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黒いたね【騎士】


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧


  俺はひたすら走り続けた

  この命を守るための逃げ


  俺はただひたすら走り続けた

  守りたかった輝かしい命を

  一生懸命生きた美しい命を

  守れなかった自分からの

  無力な自分からの逃げ……


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧



 最近、ちょっと変わった友ができた。


 そいつは、飼い猫。


 飼い猫なんて嫌いだと思っていたが、こいつは、ツンとすました他のヤツとは違った。すぐ自分の世界に入る癖があり、表情は豊かで素直だが、大の猫嫌い。つい最近まで自分を人間だと思っていた変わり者だ。


 毎朝、俺はそいつといろんな話題で語り合っている。今日も話をして来た。しかも美人猫のおまけ付き。彼らのおかげで、母親というものの強さと愛情の深さを知った。


「『猫嫌いの飼い猫と、飼い猫嫌いの野良猫』か。」


 レディが待っている我が家へと向かいながら、窓辺の親友を思った。


 レディに、アイツのことを話してみるか。きっと、レディも気に入る。

 一緒に話をすれば、きっと、もっと楽しいに違いない。


 爽やかさの残る朝の日差しを浴びながら、木々のそよぐ山道を進んでいく。もう少しで着く。レディが俺を迎えてくれる。

 穏やかな笑顔とふさふさと揺れる尻尾で迎えてくれるレディの姿を思い浮かべると、自然と早足になった。


 前方に見えるカーブの先には、レディのいる神社がある。はやる気持ちをおさえながら、俺は速度を上げた。


 ──クロ!


 レディに呼ばれた気がして、カーブ手前で急停止した。


 ──クロ!


 また声が聞こえた。やはり気のせいではなかった。

 追い詰められたような緊迫感のあるレディの声に、心臓が激しく打った。


 レディが危ない!


 俺は、カーブを曲がり、神社に続く最後の直線を全力で走った。


 ──やめて!


 誰かが近くにいるのだとしたら、神社に正面から飛び込んでいくのは危険だと判断し、俺は神社全体を見渡せる場所に移動した。声が聞こえた方向をたよりにレディを探す。

 神社の境内に、同じ服を着た数人の人間がいた。きっとあの中にレディがいる。俺は立ち止まり、探した。


「レディ!」


 俺の声が届いたのだろう。レディは顔を上げ、一瞬明るい表情になったが、すぐに鬼気迫る顔に変わった。


「クロ、逃げて!」


 人間たちが俺を見ている。レディを助けられるなら迎え撃つつもりでいたが、レディの叫びに俺は気が付いた。あの服には見覚えがある。あれはここの近くの保健所の人間たちが着ている服だ。


 保健所……!


 そう思った瞬間、俺の身体が勝手に動き、茂みの中に飛び込んだ。


 何をやっているんだ、俺は! レディを助けるんだ。逃げてどうする!


 人間たちの中に飛び込めばレディを助けられるのではだろうかと考え、立ち止まって振り向いた。レディは、俺が隠れている茂みをじっと見て、今にも泣きそうな顔をしている。その顔が俺の決心を鈍らせた。


 俺は、レディ救出を諦め、山奥へと逃げた。


 ……情けねぇ。


 俺は、またしても守れなかった。愛しい笑顔を守ってやれなかった。しかも、今は逃げてしまった。


 ……情けねぇ。



 ぽつぽつと雨が降り出した。絹糸のように細い雨は、俺の体を包み込むように濡らした。

 俺は、何のために生きているのだろう。生きる意味がないのなら、ここで終わるのもいいかもしれないな。


 木々の葉が、空を覆い隠している。空へ空へと、少しでも多くの光を得るために葉を広げている。俺は大きな銀杏の木の根元にうずくまり、目を閉じた。


 ──クロ。


 誰かに呼ばれたような気がして目を開けたけれど、聞こえるのは木々のざわめきだけ。聞き間違いなのだろうと小さくため息をついて、俺は再び目を閉じた。


 ──ねぇ、クロ。僕、クロの目が好きだよ。


 ──ねぇ、クロ。クロと出会えて、本当によかった。


 ──ねぇ、クロ……。ねぇ、クロ……。


「健太っ!」


 間違いなくアイツの声だ。雨音のリズムで、友の声が聞こえている。思わず立ち上がって友の姿を探したけれど、聞こえるのは雨音と木々のざわめきの音だけ。


 そうだよな。外に縄張りを持たない家猫が、こんなところにいるわけがないよな。


 自然と笑みがこぼれた。幻聴だったのだろう。それでも、俺はアイツの声で消えかけた心の炎が大きくなった。生きたい、生きていたい思いが、強くなった。


 俺の生きる理由。そんなものがあるのだとしたら、それはきっとアイツだ。

 俺が生きることを諦めてしまったら、アイツは悲しみに暮れるだろう。

 アイツの悲しむ顔は、見たくない。


 神社に向かう途中、保健所の見える坂に出た。俺は立ち止まり、目の前にそびえる巨大な建物を眺め、レディを思った。


 なぁ、神様。あんたは、本当にいるのか?

 もしいるのなら、どうかレディを守ってくれないか。

 アイツは、声も家族も奪われた。ずっと独りぼっちだったんだ。

 だから……、なぁ、神様、どうか……、どうか……。


 ブゥンと、桜色の車が保健所から出てどこかへと走り去った。

 俺はきびすを返し、神社へと帰った。


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