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月夜の花と竜の騎士 2 〜大好きな婚約者が聖女様に誑かされてしまいそうです!〜

作者: 山葵トロ




 おい、ちょっと待て。


 第一騎士団へ、注文を受けた回復薬を届けに来たフィーナは思った。

 ジークハルトの隣りで微笑むキラキラの美女。そして、デレデレとそれを取り囲む団員達。

 ピクピクと顳顬こめかみが痙攣しているのは、思いのほか重い、荷物の入った段ボールのせいだけではない。


 急ぎの発注だと聞いたのに、ちっとも取りに来ないから届けに来てやったんじゃないか。まぁ、ジークハルト様に会えるかもという下心が無いと言ったら嘘になるけど。


 ぷるぷると震える膝。これも勿論、以下同文。



 ドカッ!!


 フィーナはわざと音を立てて、段ボールを床に置いた。流石に何人かがこちらを振り向く。


 あー、重かった。こんなことなら、慣れないことなんかするんじゃなかった。



 「ご注文の品、お届けしましたー 」


 フィーナはそう言うと踵を返す。あんな、鼻の下を伸ばした婚約者の顔なんてみたくない。



 「納品書のサインは、後で取りにきまー…… 」


 「フィーナッ!!」


 さっさとこの場を立ち去りたかったのに、言葉を被せてジークハルトが駆け寄ってくる。



 ーーーばか。今更気付いたって許さないんだから。


 無視して足を速めようとした瞬間、後ろから抱きしめられ拘束された。



 「ちょっ?! ロートレッド団長? 」


 「どうしたんだ? ここに来るなんて、珍しいじゃないか 」


 上を見上げると、大好きな優しい笑顔が覗き込んでくる。心臓が跳ねて、慌てて離れようとするが剣を振る逞しい腕は、フィーナの抵抗にビクともしない。



 「ジ、ジーク様、皆さんが見てます 」


 ふっとジークハルトが笑みを深くする。



 「そうだな、いつものその呼び方の方がいい。」


 聞いているんだか、いないんだか、クイッと顎を更に上に上げられ、ジークハルトの顔が近付いてきた。



 「だが、もうそろそろ『様』は取ってくれるとありがたい 」


 待って、待って、近い近い近いーーーーっ!!


 バクバクと大騒ぎする心臓。ジークハルトがフッと口元に笑みを浮かべたことにもフィーナは気付けない。


 もう駄目……、思ったその時だった。


 「初めまして。貴女がフィーナさんですのね。私、エリアーナ•フォルリと申します」


 先程ジークハルトの隣りで微笑んでいた美女がそう言った。

 動きの止まったジークハルトにハッとして、その腕から逃げ出す。ジークハルトが少し残念そうな顔をしていたのは見なかったことにした。


 助かったと思いつつ、しかし今聞いたその名前は……。



 「もしかして、《聖女》様ですか? 」


 美女が淡い金髪をサラリと揺らして、ニッコリと笑う。


 

 「私のことを知ってらっしゃるのですね? 」


 知っているも何も、ここの所その話題で持ちきりだ。この国で、100年以上見つからなかった聖女様が見つかった。聖女の力を発現したのはフォルリ侯爵家の令嬢。今、エリアーナ•フォルリの名前を知らない者などいないだろう。そうか、この方が……。


 

 「それなら、話が早いわ。フィーナさん、ジークハルト様に貴女からも言ってくださらない?」

 

 「何をでしょう? 」

 

 「ジークハルト様が、私の加護などいらないと言うのですよ 」



 聖女様の加護? 防御力をあげてくれるという、ありがたい聖女様の祈り。

 それをどうしてジークハルトは受けないというのか、そして、それよりもどうして加護が今、必要なのか。



 フィーナの傾げた首が更に折れる。


 すると、ジークハルトが溜め息をいて、口を開いた。


 「俺は団員全ての命を預かっている。俺1人が貴女の加護を受ける訳にはいかない。くれると言うなら、うちの団員全てに頼む。俺は1番最後でいい」


 「幾らわたくしでも、第一騎士団の方、全てに加護を授けるなんて無理と言いました。ジークハルト様は第一騎士団の団長、第一騎士団の将でありましょう? それならば、ジークハルト様が1番に加護を受ける方の筈 」



