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運命のたね【健太とクロ】


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧


 『僕』と『君』の時間は

 あの頃からちっとも動いていない

 君と出会い心触れ合った日々は

 どんなに時間が過ぎ去ったとしても

 色あせたりしない


 ふたりはいつしか大人になったけれど

 夏の朝靄の中にずっと探し続ける

 その黄金色に輝く瞳を


୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧



 夏の朝靄は、何度見ても美しい。


 この地域は山がすぐそばにあり、朝晩は涼やかだ。私は、この環境が運んでくる朝靄という神秘を、幼いころから毎日のように楽しんでいる。そして、私の愛する朝靄は思いがけない出会いをも運んでくれた。


 今から数年前、私はこの場所でかけがえのないものを手に入れた。それは、どんな物にもかえられない世界で一番輝くものだ。


 目を閉じると、若かったあのころの自分に戻ることができる。朝靄の匂い、ひんやりとした朝の風、そして、アイツの声。


「……おい。」


 そう、これが欠かせない。私はゆっくり目を開けた。


「やあ、クロ。」


 いつもの場所にクロが座っていた。相変わらず私の名前は呼んではくれない。照れくさいのだろう。


「今年も夏が来たね。あれから何度目の夏かな。」


 クロは何も答えずに、小さく笑っただけだった。


「ところでクロ、ユズを覚えてるかい?」


 クロは、ふっと顔を上げて私を見た。


「ユズ?」


 クロは、ちょっと首をかしげて考えると、思い出したのか、金色の目を大きく見開いた。


「ああ、あのロシアンブルーか。」


 私は、微笑みながらうなずいた。


「そう、彼女。」


 前に会っただろうと私が言うと、クロは完全に思い出したようだった。


「彼女が最後にここに来た日に、私に話してくれたことがあるんだ。それを君に伝えたいと思ってね。」


「ふうん。」


 クロは、まるで興味がないと言わんばかりに素っ気ないが、本当はかなり興味があるのを私は知っている。特にユズに関しては、とてつもない興味を持っている。


 クロがユズと初めて会ったのは、連れ去られた子どもを命がけで連れ戻そうと、単身、保健所に乗り込んだ日だった。あの日、クロと私は母親の強さを知った。


 ユズは、そのあともたびたび遊びに来てくれた。恋仲だった三毛との間に生まれた子どもを見せに来てくれたこともある。先の子どもたちを守れなかった思いをいだいたまま、立派に子育てをしていたのを私たちは知っている。さらにユズは、クロの育ての母親であるシェリーの友だちだったのだ。そんなユズに興味がないはずがない。素直じゃないだけだ。


「おい、こら。何がおかしい。」


「ごめん。そのふくれっ面が可愛くて、つい……。」


 クロはますます頬をふくらませて、私をにらんだ。これ以上からかうのは、いくら親しい仲でもやってはいけない、ただの悪ノリだ。私は話題を変えた。


「なぁ、クロ。奇跡って信じるかい?」


「奇跡? 俺はそんなものは信じない。奇跡と呼ばれるものは、みんな『偶然』だ。」


「そう言うと思ったよ。」


 私は、苦笑いをして続けた。


「道端で、あの日生き別れた子どもとすれ違ったことがあったそうだ。」


 クロは、目を丸くしていた。


「そんな馬鹿な。生きていたというのか?」


 私は、ゆっくりとうなずいた。


「間違いない、あれは私の子って、彼女は言っていた。匂いで分かるって。」

「匂い?」

「そう。でも、相手は気づかなかったそうだ。だから、名乗らなかったと言っていた。」


 クロは、私の言葉を疑っていた。


「……有り得ない。」


 私は、クロに微笑んだ。


「クロ……。きっと君のお母さんも、君のことを覚えているよ。私はそう思うし、そうだと思う。」


 クロは、視線を足元に落とし、首を横に振っていた。


「クロ。何よりも大切で、何よりも守りたいものを見つけたんじゃなかったのかい?」


 私は、まだどこかで野良を忘れていないクロに、そっと語りかけた。


「強い思いがあるものは、『偶然』ではなく『奇跡』と呼ばれるんだ。」


 クロは、ふっと顔を上げた。


「……そうだな。」


 そして、不器用な笑みを浮かべた。


「最近、この俺がうっかり寝過ごすんだ。……どうかしているだろう?」


 私は、大笑いした。


()()()()、クロ。」


 一度でいいから言ってみたかった言葉を、ここで言うことができた。


「日当たりのいいベッドは、最高だな。」


「君にもわかるかい? そう、あれは文句なしだ。」


 ほんの少しの沈黙は、いつも私たちを過去へと導くタイムマシンとなる。未来ではなく過去を見つめる時間が増えたのは、それだけ年を取ったということか。


「あれからずっと、狩りの訓練をしているよ。……頭の中で、だけどね。」


「俺も、城の見回りをしている。……家族がでかけた後にな。」


 クロと私は、歳に似合わぬ爽やかな声で笑い合った。


「クロ! やっぱりここにいた。」


 白いセーラー服でおさげ髪の朝靄のようにはかない女性が、あの日と同じ姿のままで、クロを抱き上げた。


「おい、降ろせ。一人で帰れる。」


 人間に、私たちの言葉は解らない。

 それを教えてくれたクロの、顔を真っ赤にしながらぶつぶつ文句を言う姿は、問答無用で可愛かった。


「健太くん。いつも、クロと仲良くしてくれてありがとね。」


「いいえ、こちらこそ。」


 伝わらないだろうけれど、私は軽く頭を下げてみた。


「そうそう健太くん、またこれをあなたのお姉さんに届けてくれないかな。玄関に置いておくから。」


 セーラー服のお姉さんは、ポケットから四角くて硬くて平べったいものを取り出した。以前に見たものは本のような絵が描かれてあったが、今、あの女性が手にしているのには、まるいものが描かれている。


 そういえば、私の名前もどのようにして知ったのだろう。この女性も、私たちの言葉を理解できるのだろうか。


 クロは、不思議なお姉さんに抱っこされ、放せ放せともがいている。しかし彼を取り囲むのは、昔のような拒絶の風ではなく、南国の風のように暖かで甘酸っぱい。

 今のクロの姿を見た気がした。


「クロ、また明日!」


 夏の日差しの中、私はふくれっ面のクロを見送った。


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