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白いたね【朝靄の再会】


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧


 この窓で

 四つの季節を見つめ

 青い空に願いを乗せた


 いつか逢えるだろうか……、

 いつか逢えるだろうかと


 朝靄の中に揺らめく

 黒い影を捜して──


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧



 僕は今も、この窓枠に腰掛けて外を眺めている。

 いつ、クロがここに戻って来てもいいように、あれからずっと。


 季節は、静かに過ぎていった。


 クロと別れた『夏』。

 近所の大きなけやきの葉がほんのり色付く『秋』。

 色付いた葉が煌めきながら舞い落ちると、空からわた雪がふわふわ降りてくる『冬』。

 辺りを銀世界に染め上げた雪がとけ、道路わきに植えられた桜のつぼみが膨らみ、一気に開花する『春』。


 この窓からは、色んな季節の景色が見える。


 クロが教えてくれた、外の世界。

 僕は家の中で、それを感じている。

 全神経を研ぎ澄ませば、僕の中の『クロの心』が、外の世界を教えてくれるのだ。


 だから僕は……、寂しくない。


 今も、僕はここでクロを待つ。

 『信じるんだ』と前にキングが言っていた。

 いつか必ず、クロに会えると信じている。

 神様の試練は、まだ続いているのだ。



 桜が散り、僕の大好きな朝靄の季節がやってきた。

 風の匂いが変わる。

 爽やかな緑の匂いが、居間の窓を通って家の中を駆け巡る。


 胸が踊った。

 クロと出会い、ともに過ごした季節が帰ってきた。僕は、目を閉じて思い出に浸った。


「相変わらずだな。」


 目を閉じている僕の心に、クロの声が響いた。


「そうそう。こんな感じで、僕に挨拶……、」

「……こら、健太。」


 不意に、名前が心に響いた。

 これはおかしい。クロが僕の名前を呼んだのは、たった一度だけだ。びっくりして目を開けると、朝靄の中に黒い猫が座っていた。


「相変わらず、自分の世界に入り込むのが好きなんだな。」


「クロ……。」


 僕は、我が目を疑った。しかし、今、僕の目の前にいるのは、間違いなく僕の親友の『クロ』だった。


「会いたかった!」


 僕は顔中を笑顔にして、喜びをクロにぶつけた。

 仕草も、口調も、そしてあの、金色の瞳も、何もかも僕の大好きな『クロ』だった。

 唯一、今までと違うのは、首に可愛い首輪があったこと。ピンクと白のリボンの首輪……じゃない。リボンだ。

 僕は、思わず笑ってしまった。

 クロは、ふくれっ面をした。


「おい、何がおかしい。」

「クロ、似合ってるよ。」

「ニヤニヤするな。」


 そっぽを向いたけれど、あれは照れている証拠だ。ピンクのリボンは、まんざらじゃないらしい。


「……家は、ここから結構近い。」


 そっぽを向いたまま、クロは、ポツリと言った。


「それでも、知っている道になかなかたどり着けなくて……、」

 途中で言葉を止めて、その金色の目を閉じた。

「……こんなに時間がかかっちまった。」


 僕は、クロが僕を覚えていてくれただけでじゅうぶんだった。信じて待っていて本当によかった。

 心から、そう思った。


「あ、そうだ。ねえ、クロ。」


 クロとの再会の喜びに浸っていて、すっかり忘れていた。僕は、クロに伝えたいことがあったんだ。

 クロは、どうした、と少し上目づかいで僕を見た。


「僕ね、クロに会ったら、言わなくちゃって思ってたことがあるの。」


 クロは、ちょっと首をかしげた。


「シェリーのことなんだ。」


 クロは、目を見開いた。

「シェリーだと?」


 僕は、ユズの言葉を覚えている。

 今まで、何度も何度も思い返してきたんだから。


「前に、ここで出会ったユズって名前のロシアンブルーを覚えてる? 彼女、シェリーと友だちだったんだって。」


「あの母猫が?」


「そう。」


 僕は、ユズから聞いたシェリーの過去の話をした。クロはとても驚いた様子だったけれど、以前のように怒りをあらわにすることはなかった。


「いつも、窓の外を眺めていたんだって。ユズから外の世界の話を聞いて、目を輝かせていたんだって。僕とクロみたいだったんだって。」


 僕の言葉を聞いて、クロは思いを巡らせているように、視線をあちこち動かしていた。


「……なるほどな。シェリーの親父さん、シェリーに外の世界を見せてやりたかったんだな、きっと。」


 僕はその日、クロと出会って初めてクロの笑顔を見た。穏やかな、優しい笑顔だった。


「俺も、わかったんだ。」

 とても優しく、とても穏やかな笑顔のまま、クロが言葉を続けた。

「家族って、いいもんなんだな。」


 僕は、クロのそんな満足そうな顔を見ることができて、とても幸せに思った。


「なぁ……、」

 クロが、僕を呼んだ。

「また、ここに来てもいいか?」


 それは、まるで真夏の朝靄のように儚くて、崩れてしまいそうなほど(もろ)く危うい言葉。

 僕はふっと上を向き、風のような声でそっと答えた。


「……いつでも。」


 そしてクロは、朝靄と共に姿を消した。


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