菅原家での前日談
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楔山の森を出た後、僕達は菅原君の家に向かった。
そして、僕はその家の豪華さに驚いた。広い庭付きの大きな一軒家で、普通の家と違い、屋根や小窓が無くてオシャレだった。まるで美術館かのような外観をしている。また、家の前には厳つい柵と門があった。
僕は感心して言った。
「すごい。菅原君の家はお金持ちなんだね」
「うん、神崎の家よりはね」
「絶交だな、もうな」と神崎君。
三人で家の中に入る。中もオシャレで、一般の住宅とは思えないほどだった。とにかく窓がドデカい。片側の壁を一面覆う程の大きさだ。日当たりと景色の良さはバッチリだろう。また壁は白一色で、その境目の無さから、どこまでも空間が広がっているような錯覚を起こす。
「はぁ、すごいなぁ」
僕は辺りをキョロキョロと見て呟いた。
菅原君の部屋は二階にあり、ドアを開けて入ると、意外に中は普通だった。八畳ほどの広さで、ベッドと勉強机、それからテレビがある。ここだけ見れば、ごく普通の高校生の部屋だ。
ホラーが好きな菅原君のことだから、もっと怖い物が置かれていると思っていたのだが、特に変わった物はない。
僕は安心して言った。
「ああ、良かった。てっきり怖い物がたくさん置かれてるのかと思ったよ」
「昔はそうしてたよ」と菅原君。「でも、それだとオシャレじゃないんだよね。怖い絵を飾ったり、怖い人形を置いたりしても、なんていうか、いかにも怖がらせようとしてる感じでつまらないでしょう? だいたい、本当に怖い物なら堂々と部屋の中に置けるはずないしね。これ見よがしに置いてる時点で、怖くないって言ってるのと同じなんだよ。だから今はさりげなく――」
「長えな!」と、神崎君がツッコむ。「もう寝るぞ。何時だと思ってんだ。2時だぞ」
僕が慌てて言う。
「いや、ちょっと待ってよ。さっき『今はさりげなく』って言ったよね。今でもこの部屋には怖い物があるってこと?」
「うん、たくさんあるよ。探してみてね」
「探さないよ!」
「もういいから早く寝るぞ!」と神崎君が怒る。
「はい、これ二人の毛布ね」菅原君がベッドの上に畳まれていた毛布を二人に手渡した。「うちにはお客さん用の布団とか無くてさ、これで我慢してね。あと、枕はそこにあるクッションを使って」
「うん。ありがとう」とお礼を言う。
「電気消すぞー」
神崎君が壁にある照明のスイッチを押そうとした。
「うわっ、待って」
僕は急いで神崎君の腕を掴み、消灯を阻止した。
「なんだよ菊池」
「電気消したら怖いんだ」
「ああ、そういえばお前そんなこと言ってたなぁ」
「じゃあ電気はつけっぱなしにしておこうか」と菅原君。「菊池君には無理を言って頑張ってもらったからね。他にしてほしいことはある?」
「あと、テレビもつけっぱなしにしてほしい」
「お前寝る気ないだろ!」と神崎君がまた怒る。
「まぁまぁ。菊池君に合わせようよ。音量は小さくてもいいんでしょう?」
「うん、ぎりぎり聞こえるくらいでいいんだ」
「せっかくだから映画でも流しておこうか。オレ、オカルトだけじゃなくて映画も好きでさ。DVDたくさん持ってるんだよ。菊池君、好きな映画とかある?」
「えっと、一番好きなのは『生きる』かな」
神崎君が嬉しそうに言う。
「おっ、お前も黒澤ファンか。俺も黒澤明好きなんだよ。『生きる』もいいけど、やっぱり俺の一番は『七人の侍』だな」
「あれも傑作だよね」
「ごめん菊池君。申し訳ないけど、『生きる』のDVDは無いんだ。『踊る臓物』ならあるんだけど、それでいいかな?」
「全然ちげーじゃねーか!」と神崎君。「なんだよ『踊る臓物』って。『生きる』の対義語だろ。どうして世界の黒澤が無くて、そんなへんちくりんな映画があるんだ。あと絶対グロいだろ」
「グロくないよ。R15だから」
「やっぱりグロいじゃねーか。なんでR18じゃなきゃセーフだと思ってんだよ」
「でもオレはよくこれを見ながら寝るんだよ。落ち着くから」
「お前だけだ、それは」
結局、映画を流すのは取りやめとなり、ただテレビをつけておくだけにした。
ベッドに入った菅原君が言う。
「じゃあ、みんなおやすみ」
「おやすみなさい」
「……」
神崎君は返事をしなかった。
ベッドには菅原君が寝て、僕は隣の床で神崎君と並んで寝る。
だが、まったく眠れる気がしない。あんな恐ろしい体験をしておいて、すぐに眠れるわけがなかった。まだ近くに二人がいてくれるからいい。もし自分の部屋で一人っきりだったら、尚更眠れなかっただろう。
天井を眺めながらそんな事を考えていると、隣の神崎君は早々に寝息を立て始めた。さすが神崎君だ。
自分も早く寝ないとな、と思い、なんとなく神崎君側に寝返りをうつと、目の前に勢いよく拳を突きつけられた。顔に風圧が当たる。もう少しで当たるところだった。神崎君はまだ起きていたらしい。
「おどかさないでよ」と言ったが、返事はない。
不思議に思って神崎君の顔を見ると、涎を垂らして気持ちよさそうに寝ていた。ニヤニヤしながら寝言をいう。
「うへへ、もう食えねーよ」
どんな夢だよ、と内心ツッコむ。
とにかく、神崎君の間合いに入ると危険だ。できるだけ距離を取ろう。まったく、油断も隙もない。
僕はそう思い、部屋の一番端まで離れた。
ふと、ベッドの上を見る。すると、菅原君が目を開けてじっとこちらを見ていた。
「うわっ」と思わず声が出る。だが、菅原君の反応はない。よく見ると、目を開けたまま寝ているだけだった。
僕は溜息が出た。どうして帰ってからもこんなに怖がらなければならないのか。
これ以上怖い物を見たくないので目を閉じる。部屋にはテレビの音だけが響いていた。タレントが何かを言っているが、内容までは聞き取れない。心地よい音量だ。
最初は気が張っていたが、テレビの音が子守唄が代わりとなり、気づけば深い眠りに落ちていた。




