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告白のたね【愛しの君】


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧


  強く凛とした、かの者は

  何者も寄せ付けぬ光を放つ瞳を持つ


  孤独な瞳に落ちた我が心

  両の手を差し出し

  想いを乗せた──


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧



 その日、『あの子』と出会った裏山へ向かって走った。


 金色の瞳を持つ、小さな体の黒猫。

 神社の鳥居の前でお座りをして、私をまっすぐ見ていた。

 その瞳は刃のように鋭く、矢のように私の心を射抜いた。

 拒絶と警戒。その中に、悲しみと寂しさを感じた。


 あの子と出会ったのは、たった一度。今月初めのことだった。


 雷に打たれたようだなんて、ありふれた比喩だと馬鹿にしていたけれど、そんなことが現実に起こり得るのだと、このとき初めて知った。


 一日、一日と過ぎていくごとに、あの黒猫に会いたい思いが強くなっていく。

 あの黒猫と家族になりたい思いが、募っていく。


 私の家族になってください。


 あの子に思いをまっすぐ伝えればいいだけのことなのに、それがひどく恐ろしい。

 拒絶されたらどうしようとか、そんなことばかり頭をよぎる。


 野良猫なのだ。人間に対して良い感情を抱いているはずがない。人間の愛情を知らないのだって当然のことだ。私が、あの子を全力で愛して、全力で守ればいいだけのことなのに、どうしても、どうしても、一歩が踏み出せない。


 窓から流れ込む風が、夏の匂いを連れてくる。夏の色が増していくごとに、あの子への思いも増していく。



 目覚まし時計のベル音とともに飛び起きて、私は、セーラー服に袖を通した。おさげ髪を結って飛び出すと、自転車に乗って、あの子がいる神社へと急いだ。


 どうしても、あの子と一緒に暮らしたい!

 あの子がいいの。あの子じゃなきゃ、ダメなの。

 向こうの『私』は、白い猫と暮らしている。

 こっちの『私』は、あの子と暮らしたいの。


 遠くに、朱い鳥居が朝靄の中にぼんやりと浮かんでいるのが見えた。あの子が暮らす、神社の鳥居だ。

 吸い寄せられるように鳥居をくぐると、神社へ続く石段の真ん中に黒猫が座っていた。

 真ん丸の顔。小さな体。そして、金色の瞳。瞬きをすると全部が真っ黒になる、正真正銘の黒猫。

 鳴きもしない、その場から立ち去るわけでもない、ただそこにいるだけ。周囲の空気を重く冷たいものに変えてしまう存在感なのに、煙のようにふっと消えてしまいそうな儚さがある。生まれついての野良なのか、必ず一定の距離を置く。


 靄を通じて感じる、かすかな威嚇。中に入るなと注意をうながしているようだ。おそらく鳥居の向こうの寂れた神社は、あの子の聖域なのだろう。あの子に認められた者でなければ、そこに足を踏み入れることはできないのだろう。


 私は、あの子に認めてもらえる存在になれるのだろうか……。


 視線は足元に落ち、私の足は一歩後退する。しかしそこで踏みとどまり、視線は足元から彼の金色の瞳を再びとらえた。


 私の覚悟はそんなものだった?

 遠くから眺めるのではなく君とともに歩みたいと、全ての力と心を込めて言葉にしなければ。もしかしたら君は、私の前からいなくなってしまうかもしれないけれど、それでもいい。

 失うことが怖いんじゃない。

 何も手に入れていないんだから、そもそも失うものはひとつもない。

 怖いのは、君に軽蔑されることなんだ。

 こうやって向かい合っているのに背を向けて逃げてしまったら、やっぱり人間はダメな生きものだって、きっと、君はがっかりする。それは絶対に嫌だ。だから言葉にしなきゃ。そこから、きっと何かが始まる。


「ねぇ、君。」


 目の前で警戒している『愛しの君』は、私の呼びかけにわずかに反応した。

 私は、すっと両手を出して手のひらを上に向け、ありったけの『心』を乗せた。


「ねえ、私の家族にならない?」


 喉の奧の言葉たちが彼の心に向かって、真っ直ぐ飛んでいった。


「また、会いに来るね。返事はいつでもいいから。」


 私はくるりと彼に背を向けて、制服のポケットに手を入れた。硬く平べったいものが手に当たり、あっと小さく言った。

 私は、もう一度振り向いて彼に近づくと、ポケットからそれを取り出して彼の前に置いた。


「ねえ、一つお願いしてもいいかな。それを持ち主に返して欲しいんだ。私があの人に会うためには、まず、私がどこへでも行けるようにならないと。だから、あの人に会うのはもっと先なんだ。」


 彼は、ぱちりと瞬きをした。私のお願いを聞いてくれそうだ。彼に認めてもらえた気がして、胸が高鳴った。そして私は『愛しの君』の聖域を後にした。


 この日、ついに私は『愛しの君』に想いを打ち明けた。弱さを乗り越えた、私の記念日だ。

 ──あれは、七月二〇日のできごとだった。


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