第3話 ハーレムとエレメントとフェリックス
異世界に突然召喚された俺、鈴木健太郎は、女神から与えられた力――召喚の力――でハーレムを作るはずだったが、気づけば騎士と魔法使い、二人の英雄然とした男たちに両脇を固められていた。
可愛い子たちとキャッキャウフフの物語をはじめるはずだった俺だが、この世界での冒険はそんなに甘くないらしい。
「なあ、女神。この世界で何をすればいいんだ? まさか、ハーレムを作るために俺を召喚したわけじゃないよな?」
女神の言葉によれば、近くの村がモンスターに襲われているらしい。
その村へ移動をはじめた俺たち。
歩いている最中、小声で問いかけると、女神が呆れたように返事をする。
「当たり前です、健太郎。あなたにはもっと重要な役割があります。確かに、あなたに授けた力であなたの個人的な願望が叶えられるかもしれませんが、それはそれ。あなたには、この世界を救ってもらわなくては」
「……でも俺に、そんな大それたことが出来るかな? できればハーレムでも作って楽しく過ごしたいんだけど?」
俺の不満げな声に対して、女神は少し厳しいトーンで続けた。
「それだけのためにわたしがあなたを呼び出したとでも? あなたはこの世界を救う者、のはずなんです。この世界は今、魔王により滅亡の危機に瀕しています」
どうやら、この世界には魔王という存在がいるらしい。
諸悪の根源、最強の敵。
倒せばエンディング。
分かりやすい悪役だ。
「そして、魔王を倒す力――仲間を召喚する力――を再び得るためには、『エレメント』と呼ばれる、モンスターを倒した際に得られる魔力の結晶を集める必要があります」
「エレメント? 魔力?」
ゲームやアニメで聞いたことはある、でもその単語だけでは理解しきれない、言葉の羅列。
魔力、というものがこの世界には存在しているのか?
俺のそんな表情を読んだのが、女神が言葉を続ける。
「この世界の基本的なことから教えた方がよさそうですね。まず、この世界には『魔力』が存在します。これは魔法や、モンスターの源であり、世界のあらゆるものに影響を与えている」
魔力……が何なのか、その説明だけではよくわからない。
だがそれは、この世界の理に組み込まれているエネルギー源らしい。
「エレメントは、モンスターを倒したときにその魔力が結晶化したものです。……ところで最近、この世界ではやけにモンスターが活性化しています。かつてはそれほど危険ではなかったモンスターたちも、今では手強い存在となっている。そのモンスターたちが生み出すエレメントは強大なはずです」
「……つまり強いモンスターが増えている一方、そいつらを倒せば俺は新たな仲間を呼び出せる?」
「そういうこと」
その言葉に、俺は少し考え込んだ。
女の子たちを呼び出すためには、これまでよりも強力なモンスターと戦わなければならないなんて……。
……正直、面倒くさいとは思う。
だが異世界から俺を召喚したらしい、女神の声には逆らえない。
そんなことを行うなんて、異世界転生のルールからすれば言語道断だ。
いやそれは断じて、ハーレムを作りたいから面倒に挑む、というわけではないのだ。
「分かったよ。俺は仲間と共に魔王を倒し、世界を救う。それでいいんだろ」
とは言いつつ、ハーレムが出来ればそれでいいとも考える俺。
突然やってきた異世界。
魔王の脅威も、どんなもんかよくわからない。
新たに得た力で、とりあえずはおいしい思いができれば、それはそれで良いわけで。
「それでいいです、と言わざるを得ないほど、この世界は危機に瀕しています。それさえ出来れば、あなたのハーレム願望なんて気にしなくてもいいほどに」
女神の真摯な言葉が胸に刺さる。
でも、こちらにも立場というものがある。
それはそれ、これはこれ。
そのどちらも両立できればウィンウィンだ。
俺は、この異世界を救いつつ、ハーレムを作るための力を得ることを決意する。
そんな女神との対話を終えようとした矢先、アルベルトが俺に話しかけてきた。
彼はこの世界において、最初の、そして頼れる仲間だ。
「健太郎、私たちの召喚はあなたが行ったものですね?」
アルベルトが真面目な表情で問いかけくる。
体躯のいい、金髪碧眼のアルベルト。
明らかに年下で、背の低い俺にも丁寧な口調で話しかけてくるところからも、彼の性格が伺える。
そんな彼が、ただの高校生に過ぎない俺に呼び出された。
その事実を知ったら、彼はどのような感じるのだろう。
「ああ、そうらしい。俺が……」
どこまで本当のことを告げるべきか迷う。
だがあまりにも真実からかけ離れたことを口にすると、かえって自分を追い詰める気がした。
「女神から与えられた力で、君たちを呼び出したみたいだ」
俺は少し戸惑いながら答える。
「女神……召喚……」
アルベルトがつぶやくように言った。
「そういえば、以前に似たような話を聞いたことがあありますね。フェリックスという名の者が、女神の力を使って強力な存在を召喚したことがあったと。その者の名前に聞き覚えは?」
「フェリックス……?」
当然、俺はそんなやつは知らない。
だが隣を歩くレオナードの表情が曇ったのを見て、フェリックスというやつが、何かただならぬ存在であることを感じた。
レオナードが言う。
「フェリックスを知っているとはな。どうやら、この騎士姿の男は俺と同じ、この世界の人間らしい」
「その騎士姿の男の名はアルベルトというんですよ、レオナード」
あくまで穏やかにアルベルトが応じる。
レオナードは小さくウィンクして、言葉を続ける。
「奴は異端者として知られていた。召喚の力を悪用して、自分の利益のために強力な存在を呼び出していたというウワサだ。奴の行動は多くの混乱を引き起こしたと聞いている」
「そんなとんでもないやつがいたのか……」
俺は驚きながらも、フェリックスという名前に対して漠然とした不安を感じた。
何しろ、俺もまた自分の利益のために存在を呼び出そうとしていた身だ。
なんだ、みんなやることは一緒じゃないか!
でもそいつは、この世界で悪名高い存在になっているらしい。
……いや、思想は似通っていたとしても、俺はまだ何もやってないぞ!
「じゃあ、俺の召喚の力も、彼の力に似ているってことか?」
レオナードが慎重に言葉を選んだ。
「それはわからんな。ただ、フェリックスのように、悪しき力を求める輩は、いずれ力に飲み込まれるだろう。お前、自分が誰かを召喚した意味をよく考えろよ!」
レオナードはどこかおちゃらけて、そんなことを言う。
この世界において、俺はどうやら異端な召喚の力を持っているらしい。
でも同時に、俺は異世界から来ただけの、ただの高校生でもある。
「それにしても、健太郎……あなたのことを教えてくれますか。あなたはあの悪しきフェリックスのことも知らない……それに、その服装。あなたは一体、この世界のどこからやって来たのです?」
アルベルトがそう問いかける。
俺は少し躊躇したが、この質問にウソをつくのは得策ではないと判断し、正直に答えることにした。
「俺は……女神に呼び出されて、この世界とは違う場所から来たんだ。アルベルトやレオナードとは別の世界、つまり異世界から」