第5話 初めての戦場! 覚醒の力
村の中で巨大な足跡を見つけた俺たち。
その足跡を追っていくと、村の外れに続く道が現れ、その先には森が広がっていた。
木々が密集し、昼間でも薄暗いその森は、不気味な雰囲気を漂わせていた。
「この森の中に、モンスターが潜んでいる可能性が高いですね……」
アルベルトが低い声で言った。
「おそらく、視界も悪くなる。気を引き締めましょう」
森の中を進む俺たちは、異様な静けさに包まれながら、一歩一歩慎重に前進していた。
見通しの悪い道は、何が潜んでいるかわからない不安感を増幅させる。
「健太郎、役割分担を確認しておきませんか。戦いの経験がないことは重々承知。ですが、私たちを召喚したあなたの考えも聞いておきたいのです」
アルベルトが真剣な表情で言い出す。
レオナードもまたうなずいた。
「そうだな、オレたちは即席パーティーに過ぎない。どんな相手だろうと、舐めたことをすると命取りになるぜ」
俺は剣を握りしめながら、二人の提案に同意した。
しかし、俺の考えか。
そりゃあ、RPGなんかで、剣と魔法の世界のパーティー編成の経験はある。
だが、まだよくわからないこの異世界に、そんな経験とも言えない、ゲーム知識が通用するものなのか。
とはいえ、今はそれにすがるしかないわけで。
俺は二人に話しはじめる。
「アルベルトは前衛だ。厚い鎧を身にまとっている君なら、モンスターを引き受けられるだろう。攻撃を防ぎながら隙を作ってくれ」
適当な、騎士のイメージで告げた役割だったが、アルベルトは案外といった表情でうなずいた。
「了解しました」
ついで、レオナードにも目を向ける。
彼は好奇心をあらわにした目で俺を見ていた。
「レオナードは後方からのアタッカーだ。アルベルトが足を止めたモンスターを、魔法で応戦する。君が得意だと言った火の魔法を見せてくれ」
レオナードはにやりと笑う。
「はじめての戦いにしては、なかなかマトモなお考えじゃないか。オレが考えても、同じような作戦になっただろうな」
俺はそんなレオナードにうなずきつつ、自分自身の役割について考える。
剣を持っているとはいえ、まだまともに扱える自信がない。
俺は、この状況でパーティーの役に立てるのか?
その時、かたわらから女神の声が届く。
「さっき言ったでしょう、健太郎。あなたにはあなたの戦い方がある」
じっと俺は、俺にしか見えない女神の目を見つめる。
だからそれはどんなのだよ?
「健太郎には彼らの召喚者たる力――仲間たちの力を一時的に底上げする、覚醒の力があるの。この力は一日に一度……つまり、誰か一人にしか使えないが、その者の力を大幅に増強できる。これを使って、この戦いに勝利しなさい」
「覚醒の力……?」
「そう。ただし、注意して使いなさい。誰にいつ力を与えるか、慎重に選ぶのです」
女神の言葉に従い、俺は深く頷いた。
女神の言葉が正しければ、それが俺の役割だ。
覚醒の力で仲間たちをサポートする。
「俺は……君たちをサポートする。女神から教わったんだ。俺には覚醒の力があって、それを使えば、君たちの力を一時的に強化できる、らしい。一日一度、誰か一人に限られているけれど」
アルベルトが驚きの表情を浮かべた。
「私たちの力を底上げする力……? それが本当なら、戦いが有利になりますね」
レオナードも慎重に答える。
「じゃあ、健太郎、お前は俺たちのためにその力を使う役割だ。ただ、どのタイミングで、誰に使うかはお前の判断に任せる。……なあ、アルベルト、それでいいよな?」
そんな、責任重大な。
だがアルベルトも、平然とうなずいてみせる。
「正直なところ、急に力を増幅されても、扱いに困りますしね。習熟してない力なんか、切れすぎるナイフと同じです。自らを傷つけかねない」
その正直すぎる物言いに俺が渋い顔をしていると、レオナードが楽しげな声をかけてくる。
「ま、オレはそこまで言わないけども。ただ、オレたちは自分の力に自信を持っているし、自由に操ってもいるってことだ。健太郎の力はオマケ……ぐらいに考えていれば、気も楽なんじゃないか」
俺は二人の視線を受け、ため息をつく。
