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シャーロック・イーヴとは


 ウィルが今日はもうこれくらいにしてくださいという隙を与えないように、次の封筒を話題にした。


「じゃ、やっぱり問題なのは植物片の入っていたシャーロック・イーヴ封筒か。この宛名からは何か引き出せるか?」


「ほんと、今日は何もかも丸投げしてきますね? 世の中の宛名全部のミススペリングに意味があるとでも言いたげだ」


「人がその郵便を見ながら死んだとしたら、知っておくに越したことはない」


 ウィルはフッと笑って、嫌味で返してきた。

「初対面時に、何と言って笑われたんですっけ、『刑事番組の見過ぎだ』でしたかね?」


 そんな嫌味もバンクスには効かない、目の前の男は口だけでしゃべりながら、頭はもういろんな可能性を考え合わせているとわかっている。


「だから、今日は恥をしのんで頭を下げてるんだ、好きなだけからかってくれ」


 ウィルは微笑み返してから沈思するように見えたが、すぐに自分の言葉をリピートした。


「刑事番組の見過ぎ……、でしたよね?」


「そうだが?」


「Ms Sherlock Eveという宛名を思いつくなら、差出人は、僕みたいな刑事ドラマ好きなんじゃないかな」


「どうしてドラマだと言える? シャーロック・ホームズファンは世界にいくらでもいる。現代を舞台に翻案されたドラマ『シャーロック』は確かに大人気を博したが」


「どうしてと言われると困るんですが。ホームズじゃないが、思考が速すぎて自分がどう考えてそう感じたのか説明するのが難しい。ただ、Sherlock Eveと並ぶとドラマだと」


 何でもクリアに判っているようなウィルが、説明に窮するなんて可愛らしいところもあるもんだ、とバンクスはにやける。


「イヴはアダムとイヴだろう?」

 そう言いながら、午前中会ってきたステファニーの名字がアダムズだったのを思い出した。


「あ、あれじゃない、俳優のトレヴァー・イーヴ。芸名としても珍しい名字よね」

 ヒラリーが久しぶりに言葉を挟んだが、少々見当外れだ。


「いや、珍しい名字じゃない。イーヴ家はイングランド東北部の名家、ノルマンディー公ウィリアムの時代からあるはずだ。だが、確か、トレヴァー・イーヴが主役の刑事ドラマがあったな? 『サイレント・ウィトネス』か?」


「違いますね、『サイレント・ウィトネス』ならエミーリア・フォックスが断然いい。トレヴァーが演じたのは『ウェイキング・ザ・デッド』」


「ああ、思い出した、警視ピーター・ボイドだ」


「そうそう。でもそれだけじゃない気がする。あ……、ヤバい」


 ウィルはそう言った切り頭を抱えて黙り込んでしまった。

 身体全体が震えているようにも見える。


 ヒラリーが横から顔を覗き込むようにして問い質した。片眉どころか、両眉が上がっていたが。


「何? 何がヤバいの? 言ってくれなきゃわからないでしょ?!」


 1分間丸々、ウィルは沈黙していた。


 バンクスはこんなとき、自分なら何も話しかけられたくないと思い、黙ってウィルの次の動作を待った。


 ウィルがゆっくり顔を上げた時、その男の顔つきは見たことのない峻嶮なものに変わっていた。


 いつもの大らかな彼ではなく、妻にベタ惚れのちょっと気弱な面も消え失せ、茶化し気味の人を喰った男でもない。


「これ……、もしかしたら、犯行予告です。お前にわかるかどうかっていう挑戦状のような。SherlockとEveという単語を見て思い起こす単語はdying とKilling。ホームズ原典の『Dying Detective瀕死の探偵』っていう人気の高いエピソード。そして、最近のドラマ『キリング・イヴ』。刑事さん、観ませんでした? 冷血に楽しそうに人を殺していく若い女性暗殺者。この封筒は開けたら人を殺す、人死にが出るって意味だったのに、僕は、目にしていて止めなかった。エリカに触らせるんじゃなかった。シホさんに届けるんじゃなかった。僕が早くに受け取って一瞬でも思いを巡らせていたら。エリカに見せられた時に笑うだけでなく、考えていたら。僕は、止めることができたのに、シホさん殺されずに済んだかもしれないのに、何て遅い、頭の回転が遅すぎる。僕は一生、この件、後悔する……」


「待て待て待て」

 バンクスは、頭の回転が速すぎるといった1分後に遅いと悩む、自分より一回り若い銀行家を遮った。


「この封筒に毒が入っていたなんて、まだ誰も言っていない。確定していないんだ。先走って悔やむもんじゃない」


 ウィルはそんな気休め要らないと首を横に振っている。


「俺たちは今、オキーフさんが死んだことを知っている。だから、この封筒に負の意味を探してしまう。初見でこの宛名だけ見せられて、それが悪意のあるものだと考えるほうがどうかしてる。君はただの隣人だ。郵便が間違って届いただけ。それを転送して何が悪い? 何の責任も生まれない」


 それでもウィルの瞳は自分を許せないと物語っていた。


「振って匂いを嗅ぐだけで人を殺せるものなんてあるか? この封筒に入っていたものが凶器である可能性が、何パーセントあるというんだ?」


「シホさんは現に死んでいる……、そして、メッセージは現場に残っていても、同封されていたはずのものが無くなっている。そのドライフラワーみたいなものって、見つかってないのでしょう?」


 その言葉を最後にウィルは黙り込んでしまった。


「すまなかった、ウィル君、長居した。今日は貴重な時間をありがとう。どうか、悩まないでくれ、情報が足らないうちに考えすぎるのはいけないと、ホームズも言ってたはずだ」


 バンクスは、雑談だと言いながら一方的に情報を引き出し、ウィルに精神的苦痛を与えてしまったことを後ろめたく思いながら、ランカスター通りを後にした。


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