 ジークハルトは静かに首を振る。


 「俺は12ある騎士団の一つを預かる者に過ぎない。将に加護を授けると言うのなら、全ての騎士団を纏める王に授けられるのが筋というもの。ひいてはそこにおられるマリウス王太子殿下に掛けられるべきでは?」


 あれ? マリウス殿下がおられたの? 


 視線の先を追うと、なんだか居心地が悪そうなマリウス殿下が壁際に立っている。どうしてこんな所にいるのだろう。



 「マリウス殿下は瘴気の滞るような危ない場所には行かれないではありませんか!ジークハルト様が団長でありながら先陣を切って戦われるのは有名な話。私は心配なのです!!」


 ジークハルトが困った様に、ポリッと頭をかいた。フィーナはある事に気付いてハッとする。


 「瘴気場に行かれると言うのですかっ?! 」


 「……まったく、俺の婚約者殿は聡い 」


 「今の会話を聞けば誰でも分かります!それは、第一騎士団が赴かねばならない案件なのですか?」



 ジークハルトは少し考えた後、そうだなと呟いた。


 「隣国との堺、ハートリ辺境伯の領内で灰色狼グレイウルフの群れが出たらしい 」


 「グレイウルフ…… 」


 「襲われた者の話では、フェンリル、しかもフローズヴィトニルではないかと思われる 」


 「……っ?! 」


 悪評高フローズヴィトニルーーー。それって。

 知らずに喉がコクンと鳴る。


 

 「瘴気は魔物を狂わせる。俺が行かねばならない案件だろう? 」


 「……分かりました」


 フィーナの返事にエリアーナが、「嘘でしょう!それだけですかっ?!」と叫んだ。



 「そんな簡単に承知して、フィーナさんは心配ではないのですか? せめて私の加護を受ける様、ジークハルト様を説得してください!」


 「私にはそんな権限はありません 」


 「何を言っているんですか? あなたはジークハルト様の婚約者なのでしょう? 心配ではないのですか? 」


 「……」



 黙っているフィーナに苛ついたのか、エリアーナが「フィーナさんはジークハルト様を愛してはいないのですかっ? 」と言った。

 フィーナはそれにも答えずに、ただ深く頭を下げる。


 「お話は伺いました。私は自分の仕事がありますので、下がらせて頂きます 」

 




 窓から夕陽が差している。明日は辺境伯領へと出発する日だ。第一騎士団は少数精鋭、50人の竜騎士により構成されているが、今回の任務については他の騎士団は伴わず、第一騎士団のみにて遂行する。


 泣きそうな表情かおをしていたな……。


 第一騎士団の会議室を出て行く時、頭を下げたフィーナの口元が歪んでいた様に見えた。追おうとしたら、「来ないでください!」とピシャリと言われて、それ以上追いかける事が出来なかった。


 何がフィーナの気に触ったのかが分からない。

 気になって、仕事の合間に魔導省に足をむけたが、タイランの奴が会わせてくれなかった。



 「3日後に出発だって? お前さん達のお陰でこっちも準備で忙しいんですぅ 」


 「それは悪いと思っている。だが、なるべくはやく解決する様にとの陛下のご命令だ 」



 部屋を覗こうとするが、半開きのドアの前でタイランが悉く邪魔をする。邪魔だと睨むと奴は肩を竦めた。


 「会わせる訳にはいきまっせーん 」


 「何故だ?」


 「頼まれてるから 」


 「だから、何故だ? 」


 押し退けて部屋に入ろうとすると、「フィナフィナはお前の事を心配してるんだよ! 」と身体を張って止められた。


 「は? 何を心配することがある? たかが灰色狼グレイウルフ程度の討伐など…… 」


 「違うね。今度はフローズヴィトニルの率いる群れだと聞いたけど 」


 「変わりはしない 」


 うーんと、タイランは唸ると考え込んだように指の背を口元に当てる。


 「じゃあさ、これは? 『聖女』さん 」


 聖女? 


