噂の真相
* * * * *
僕は二人と相性が悪いのではないだろうか。お泊まりの夜を思うと、そんな気がしてくる。一緒に寝るだけで怖がらなければならないのだから、起きている時はもっと怖い目に遭うだろう。
溜息の一つでもつきたい気持ちだが、神崎君を不機嫌にさせるかもしれないので、ぐっと抑える。
結局、特に会話をすることなく家についた。
中に入り、神崎君の部屋にお邪魔する。
神崎君は勉強机の前にある椅子に座って言った。
「そこにある本でも読んでてくれ」
部屋の隅に小さな本棚がある。僕は棚に並ぶ本の背表紙を見た。
『孫子』『兵法三十六計』『戦争論』『五輪書』『兵法家伝書』
兵法書ばかりだ。まったく興味が湧かない。
しかし、何も読まずに二人で沈黙しているのも気まずすぎるので、僕は前から気になっていた噂について神崎君に尋ねた。
「あの、噂で聞いたんだけど、神崎君が三年生のヤンキーをボコボコにしたことがあるって本当?」
「ん? 嘘だ」
「そ、そうだよね。僕もそうなんじゃないかって思ってたよ。神崎君、怖そうだけど実際は優しいし」
「俺がボコボコにしたのはヤンキーじゃない。普通の生徒だ」
「えぇ…………ごめん僕用事思い出したから帰るね」
「待て待て待て。普通の生徒つっても、格闘技経験者だ。ボクシングの使い手だった」
「ああ、なんだそういうことか。スパーリングって奴だね」
「いや、スパーリングじゃなくて、ガチの殺し合いだ」
「ごめん僕用事思い出したから」
「待て待て待て、今のは嘘だ。ガチだけど殺し合いは言い過ぎた。ただ、スパーリングっていうよりも、他流同士の真剣勝負だったな」
「どうして三年の先輩とそんなことになったの?」
「そのボクサーは倉田って人なんだが、俺と同じ空手道場に通ってる中島先輩と喧嘩して、圧勝したらしいんだ。で、空手よりボクシングの方が実戦的だとか言うから、中島先輩が俺のことを紹介したわけよ。で、俺と倉田先輩が戦うことになって、結果は俺の圧勝だった。ただ倉田先輩も強かったけどな。俺の方が体格が良かったから終始優勢だっただけで、技術的な差はそこまで無かった」
「倉田先輩は背が低い人だったの?」
「ああ、俺が189センチで、倉田先輩は180センチちょうどくらいだった」
「だ、大怪獣バトルだ……」
「大袈裟だ。格闘技の世界ではこれくらいの体格は当たり前だ」
「それで、倉田先輩はどれだけボコボコにされちゃったの?」
「倉田先輩が間合いに踏み込んできたところに、俺がローキックを放って膝関節を壊した」
「うぅ、痛そう。たしかにボコボコだね」
「いや、これだけじゃまだボコだ。倉田先輩はガッツがある人で、足が一本使えなくなっても俺に向かってきたんだ。だから俺は回し蹴りを先輩の頭に当ててノックアウトした。これでボコボコ」
「うわぁ、可哀想……」
「んなこたねーよ。同情は負けた人間に対しての侮辱だ。負けたら強くなればいいし、そもそも負けないと人は強くなれない」
「僕は負けたくないから強くならなくてもいいよ」
「甘いな。合気道の開祖も似たようなことを言ってるが、それは強さを追い求めた先にある達人の境地だ。弱者に勝負を避ける権限は与えられない。逃げることすらできないまま、強者に踏みつぶされるだけだ。現に、お前も俺から逃げられないだろ?」
「うっ、たしかに……」
「ま、これに関しては俺も偉そうなこと言えないがな。敵が人間ならまだしも、ソイノメ様みてーな化け物だったら、俺だって何もできない。あの夜、俺達が殺されなかったのは、ソイノメ様が俺達に興味を持ってなかったからだ。弱者の生き死には、強者の気まぐれで決まっちまう」
「そうだよ。だからもうあんな危険なことはやめようね」
「ああ、俺もそれには同感だ。菅原にも危険なことに首を突っ込まないよう注意しておかないとな」
「うんうん、それがいいよ。今日も何か危ない誘いかもしれないから、もしそうだったら神崎君が止めてね」
「言われなくてもそうするさ」
その時、入り口の襖が勢いよく開いた。