いされてるみたいでさ。そこで、オレ達の出番ってわけ」
「何がそこでなの? 僕達だって悪霊退治は専門外でしょ?」
「何をおっしゃいますやら。幽霊の姿が見えて、声も聞こえて、しかも触れることすらできる完璧な霊能力者様が、我らのリーダー菊池君なんだよ。篠崎さんに菊池君のことを伝えたら驚いてたよ。そんな霊能力者はめったにいないってね。篠崎さんによれば、霊は妖怪に比べて力が弱いから、感知するのは極めて難しいことらしい。だから篠崎さんも妖怪の姿は見えるけど、幽霊の姿は見えないらしいんだ。てなわけで、悪霊退治の仕事を引き受けるに当たって、菊池君には篠崎さんの目になってほしいって話なんだよ」
「うさんくせえな」と神崎君。「ほんとにその篠崎とかいう女は霊能力者なのか?」
「知らない」
「知らねーのかよ! 知り合いなら知っとけよ!」
「だってオレには霊感が無いんだから判断のしようがないじゃん。ってことで、これも菊池君に判断してもらえばいいんだ。篠崎さんが本物の霊能力者か否かを」
「もし偽物だったら?」
「その時は………まあ、その時に考えるってことで」
「テキトーだな」
「心配しなくてもたぶん本物だよ。さっき言ったでしょ? オカルト界隈では有名だって」
「有名かどうかは関係無い。インチキ占い師でもテレビに引っ張りダコだろ」
「まあね。偽物の可能性だってあるにはある。その時は関わってもしょうがないから、ホラー映画でも観て帰ろっか」
「なんでホラーなの?」と僕はすかさず口を挟んだ。「普通の映画でいいでしょ」
「ダメだよ。だってただで帰れるってなったら、菊池君嘘つくでしょ? 篠崎さんは偽物だって」
「あー、なるほどな」と神崎君が納得する。「頭いいな菅原」
「他人事みたいに言わないで! 僕の逃げ道がどんどん塞がれてるのに!」
「でもよぉ、ソイノメ様の一件に比べれば大したことないんじゃねーか。インチキかどうかはさておき、一応、その道のプロがついてるんだからよ」
菅原君も頷いて言う。
「そうだよ菊池君。この前の人形の件だってオレ達だけで解決したじゃない。それが今回はプロに頼れるんだ。悪霊退治は篠崎さんが全部やってくれる。菊池君は幽霊がどこにいるか教えるだけでいいんだ」
「それが怖いんじゃん。なんで好き好んで悪霊なんて見なきゃいけないの?」
すると、菅原君が真剣な表情でこう言った。僕のことを真っ直ぐ見つめる。
「依頼者を助けるためだよ。菊池君じゃなきゃ救えない人がいるんだ」
「うっ……」
それを言われると、何も言い返せなくなる。もし僕が悪霊に襲われたら、一秒でも早く助けてほしいと思うはずだ。それを見捨てるなんてことはできない。
僕は観念して答えた。
「そうだね。早くその人を悪霊から助けてあげないと」
菅原君がニッと笑って言う。
「さすがリーダー! オレもそう思ってるよ。ってことで、楔会の三回目の活動は悪霊退治だ。張り切っていこう! オーッ!」
菅原君がかけ声を上げ、力強く拳を突き上げる。
「おー」と、僕も控えめに拳を上げる。
が、神崎君はそれに合わせず、こう言った。
「なあ、俺は行く必要あるのか?」
菅原君が溜息をついて答える。
「はぁ、何しけたこと言ってんだ神崎。お前も大事な楔会のメンバーだろ。ついてこいよ」
「そうだよ!」と僕も同意する。「人数が多い方が怖さも薄れるんだから、絶対来てよね。神崎君が行かないなら僕も行かないから」
「菊池君の言う通りだよ。神崎ほど頼りになる奴は他にいないんだから、いてくれるだけで気持ちに余裕が出来る。だから来てくれ」
「ふんっ、なんだそれ」と神崎君は照れくさそうに顔を背けた。口では嫌そうだが、満更でもないようだ。
「で、篠崎さんに会う日取りはもう決まってるから。次の日曜日ね。二人とも予定はない?」
「大丈夫」と僕。
「俺も」と神崎君。
「よーし。じゃ、集合場所は一森駅で、時間は午前10時。そこからは篠崎さんの車に乗って依頼者の家に行く。OK?」
「OK」と僕。
「おう」と神崎君。
「あっ、そうだ。これも忘れずに言っておかなきゃ。篠崎さんにはソイノメ様のことは言ってないからね。あと呪いの人形のことも。代わりに嘘のエピソードを教えてるから、二人とも口裏を合わせてね」
神崎君が眉をひそめる。
「ん、なんでそんなめんどくせーことしたんだ」
「だって、ホントのこと篠崎さんに言ったら怒られそうだもん。危ないからそんな活動はやめろって。でも何も言わなかったら菊池君に霊感があるって伝えられないでしょ? だから嘘の除霊エピソードをでっち上げたってわけ。内容は簡単。楔山に行ったら神崎に女の霊が取り憑いちゃって、霊感がある菊池君がその女と話をした。そしたら、神崎を生前の恋人と勘違いしてるみたいだから、菊池君が説得してその誤解を解いた。そしたら幽霊は神崎から離れて、一件落着。それだけ」
「ふんっ、上手いことでっち上げたな」
「バレなかったの?」と僕。
「うーん、エピソードを嘘とは思ってないみたいだったけど、菊池君に霊感があるのかは疑ってたよ。半信半疑って感じ。でも、会えば分かるよ。お互い本当に霊感があるのかどうか」
「だといいけど……」
「はいっ、てことで話しておかなきゃいけないことは以上! 今日の会合はこれでお終い。今回の任務も生きて帰れることを願って、解散!」
「最後に怖いこと言わないで!」
そんなわけで、僕は来た時と同じような憂鬱な気持ちで、神崎君の家を出た。菅原君の言葉が重くのしかかる。今回も生きて帰れるのかな、僕達。




