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父親のたね【運命】


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧


  息子へ──……


 オレたちはこの世界で出会った


  ほんの少しの確率でママと出会って

 ほんの少しの確率でお前たちと出会った


  オレはそれだけで充分だと

 心の中で眠る自分に言い聞かせた

 やわらかな日差しの下で

 お前たちを見守りながら


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧



「いいか、よく見るんだぞ?」


 オレは、葉が青々と生い茂る木の枝で、子どもたちに『じいさん食堂』のルールを教えている。


 『じいさん食堂』は、オレたちにメシをくれる農家のじいさんだ。オレたちは、じいさんから食べものを分けてもらう代わりに、じいさんが一生懸命に世話をして育てたものは決して食べないし、この畑に近づく他の奴らを追い払っている。

 オレたちとじいさんは、言葉は通じないが協力し合っている。だから、ルールも守る。


「この畑はな、あのじいさんの畑なんだ。あのじいさんが合図を出してから食べるんだぞ。どんなに腹が減っていても、合図が出るまで待つんだぞ。おい、聞いてるのか?」


 巣立ちも近いというのに、子どもたちはオレの言うことなど『どこ吹く風』だ。全く話を聞かず、隣の枝に飛び移りじゃれ合って遊んでいる。オレはため息をついて視線をじいさんに戻した。


 じいさんは、いつもの場所に食べものを置くと、木で羽根を休めているオレたちに向かって手を振った。


「おい、合図が出たぞ。」


 そう言って子どもたちをうながすと地面に降りた。早く食べなければ、他の奴らに食われてしまう。


「食べるときはな、食べものをくちばしで挟んだら顔を上げ、くちばしを開くんだ。食べものが口の中に落ちるから、のどに送って飲み込むんだ。こんな風にな。」


 子どもたちに手本を見せると、子どもたちはオレを見てまねをしようとしている。オレは、我が子の成長を心から喜んでいた。


 ついこの前まで、くちばしを大きく開けて食べものをねだっていた子どもたちだが、いよいよ旅立ちの時期を迎える。これからは、ひとりで生きていかなければならない。だからこそオレは、心を鬼にして息子たちに食べ方を教えているのだ。一人前にするためだ。


「ねぇ、パパぁ。」


 一番体の小さい息子が、オレに体をすりよせて翼をパタパタ動かし、くちばしをパクパクさせている。


 おねだりだ……。


 確実に、親の本能ポイントを刺激するキラキラの眼差しとパクパクのくちばし。オレはぐっとこらえてそっぽをむいて辺りを歩き始めた。


 しかし息子は、パパ、パパと呼びながらついてくる。


「……わかったよ。」


 息子の大きく開けたくちばしに自分のを差し込み、食べものをノドに流し込む。何だかんだ言って結局甘い自分がいる。鬼になるのは難しい。しかし、親でよかったなと実感する瞬間でもある。


 オレは、沸き上がる幸せを身体中で感じて優しく息子を抱き締めた。


「仲がいいのですね。」


 上から声が降ってきた。とても穏やかで年を重ねた風格を感じさせる声に魅せられ、引っ張られるように顔を空に向けた。


「すみません。あまりに仲が良さそうだったので、つい、声をかけてしまいました。」


 優しい声の持ち主は、健太と名乗った。逆光で姿は見えなかったけれど、おそらくこの家の飼い猫だろう。猫が住んでいるのは知っているけれど、話しかけられたのは初めてだ。オレは、どうしてもこの声の持ち主と話がしたいと、強く思った。


「構わないですよ。ただ、今は息子たちを見ていなくてはならないので、後日、改めてご挨拶をしたいと思うのですが。」


 オレは、初めて空を飛んだ日のことを思い出していた。巣の中から見上げた空なんか比べ物にならないくらい、空は大きかった。この世界には、自分の知らないことがものすごくたくさんあるんだと、思い知らされた瞬間でもあった。周りのおとなを捕まえては、あれは何? これは何? と聞いていた。知らないことを知ることが、とにかく楽しかったんだ。

 やがて、嫁と出会って、子育てに追われる日々になって、知りたがりの自分を封印した。幸せなんだ。満たされているんだ。これでいいんだ。



 数日後、オレは健太に会いに行った。畑の裏の大きな家の二階の窓に声の主を認め、近くの電線に降りた。

 健太は、ずっと遠くを見ているような力強い眼差しの、毛並みの美しい白い猫だった。


「来てくれたんだね。先日から君と話がしたいと思っていたんだ。」


 どうして聞きたがるのかよく分からなかったが、彼は、空のこと、子どものこと、仲間のことなどどんなことでもオレに質問した。


 ある日のことだった。彼は、思わぬ言葉を口にした。


「運命って、信じるかい?」


「運命? それは、何だ?」


「そうだね。私たちをつなぐ糸のようなものだ。」


 健太はオレを見て微笑んだが、オレはさっぱり理解できなかった。そもそも糸などどこにも見当たらない。


「どうかな? 明日、君がここに来たときにでも。」


 健太の声は、とても穏やかでミステリアスだがお茶目な響きも持つ。引き込まれる声につい従ってしまう。


 未知の世界に憧れて旅立ったかつての自分が、封印したはずの知りたがりの自分が、平穏な日々を求める父親となった今のオレの中でむくむくと膨れ上がる。


 オレは、明日、ここに来るだろう。未知の扉を開け、旅立つために。


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