アップダウン
放課後、僕は通学鞄に教科書を入れて立ち上がった。美術室に向かうために教室を出る。すると突然、後ろから誰かに抱き上げられた。そのまま肩に担がれる。
「菊池、一緒に帰るぞ」
聞き慣れた声。僕を担いだのは神崎君だった。
「高い怖い高い怖い高い怖い」
肩の上でじたばたする。高身長からの眺めは恐ろしかった。
神崎君が物騒なことを言う。
「降ろしても逃げねえか?」
「逃げない、てか逃げたくても逃げられないでしょ」
「じゃあ降ろしてやる」
僕は肩から降ろされた。神崎君に尋ねる。
「どうして一緒に帰るの? もう薰ちゃんは取り憑いてないんでしょ?」
「菅原が招集をかけてるんだ」
「そ、そんなぁ……」
もう怖い体験はソイノメ様の件でこりごりだ。せっかく二人と距離を置けると思ったのに、まだ何かあるのだろうか。
「でも僕、部活に行かないと」
「なんの部活だ?」
「美術部だけど」
「お前、画家になりたいのか?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「じゃあ一生行かなくていいじゃねえか」
「そんな殺生な」
神崎君と話ながら廊下を歩く。隣の教室の前を通りかかったが、神崎君は素通りした。菅原君のクラスなのだが。
「あれ、菅原君も一緒に帰るんじゃないの?」
「ああ、あいつは将棋部に顔出してから行くって」
「ええっ、じゃあ僕も美術部に顔出してからでいいでしょ!」
「お前は俺が連れてかないと来ないだろ!」
「うん」
「堂々と肯定すんな」
二人で学校を出る。神崎君の隣を歩くが、話すことが無くて気まずい。無言のまま歩く。
もしかしたらこっそり逃げられるかもしれない。そう思い、徐々に歩く速度を遅くして後退をはかったが、すぐにバレた。
「どこに行くんだ菊池?」
「え? 逃げようとなんかしてないよ?」
「そうか。ならいい」
そう言って腕を引っ張られ、元の位置に戻される。やはり逃げるのは難しそうだ。
僕は歩きながら、楔山での出来事を思い出した。もう六日前になるが、ずいぶん前の出来事のように思える。それくらい強烈で、現実離れした体験だった。まるで夢の記憶のようだ。あの後、菅原君の家に泊まったが、その記憶も今では懐かしい。
僕は菅原家での思い出を回想した。