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デイル登場、封筒の中身、掘り出し


 ウィルという男は、会話術にも長け、気後れなく料理もし、頭も回る男で、銀行家にしておくより探偵になったほうがいいんじゃないかとバンクスは思わざるを得ない。


「恵梨香さん、紅茶のおかわりは? もっとリラックスしたほうがいいですよ。お手洗いは2階です。窓からシホさんのお花だらけの庭がよく見えます。僕も庭いじりするほうですが、彼女の植物知識には全く敵わなくて、いつも教えてもらうばかりだったんです。気分転換にでも、うちの庭、歩いてみますか?」


 恵梨香がウィルの庭から逃走したら困るとバンクスは一瞬焦ったが、シホの庭もウィルの庭も、周囲を恵梨香の身長より10センチほど高いフェンスで取り囲んでいて恵梨香が抜け出せるところはない、料理をしながらキッチンから監視できると判断しての、ウィルの提案だとわかった。


「あ、ではお手洗い、借ります……」


 170センチちょっとだろうか、恵梨香はスラリとした肢体を伸ばして立ち上がると、2階へ上がっていった。


 バスルームのドアが閉まる音を確認してから、バンクスは聞いた。


「2階の窓から屋根に出られたりしないよな?」


「ないです。飛び降り自殺もムリ、首を吊る梁もないですから」


 ウィルはにっこりと笑って、それよりも、とスリープになっていたPC画面の目を覚まさせた。


 白い小さな花がぽつぽつついてスラリと背の高い、一見、野生ランの一種のような写真が出ている。


「DNA出たの、ヴェラトルム・アルブム、これですか?」


「画像は見てない。だが、キャプションが違う」

 ついている学名に違和感があった。

「学名はもっと長かった」


「学名が長い? 属名、種小名だけじゃないとすると、変異種、地域固有種、とかか?」

 と、呟くウィルに、急いで情報共有をした。


「彼女は薬剤師になろうとしている大学生、最近、祖父、シホ・オキーフの父親と同居になった。彼は要介護」


「わかりました。じゃ、僕はお料理」


 3人でトーストを食べ、ウィルが3人分のホットドリンクを淹れなおした時だった、壁にかすかな振動を感じた。


 玄関ドアがノックされているような音なのだが、この家ではない。


 ウィルはササっとバンクスと恵梨香の間の応接セットを抜けて玄関を開けた。急に音が飛び込んでくる。


「死んだだと? バカ野郎! それで遺言は書いたんだろうなあ?! もしなかったら許さん!!」


 オキーフ宅の玄関ドアをガンガン蹴り飛ばしている。顔写真も見てないが、恐らくあれはデイル・ピット氏だろう。


 そこへ向かいに停められた車から、ヒラリー巡査部長が飛び出してくる。


「やめなさい、器物損壊罪に問いますよ? あなたはデイル・ピット、24歳、オキーフさんの息子でしょう?」


 ウィルと恵梨香も玄関先からデイルの暴れぶりを眺めている。


 若者を取り押さえようとするヒラリーに加勢するべく、バンクスがウィルの家を飛び出したところで、デイルが叫んだ。


「父さんが働き詰めで手に入れた家を、父さんが死んだからその生命保険で自分のものにしたんだろうが! 父さんの命と引き換えだぞ?! この家を、アイルランドを植民地化したイギリス国家にくれてやることなんてできないんだよっ!!」


 ウィルは、隣に立っている大学生が、「え、何?」と日本語で呟いたのを聞き逃さなかった。


 よく似た顔のその人の叔母が垣根越しに、「What’s that flower? は日本語で、その花何?」だと教えてくれたのを思い出し、「何?」は「What?」の意味だとわかったのだ。


 ウィルの居間の2人掛けソファに刑事と巡査部長、3人掛けに間をあけてデイルと恵梨香、仕事机にウィルが座った。


 シホさんちでは家宅捜索が始まった。DNAチェックが済み次第、遺言書探しが行われるそうだ。


 警察関係の2人は、隣から呼ばれるたびに、玄関を出ていく。

 民間人のウィルが血の気の多いデイルと得体の知れない恵梨香のお守り役になるのは問題だと、廊下に1人制服の巡査が立っていてくれる。


「イギリスがブレクシットしなかったら、まだEUの慣習法や基本的人権法に問うことができたかもしれませんね」


 ウィルはデイルに話しかけてみた。

 彼が、ソファに座ってからはソワソワはしていたが、特に暴力的でもなく、テロリストでもない、普通の若者だと見てとれたから。


 王室に反対し共和制を求める英国人もいるし、見下された過去のあるアイルランド人なら、英国王室に反感を抱いても不思議はない。

 主義主張する権利も平和裏にデモ行進する権利も認められている。


 カリブ海の国が奴隷制に関して、英国を相手取って損害賠償請求する裁判を起こすことだってあるのだから。


「同じアイルランド人だってのにおかしいだろう?」


「そうですよね。あなたが北アイルランド人、UK国籍なら、遺言書が無くても、法定相続人として認められたかもしれない」


「あの女……」

 デイルが悪態付きそうになってウィルは「こちらはシホさんの姪御さんですから」と、釘を刺した。


 デイルは少し離れた横で俯いている同世代のエキゾチック美人に、ドキリとし、気圧されたようだ。


 その恵梨香といえば、ウィルたちの話がどこまでわかったのか、反応を示さない。

 ウィルは半分以上、恵梨香に聞かせるためにデイルに話を振っているのに。


 そこへまた玄関の音がして、バンクス刑事が戻ってきた。

 後ろに白い防護服に全身を包んだ鑑識がトレイを携えていて、その上に泥だらけの物体が載っている。8センチX6センチ程度の布製小袋のようだ。


 ウィルは、興奮した声でまず、「ありましたか!」と叫んだ。


 次に声を落ち着かせ、「It looks like a Japanese Kinchaku! 日本の巾着っぽいですね! シホさんの宝物かな?」と続けた。

 巾着という言葉は、サシェや匂い袋を検索している時に憶えたのだ。


 デイルは庭より書類の発掘をしてほしいと退屈げだ。

 恵梨香は若干、身体を強張らせた。


「ウィル君が教えてくれた通りの場所に埋まってた。コンサーバトリーの陰、花の終わったヴェラトルム・アルブムの傍」


「中の構造を教えてくれませんか? これは前代未聞だ」


 ウィルは自分の机を離れ数歩鑑識官に近づいたが、ふと立ち止まった。


「掘り出した時、くしゃみでませんでした?」


 鑑識官が首を傾げ、いいえと答えて事務的に言葉を繋ぐ。

「それより中身ですが、クローゼットに掛ける布製のサシェに似てるんですが、確認できるのは、ドライフラワーのバラのつぼみがたくさん」


「あ、これは、エリカが好きな、あ、僕の妻のエリカのことですが、ローズティーっぽい」


「他には濡れて黒変したハーブですね」


「さすが、ローズマリーはまだ緑色が残ってますね」


 バンクスは、「何がさすがなんだ?」とツッコんでおいて、「まだバラの匂いはかすかに残っている」と言った。


「匂い嗅いだんですか? 大胆ですね!」


 ウィルは快活に言って、「もういいですよ、証拠として持って行ってください。ジャガイモ澱粉も溶け出しちゃったみたいだし」と笑った。


 バンクスがまた、意味不明、と顔をしかめたので、ウィルは肩をすくめてみせた。



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