 それこそ訳が分からなくて、眉を顰めた俺に、「あーあ 」とタイランがため息をいた。


 「お前さー、あんなに研究にしか興味の無かった子に知らなかった感情を覚えさせたんだから、ちゃんと責任持てよなー」


 バンバンと背中を叩かれて、眼前でドアを閉められた。


 「おいっ、タイランっ! 」


 『分かんねぇなら考えろ。朴念仁が 』


 「……っ?! 」


 そこまで言われて、仕方なく引き下がるしか無かった。


 「あれから、フィーナ様はここへいらっしゃいませんね 」


 振り向くと、いつの間にかやって来たエリアーナが騎士団室に入ってくる所だった。フィーナとは反対に、エリアーナは毎日ここへと足を運んでくる。



 「明日、ジークハルト様は辺境伯領へ向かうというのに、何を考えているのでしょう 」


 「さぁな 」

 

 タイランに言われて、あれからずっと考えているが、幾ら考えても分からないのだ。

 それよりも、彼女は拗ねたまま、最後まで俺に会うつもりは無いのか。



 外に視線を移すと、そそとエリアーナが側に寄って来る。


 「本当にフィーナさんはジークハルト様のことを愛していらっしゃるのでしょうか? わたくしでしたら、ジークハルト様のお側を離れませんのに 」


 ひたと身体を寄せ、するりと細い腕を絡みつかせてくる。



 「……マリウス殿下に誤解されますよ 」


 腕を離そうとすれば、きゅっと力を込められた。どういうつもりなのかとエリアーナを見ると、エリアーナはうるうるとした瞳でこちらを見つめてくる。


 「やはり、そう思われていたのですね。マリウス殿下とは何もありません。私のお慕いしているのは…… 」



 その時だった。バンと開いたドアの先に、瞳を見開いたフィーナが立っていた。


 「フィ…… 」


 「はぁ、こんな時に浮気なんてしてる場合ですか? 」


 「え、あ……? 」


 フィーナの視線の先には、俺の腕に絡みつかせたエリアーナの手があり、慌てて振り解く。



 「フィーナ、違うぞ。俺は浮気なんて 」


 「まったく、人が寝ないで作業していたのは誰の為だと…… 」


 ブツブツと呟くフィーナの側に走り寄れば、フィーナがくまのできた大きな瞳で、キッとこちらを睨み上げてくる。

 4日ぶりのフィーナに、不謹慎にもジークハルトは怒った顔も可愛いななどと思っていた。

 


 「そこに居る方といちゃいちゃしたいのであれば、私との婚約を破棄してからにしてください 」

 

 そう言うと、フィーナは持って来た台車を重そうに部屋に押し入れる。乗せられている荷物の多さに、ジークハルトは驚いた。


 「これは? 」


 「完全回復薬フルポーションと、状態回復薬です。フローズヴィトニルは氷属性の魔物ですから、凍傷と火傷用を多めに用意しました。それから、防御効果のある魔法石を騎士団の方の人数分と…… 」


 「どういうことだ? 防御セイ魔法石クリッドを、人数分だって? 」


 魔法石は滅多に見つかるものではない。特に防御セイ魔法石クリッドは珍しく、非常に高価で、市場にも滅多に出回らず高値で取引きされるものだ。

 驚いているジークハルトを見て、フィーナが箱から緑色に光る石を取り出す。それは紛れもなく、防御の魔法石に見えた。


 「これはロートレッド団長が想像されているものとは少し違います。簡単に言えば、元である力が弱い屑石の力を最大限に引き出してあげているのです 」


 「本当に、簡単に言うな 」


 ジークハルトは苦笑した。それが出来れば、魔法石は世に溢れている筈だ。



 「ですが、天然石とは違い永久的な力はありません。けれど、魔力さえ充たしてやれば、天然石と変わらず使うことが出来ま……す 」


 言うな否や、ふらりとフィーナがよろめいた。



 「フィーナっ!! 」


 倒れ掛けたフィーナを、ジークハルトは慌てて抱き留めて支える。


 

