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勇気のたね【縁結びの神様】


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧


 人と違うことがとても嫌だったけれど

 人と違うことにありがとうと言いたい


 私は私なのだと

 君に伝えるために、ここに

 君と出会うために、私は生きているのだと


 膝の上で眠る

 君の愛を守るために私は存在するのだと


 君に高らかに宣言する


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧



 私には、動物たちとおしゃべりできるという、ちょっと変わった能力がある。道端の猫たちや軒先の犬たち、空を飛ぶ鳥たちや水の中を泳ぐ魚たちの言葉が理解できる。だから、物心がついたころからずっと、動物たち(かれら)の声を聞いて動物たち(かれら)と話をしてきた。


 彼らの言葉はテレパシーのようなもので、耳で聞くと言うよりは、頭の中に響いてくるという感覚だ。彼らは鳴き声と会話を使い分けていて、私たちが耳で聞いている鳴き声は、テレパシーが届かないほど遠くにいる相手とコミュニケーションを取りたいときか、威嚇や危険を知らせるなど何らかの合図を送るときに使うものらしい。前に、ホームズという名前の三毛猫が教えてくれた。


 もちろん今は違うけれど、幼いころは、今自分の話している相手が人間ではないことが理解できなかった。自分にとっては自然すぎる行動で、それが一般的には『普通ではない』ことを自覚できなかったのは確かだけれど、理解できなかった一番の理由は、生まれつき目が見えないことにある。


 相手がテレパシーで話しているのだから私もテレパシーで話せばいいのだと気付いたのは、十歳頃のことだ。それまでは、道端や公園で、虫や動物と声を使って会話をしていたものだから、近所の人たちに気味悪がられてしまい、私たち家族は嫌がらせを受けていた。家の壁に落書きをされたこともあるらしい。とある深夜、母が父に私の目が見えなくてよかったと、涙声で話していた。あんなものを見たら私が傷ついてしまう、両親はそう思ったようだった。


 両親ともにではあるけれど、特に母は私の特技を『とても素晴らしい力だ、救いを必要とする動物たちに手をさしのべられる、とても価値あるものだ』と言い、いつも味方になってくれた。だけど私は、成長するにしたがって心を閉ざしていった。


 ご近所の嫌がらせは、理由の一つではある。私はともかく、家族がその対象になるのは耐えられなかったし腹立たしかった。

 でも一番の理由は、動物たちの会話にあった。


『昨日、近くの原っぱに、お散歩に行ったの。』

『ぼくのご飯、食べちゃダメ!』


 あちこちから、そんな楽しい声が聞こえる。でも中には、耳をふさぎたくなるような声もある。


『痛いよぅ……、痛いよぅ……。』

『ねえ、いい子にするから、置いていかないで……。』


 あんな苦しそうな声は聞きたくない。聞いても、私はあまりに無力で何もできない。


 だからこそ、保健所にだけは行きたくない。

 身勝手な人間たちが起こした行動ゆえの、悲しき生命たちの声を聞かなければならないから。その声を聞いても私にはどうすることもできないという事実を思い知らされる。


 でも、彼らの声はテレパシーだから耳をふさいでも聞こえてくる。自分から逃げているのは理解しているけれど、心を閉ざすしかなかった。



「私、この服似合うかな? お母さんはどう思う?」


 この日私は母と買い物に来ていた。どういうわけか、何かの記念日でもないのにワンピースを買ってくれるという。


「うーん、あんたには、もう少し明るい色の方が似合うと思うな。」


 母の声が聞こえた直後、母のサンダルの音が遠くへと移動した。次の服を持ってくるのだろうと考え、私はそのままの姿勢で母を待った。ほどなくして、再び母のサンダルの音が聞こえ、私に次の服を持たせた。


「ピンクなんてどう?」


 ピンクは、私の大好きな色。

 生まれてからずっと光のない世界で生きてきたから色なんてわからないけれど、色には温度があるから、触れたときの暖かさで色を判別することができる。

 中でも、優しい温度を持つピンクは一番好き。母の車も優しいピンクだ。母は、桜色だと言った。


 私は母が持ってきた服に触れて、その服がとても気に入った。


「着てみるね!」


 試着室で服を脱ぎ、母が持ってきてくれた服を手に取った。


「この色……、白っぽいピンクなのかな。」


 ボタンをひとつひとつ確かめるように、丁寧にかけた。


「なんだろう? 山の湧き水みたいな、そんな感じのする服。きっと凄く素敵な色なんだろうな。……どうか、似合っていますように。」


 服の袖口を撫でながら目を閉じ、私は小さな望みを口にした。


「あら、似合うじゃない!」


 試着室のドアを開けると、母が私の腕をつかんで、嬉しそうに言った。


「本当? 似合う?」


「とっても! それにしなさいよ。」


 母があまりに褒めるから何だか少し照れくさかったけれど、私は迷わずその服に決め、新しい服を着たまま店を出た。


 駐車場に停めてある車に向かって歩いていると、母が私に、思わぬことを言った。


「ねえ、犬、飼わない?」


「犬? 盲導犬?」


「違うわよ。ペット。」


 私は、驚いて隣を歩く母に顔を向けた。母の空気がキリッと固い。何か、強い覚悟を持っているようだった。


「……保健所に、行ってみない?」


 足が止まった。母も立ち止まり、正面から私の両肩をぐっとつかんだ。


「行きたくないのは分かってる。動物たちの声が聞こえるんでしょう?」


 私は、母の腕をぎゅっとつかんでうなずいた。


「でもね、だからこそ行かなきゃって思うの。」


「……だけど。」


「動物たちの声を聞いてあげましょう? そして、救えるなら救いましょう? もちろん、すべての子を助けることなんてできないわ。でも、一匹なら救える。焼け石に水かもしれないけれど、それでも、かけがえのない命をひとつ救えるの。」


