白いたね【朝靄の再会】
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この窓で
四つの季節を見つめ
青い空に願いを乗せた
いつか逢えるだろうか……、
いつか逢えるだろうかと
朝靄の中に揺らめく
黒い影を捜して──
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僕は今も、この窓枠に腰掛けて外を眺めている。
いつ、クロがここに戻って来てもいいように、あれからずっと。
季節は、静かに過ぎていった。
クロと別れた『夏』。
近所の大きなけやきの葉がほんのり色付く『秋』。
色付いた葉が煌めきながら舞い落ちると、空からわた雪がふわふわ降りてくる『冬』。
辺りを銀世界に染め上げた雪がとけ、道路わきに植えられた桜のつぼみが膨らみ、一気に開花する『春』。
この窓からは、色んな季節の景色が見える。
クロが教えてくれた、外の世界。
僕は家の中で、それを感じている。
全神経を研ぎ澄ませば、僕の中の『クロの心』が、外の世界を教えてくれるのだ。
だから僕は……、寂しくない。
今も、僕はここでクロを待つ。
『信じるんだ』と前にキングが言っていた。
いつか必ず、クロに会えると信じている。
神様の試練は、まだ続いているのだ。
桜が散り、僕の大好きな朝靄の季節がやってきた。
風の匂いが変わる。
爽やかな緑の匂いが、居間の窓を通って家の中を駆け巡る。
胸が踊った。
クロと出会い、ともに過ごした季節が帰ってきた。僕は、目を閉じて思い出に浸った。
「相変わらずだな。」
目を閉じている僕の心に、クロの声が響いた。
「そうそう。こんな感じで、僕に挨拶……、」
「……こら、健太。」
不意に、名前が心に響いた。
これはおかしい。クロが僕の名前を呼んだのは、たった一度だけだ。びっくりして目を開けると、朝靄の中に黒い猫が座っていた。
「相変わらず、自分の世界に入り込むのが好きなんだな。」
「クロ……。」
僕は、我が目を疑った。しかし、今、僕の目の前にいるのは、間違いなく僕の親友の『クロ』だった。
「会いたかった!」
僕は顔中を笑顔にして、喜びをクロにぶつけた。
仕草も、口調も、そしてあの、金色の瞳も、何もかも僕の大好きな『クロ』だった。
唯一、今までと違うのは、首に可愛い首輪があったこと。ピンクと白のリボンの首輪……じゃない。リボンだ。
僕は、思わず笑ってしまった。
クロは、ふくれっ面をした。
「おい、何がおかしい。」
「クロ、似合ってるよ。」
「ニヤニヤするな。」
そっぽを向いたけれど、あれは照れている証拠だ。ピンクのリボンは、まんざらじゃないらしい。
「……家は、ここから結構近い。」
そっぽを向いたまま、クロは、ポツリと言った。
「それでも、知っている道になかなかたどり着けなくて……、」
途中で言葉を止めて、その金色の目を閉じた。
「……こんなに時間がかかっちまった。」
僕は、クロが僕を覚えていてくれただけでじゅうぶんだった。信じて待っていて本当によかった。
心から、そう思った。
「あ、そうだ。ねえ、クロ。」
クロとの再会の喜びに浸っていて、すっかり忘れていた。僕は、クロに伝えたいことがあったんだ。
クロは、どうした、と少し上目づかいで僕を見た。
「僕ね、クロに会ったら、言わなくちゃって思ってたことがあるの。」
クロは、ちょっと首をかしげた。
「シェリーのことなんだ。」
クロは、目を見開いた。
「シェリーだと?」
僕は、ユズの言葉を覚えている。
今まで、何度も何度も思い返してきたんだから。
「前に、ここで出会ったユズって名前のロシアンブルーを覚えてる? 彼女、シェリーと友だちだったんだって。」
「あの母猫が?」
「そう。」
僕は、ユズから聞いたシェリーの過去の話をした。クロはとても驚いた様子だったけれど、以前のように怒りをあらわにすることはなかった。
「いつも、窓の外を眺めていたんだって。ユズから外の世界の話を聞いて、目を輝かせていたんだって。僕とクロみたいだったんだって。」
僕の言葉を聞いて、クロは思いを巡らせているように、視線をあちこち動かしていた。
「……なるほどな。シェリーの親父さん、シェリーに外の世界を見せてやりたかったんだな、きっと。」
僕はその日、クロと出会って初めてクロの笑顔を見た。穏やかな、優しい笑顔だった。
「俺も、わかったんだ。」
とても優しく、とても穏やかな笑顔のまま、クロが言葉を続けた。
「家族って、いいもんなんだな。」
僕は、クロのそんな満足そうな顔を見ることができて、とても幸せに思った。
「なぁ……、」
クロが、僕を呼んだ。
「また、ここに来てもいいか?」
それは、まるで真夏の朝靄のように儚くて、崩れてしまいそうなほど脆く危うい言葉。
僕はふっと上を向き、風のような声でそっと答えた。
「……いつでも。」
そしてクロは、朝靄と共に姿を消した。