 「これは、睡眠不足だけじゃあないだろう? 」


 聞かれたフィーナは、ふふっと笑った。



 「私の得意な魔法力は、基礎魔法ではなく、増幅魔法なのです 」


 「少ない魔力の魔法石に増幅魔法で、魔力を天然石程度まで引き上げたんだな 」


 彼女は先程、《屑石》と言った。そんなものを防御セイ魔法石クリッドにしてしまう魔力量にも驚くが、1つや2つではない数のあるその屑石にどれだけの魔力を注いだというのか。


 「こんなに体力を失う程……。どうして、ここまで。 」


 聞いたジークハルトに、当たり前の様にフィーナが答えた。

 

 「だって、聖女様の加護を受けるのはお嫌なのでしょう? 自分は最後でいいと言われるなら、全員分を用意するまでのことです 」



 そして、呆然としているエリアーナの方を見て言った。


 「エリアーナ様。この間、ジークハルト様を愛しているのかと聞かれましたね? 私は愛していない方と結婚するつもりはありません 」


 胸にしがみ付く手が震えている。

 それだけ不安なのだろう。気付いてやれなかった自分を腹立たしく思うとともに、込み上げる愛しさを堪え切れず、ジークハルトは胸の中にいる愛しい恋人を抱き締めた。



 「今夜、フィーナの部屋に行ってもいいか? 」


 朝まで共にいたいと耳元で囁く、無骨な男の艶めいた声に、フィーナの心臓は激しく跳ねて止まりそうになる。



 「そんな、不吉なフラグが立つ様なことは致しませんっ!」


 「それなら、俺が無事に戻ってきた暁には全部をくれると? 」


 そちらもフラグではないかとフィーナは思ったが、その約束でジークハルトの帰ることへの執着心が増すのならといいかと思う。

 悪評高フローズヴィトニルは、氷属性の超上位魔物だ。同属性は相性が悪い。幾らジークハルトでも、簡単に討伐出来るとはフィーナには思えなかった。



 「そっ、その時はこの豊満な魅惑のマシュマロボディ、ジーク様のお好きにさせてあげますわ!婚前交渉、受けて立ちましょう!! 」


 フィーナの買い言葉にジークハルトが目を丸くした。しかし、直ぐにニヤリと片方の口角を持ち上げる。

 ジークハルトにしても、魔力を使い果たし弱った状態のフィーナに手を出そうなどとは思っていない。だが、恋に目が眩んでいるフィーナには、悪い男の罠に掛かったことになど気付けない。



 「分かった、約束だ。戻ったら直ぐにだからな? 」


 そして、フィーナの髪に口付けた後、一瞥もせず、エリアーナに冷淡な声で言った。



 「貴女あなたは早くマリウス殿下の元へ戻られるといい 」


 ジークハルトは腕の中の可愛い子だけで手一杯だったし、人の目を気にするらしい彼女の口唇を一刻も早く、思う存分に味わいたかった。






 それから、同じ氷の属性である筈の瘴気場の、悪評高フローズヴィトニル一薙ひとなぎで倒した、黒き竜を駆る天藍石ラズライトの瞳の騎士は、また伝説を作ることとなる。


 あんなに心配した恋人が、たった2日で戻って来て、その夜、約束通りあっさりと頂かれてしまうことなど、この時のフィーナに知る由も無かったのだった。




                    《fin》








 

読んで頂きありがとうございます。


お気に入りの2人ですので、きっとまた、その後の2人を描くと思います。その時はまた、一緒になまぬるーく2人を見守って頂けると嬉しいです(╹◡╹)

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