 力強い母の言葉は、私の心を揺さ振った。


 ──逃げちゃいけない。そうだ逃げちゃダメなんだ。


 私は、ちょっと微笑んで、今度は大きくうなずいた。



「さぁ、着いた。」


 母の腕にそっと触れ、母の歩みに合わせて歩くと、遠くで自動ドアが開く音が聞こえた。


「向こうが入り口か……。」


 母と入口に向かって歩き始めたときだった。



──助けて。



 声が聞こえて足を止めて母の腕から手を離し、声が聞こえたほうへ顔を向けた。


「どうしたの?」

「今、声が聞こえたの。」


 私は、人差し指を立てて唇に当てた。



 ──助けて。クロに……、クロに会いたい……。



「聞こえたよ、お母さん! 優しい声の女の子。助けを求めてる。クロに会いたいって言ってる。」


 私は、夢中で母に伝えた。


「ねえ、お母さん。あの子に会いたい! 私、きっとあの子の力になれる。」


 今にして思えばなぜそう思ったのか。私は、あの澄んだ声に会ってみたくなった。そして私は彼女の願いを叶えてあげられると、根拠もないのに本気で思った。


 そんな私の心を感じた母は、私の肩に手を置いた。


「よし、迎えに行こう。」


 再び母の腕に手をそえて、優しい声のあの子に会うために歩き出した。



「どこかな……。」


 母とともに、声の主を探す。職員さんに尋ねればいいのだろうけれど、助けを求める声が聞こえたとはさすがに言えない。


「職員さんに聞いてみようか。」


 そう言って、母は職員さんを探し始めた。ぐいぐい引っ張られ、今どこにいるのかよく分からない。


「すみません。犬か猫を育てたいなと思っているんですが……。」


 母の声が聞こえた。穏やかな声の職員さんがそれに答えて案内をしてくれる。保健所は冷たいイメージだったけれど、この職員さんからは動物たちへの愛情が感じられた。


「うちの娘は目が見えないので、ぐいぐい引っ張る元気のいい子よりは、優しくて穏やかな気質の女の子の犬か猫がいいかなと思いまして。」


 母が職員さんに話している。職員さんは嬉しそうに、おすすめの子がいますと母の言葉に応えた。


「今連れてきますね。」


 職員さんの足音が向こうからやってくる。しかし職員さんの足音の他に、もう一つ小さな足音が聞こえる。


 私は、足音の主に手を差し出した。


「あなたなのね? 『助けて』って言っていたのは。」


「……お姉さん、わたしの言葉が分かるのですか?」


 声の主は震えている。私は、声の主にそっと触れた。ふわふわでやわらかい。全身をなでわまし、私に助けを求めていたのは犬だったのだとわかった。


「ねぇ、名前は?」


 彼女はレディと名乗った。


「この子……、声帯がないんですよ。」


 保健所の職員が、悲しげにつぶやいた。


「手術で、取られてしまったようなんです。」


 胸が締め付けられた。人間の勝手で、この子は声を失ったのに、こんなに優しくて可愛い。


「あの……、あなたは動物たちと話せるのですか?」


 職員さんが私に尋ねた。その真剣な声に、私は嘘をつかずに答えた。


「そうですか。……よかった。」


 保健所を出てレディを母の車に乗せたとき、ふと、声が聞こえた。

 それは、誰かが祈る声。切なげな、それでいて力強い男の子の声だった。


 車の中で、レディに聞いてみた。


「ねぇ、クロって、誰?」


 レディは恥ずかしそうに私に話してくれた。山の中でずっと一緒にいた、黒猫『クロ』。私は、そんなレディの言葉と嬉しそうな声を聞き、クロを探そうと決めた。



 三日後、レディと二人で出かけた。

 ゆっくりゆっくり歩いて、レディが忠告してくれる危険を回避しながら保健所に向かった。保健所の職員に他の犬にも会いたいとお願いし、中に入れてもらった。


「あんた、人間と一緒なの?」


 檻の中の犬が、レディに言った。


「わたし、三日くらい前にここに連れて来られたんだけど、このお姉さんが連れて行ってくれたの。声が出ないんだけど、わたしがいいって。」


「声が出ねぇ?」


 どこからともなく、低くしわがれた声が聞こえた。威厳のある声だった。


「おめえさんか。白猫の坊主が探していたのは。」


「白猫の男の子?」


 私がそう言うと、犬たちがざわついた。


「……あんた、俺らの言葉がわかるのか?」


 その老犬は、キングと名乗った。キングは私たちに、白猫の男の子が『友だちの友だち』を探していたと言った。


 キングにお礼を言って犬舎を出たあと、あの職員さんが白猫の男の子を知っているのではないかと思って聞いてみると、思った通り、その子のことをよく覚えていた。


 その子の名前は健太くん。近所に住んでいる猫だという。

 最近、クロに似た黒猫が健太くんの家の近くで頻繁に目撃されているらしい。


 ようやくたどり着ける。


 私は確信した。


 ようやく、レディを助けることができる。


 私は幸せを感じながら、二匹の猫たちにつながる最後の茂みを通り抜けた。


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