結局は、俺に与えられたのは、守られるだけの異世界人としての役回りらしい。
「じゃ、オマケの力が欲しくなったら、二人とも、声をかけてくれ」
「そう拗ねるなよ、健太郎」
これがもし、美少女とのやり取りだったらまだ、キャッキャウフフな気分だったんだろうか。
どこか楽しげなレオナードの声を耳から流しつつ、俺たちは進む。
※※※
その後、俺たちは森の奥へと足を踏み入れた。
木々が揺れ、風が吹き抜けるたびに、全身に緊張感が走る。
周囲は静まり返っており、何かがこちらを監視しているかのような錯覚を覚えた。
「気をつけてくださいね、健太郎。この静けさ……危険の前兆ですよ」
アルベルトが警戒を強め、剣を構えながら言った。
「うん、わかってる……」
俺はその言葉に従い、いつでも対応できるように剣を構えたが、俺に剣をまともに操る力量はない。
そんな俺の様子を見て、レオナードが微笑んで言った。
「大丈夫さ、健太郎。オレたちがいるから、安心してサポートに徹してくれ」
さっきはオマケと言ってたくせに。
そう思いながらも、言い返す余裕は俺にはない。
その時、森の奥から低い唸り声が聞こえてきた。
その声が次第に大きくなり、足音が近づいてくるのがわかる。
「来るぞ!」
レオナードが警告すると、アルベルトがすぐに前方へ出る。
俺は息をのみ、耳を澄ませた。
茂みが激しく揺れ、その中から巨大な狼のようなモンスターが飛び出してきた。
鋭い牙がむき出しになり、その赤い目が俺たちを睨みつける。
「これが……村を襲ったモンスターか……!」
恐怖が全身を駆け巡る。
だが、アルベルトが冷静に指示を出す。
「私が前衛で押さえます! レオナード、援護を!」
アルベルトが素早くモンスターに突進し、剣を振り下ろした。
鋭い一撃がモンスターの肩口を切り裂くが、モンスターは怯まず、鋭い爪で反撃を仕掛けてきた。
アルベルトはその攻撃を防ぎながらも、モンスターの圧倒的な力に押されていく。
「くっ、思った以上に……!」
アルベルトが苦しげに叫ぶ。
レオナードがすかさず呪文を唱え、火球を放った。
「ファイアボルト!」
瞬間、レオナードの輝く火球がモンスターに直撃し、その体を炎が包んだ。
先ほど見たデモンストレーションの火球よりも、遥かに強力だ。
しかし、モンスターは激しく暴れ、魔法に応じて瞬時に距離をとっていたアルベルトに、再び襲いかかる。
「レオナード、もう一度です!」
アルベルトが必死にモンスターを押さえつける。
だが手傷を追ったモンスターは必死の力を奮う。
抑え切れるか。
焦りを感じたそのとき、俺は女神の言葉を思い出した。
「覚醒の力を使うべきは……今じゃないか!」
俺は心の中で強く決意する。
そして、苦闘しているアルベルトではなく、レオナードに向かって手をかざした。
女神から、その力の詳しい使い方は教わっていなかった。
だがなぜだか、俺の体はそう反応した。
不可思議な力が体の奥底から湧き上がり、俺の手のひらが輝きはじめる。
「レオナード、力を解き放て! 覚醒の力、発動!」
俺の声と共に、レオナードの体が眩い光に包まれた。
その光は彼の周りにオーラのように広がる。
「こいつは……正しい選択だな、健太郎! オマケにしては、よすぎるな!」
レオナードが力強く呪文を唱え、さらに強力な火球を生成した。
その火球は先ほどの倍以上、燃え盛る炎がモンスターを遥かに超える大きさまで成長している。
「ファイアボルト・エクスプロージョン!」
レオナードが放った火球はモンスターに直撃し、轟音と共に爆発した。
炎と衝撃波が森の中に響き渡り、モンスターは悲鳴を上げて地面に崩れ落ちた。
「やった……のか?」
俺がつぶくと、振り返ったアルベルトが息を整えながらうなずいた。
「健太郎、レオナード……よくやってくれました。しかしその、覚醒の力……」
レオナードも息を切らしながら微笑んだ。
「そいつが一番のポイントだな。役割分担がぬるすぎた。十分だと思ってたのによ」
レオナードのその言葉の意味が、俺にはよくわからない。
戸惑っていると、レオナードが言葉を続ける。
「要するにオレたちは、お前の力を舐めてたってことだよ。いや、お前自身も含めて、だな」