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形見分けから庭散歩へ


 既に、午後4時を回っていた。

 ウィルの家の玄関ベルが鳴り「捜査終わりました」と聞こえ、シホさんの家からは蟻の軍団が去っていくように鑑識や警官たちがいなくなった。


 バンクス刑事が恵梨香に声を掛ける。

「恵梨香さん、叔母さんの家は鍵を変えて入れなくなります。あなたの合鍵もこちらにいただきます。中に持ってきている荷物があるでしょうから取りに行きましょう。そして遺体確認が明日午後3時ですから、今日の泊まるところを手配しないと」


「あ、よかったらうちに泊まってください。2階に客用寝室がありますから」


「いえ、私は、ビジネスホテルを探します」


「この町、ホテルなんて2軒しかないですよ? B&Bはコロナでほとんど休業しちゃったし。それに、肉親を亡くした時に1人でいるものではありません。妻もそろそろ帰ってきますから」


 イエスノーのはっきりしない恵梨香にヒラリー巡査部長が、「明日迎えに来るのに、ここにいてくれたほうが助かるんだけど?」と言って、なんとか足止めした。


 ウィルはまだまだ恵梨香に、聞きたいことがある。

 殺意の有無を確かめたい、そしてそれ以上に、自分が想像しているあの巾着の構造が正しいのかどうか、答えが知りたいのだ。


 バンクス刑事が、デイルにも声を掛けた。

「相続人ではないということで現金や価値の高いものは持ち出せないが、もし君の父親のもので形見になるようなものがあれば選んでいいから一緒に来なさい」


 刑事にしてはなかなか粋な計らいをする、そんなところが実は好きで、ウィルはバンクス刑事に一目置いている。


「僕も行っていいですか? エイドリアンさんの遺灰と、もしシャムロックが生きていたら植え替えて育てます」

 ウィルも付いていくことにした。


 デイルは金が無いと言いながら金目のものを漁るような素振りもなく、マントルピースの上の遺灰壺に直行した。


 白地に青い唐草模様が踊る日本の陶器を抱きかかえ、何度も撫でている。「父さん……、ごめん」と呟きながら。


 父子間には離婚再婚のわだかまりがあったのだろう。


 その後、遺灰の隣にあった、クロノグラフ腕時計を形見に選んだ。


 恵梨香は黙って2階に上がると、まず重たそうなスーツケースを、階段を引きずるようにして持って降りてきた。


 そしてまた2階に上がると、ローズウッドのジュエリーボックスを両手に携えてくる。

 シホさんの寝室にあったものだろう。


 意地悪なウィルは、昨夜のうちに中身のいくつか、すでにスーツケースにくすねたんじゃないかと邪推した。


 この中から選んでいいかとバンクス刑事に聞き、皆の見ている前でためらうことなくネックレスを手にする。


 ジュエリーボックスの中身全部のブランド名とホールマーク(純度表示)をチェック済かもしれない、と思う自分の頭が、ウィルは堪らなく嫌になった。


 人のいいバンクス刑事は、どうせ競売にかけられて国庫に入るだけだから、もう少し持ち出してもいい、などと言っている。


 隣に立っていたウィルは、「この家が国のものになるだけで、ウクライナ難民の4家族くらいが安心して暮らせますよ?」

 とジョークを言った。


「まわりまわって結局、いい目を見るのはヘムロック・キーウなのか?」


「それもシホさんの慈愛の念ですね」


 結局ウィル自身は、コンサーバトリーにあった、実は珍しいランを一鉢と、床に落ちていたシャムロックをもらうことにした。


 シャムロックと言ってもクローバーではなくカタバミの仲間なので、球根ものだし少々枯れかけても復活する。

 エイドリアンとシホ・オキーフ夫婦の思い出に。



ー◇ー



 ここ数日顔を合わせ過ぎのバンクス刑事とヒラリー巡査部長がやっとウィルの家を去って行き、デイルもロンドンの知人宅に帰ると出ていった。


 急に若い女性と2人きりになってしまい、ウィルは狼狽える。

 顔に出ないように身体を動かすことにした。


 恵梨香には1階で待っていてもらい、ウィルは客用寝室に軽く掃除機をかけ、埃を拭いた。

 家事は元々、一通りこなすが、リモートワークになってからその手際には磨きがかかっている。


 その後、重たいスーツケースを運び入れたが、1階に戻ると、予想に反して恵梨香がリビングでぐずぐず泣いていたので、一緒に庭を歩こうと誘った。


 なぜか、泣くとは思っていなかった。

 シホさんの死亡を聞いても、家を相続できないと知っても泣いたりしていない。


 もしかして、ウィルがいろいろ気付いていることを感じて、質問を避けるために流している涙なのかもしれない。


 いつも考えすぎるウィルは、心にこういうふうに最悪を想定してしまう、本当はやっかいな男なのだ。


 ウィルの庭は、真ん中にゆったりとした芝生が長く後ろまで、曲がりながらうねりながら続いていく形だ。


 左右には、白樺や桜、林檎や楓などの高過ぎない木が配置されていて、それらを繋げるように、花々が植わっている。


 花壇はあちこち、出たり入ったりしてたまに視界も遮り、庭がどこまでも続いて、森の小道に分け入った気分にしてくれる。


 冬に向かってこれから胸がどんどん赤くなっていくロビンが、梢の上で止めどなくさえずり、美声を聞かせている。


 来月に入ると、秋雨を吸って芝生がじめじめとして歩きにくくなるのだが、9月はまだ日も長く午後5時の散歩は優しい日差しに見守られ、気持ちいいことこの上ない。



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