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シホの姪、恵梨香


 バンクスは一人で来たことを心底後悔していた。

 女性への事情聴取は男1人ではしないことになっている。

 同性の同席が原則だから、警ら部でも大抵男女でバディを組むのだ。


 そのうえ、目の前の女性はエキゾチックに美しい。そんなことで判断を狂わされる自分ではないと思っても、バンクスも生身の男には違いない。


 さらに困るのはバンクスの言葉があまり通じてはいないこと。


「この家は事件現場だから、中に居てはいけない。捜査が済むまでホテルか署で待っていてくれないか? 車で送るから」

 というと、「I stay here. ここにいる」の一点張り。


 バンクスがホテルと言ったのをヘンに解釈したのか、「I don’t believe you are the police. あなたが警察だなんて信じない」そうだ。


 警察のIDを見せても首を横に振るだけ。この時ばかりはバンクスも、私服、覆面パトカーの自分のいでたちを呪った。


 肩をすくめて歩き去りたいところだが、シホ・オキーフの姪らしいこの女性がリビングの掃除でも始めたら、あったかもしれない証拠が掻き消されてしまう、そう心を鬼にしてバンクスも粘る。


 戸口に足を挟んだまま、閉められないようにしているのだ。


 そこへ幸か不幸かケータイの呼び出し音。


 視線を女から外さずに返答する。ヒラリーの声が響いた。


「シホの姪がロンドン入りしています。東京在住、シホの父親の引っ越し先です。大学生、薬剤師を目指している由」


「今、俺の目の前にいる。早く来てくれ」


「こっちは機械翻訳のわけわからない英語読んでるんです、あと15分、足止めしてください!」


「1時間待てば正確な翻訳が外注から上がって来るんじゃないか?」


「それを待てるとでも? それから、デイルの足取りを見失いました。出国はしていませんが」


「わかった」


 ヒラリーの声が遠ざかるや否やちょっとした思い付きから、バンクスはスマホ画面上で隣の家にいるはずのウィルの番号をクリックして通話状態にし胸ポケットに納めた。


 ドアの内側に腕組みして不信げに立つ姪御さんと打ち解けられるとは到底思えないが、とりあえず簡単な英会話を続け、ヒラリーか、できたら隣からウィルが顔を出してくれるのを待つことにしたのだ。


「イギリスにはいつ来られたんですか?」


「11日です。朝羽田を出て夕方ヒースロー」


「では9月8日の女王様の訃報を聞いてすぐですね」


「友人がウィリアム王子のファンなんです。何もできないけどサポートしたいって。バッキンガム宮殿とウィンザー城前に献花することにして。こちらにきてから、ウェストミンスター寺院に参列できると聞きました」


「あの大行列並んだんですか?」


「はい。綺麗で静寂で、感動しました。もう一人の友人がお葬式の後は、しょーじんおとし、えっと、気分を変えて、パリに行きたがって、それより、叔母はどこですか? どうしていないの?」


「いや、その話は落ち着いてから……」


 立ち話ですることじゃない。どこかに座らせて、叔母さんの訃報を告げなくては、とバンクスが口ごもったところで、横から明るい声の助け舟が来た。


「You must be Ms Erika Himuro. 氷室恵梨香さんじゃありませんか? シホさんがよく話しておられた」


 ウィルだった。隣家から2軒分のの駐車スペースを横切って大股で近づいてくる。


 来てくれた、とバンクスはホッとしてしまった。

 同時にこの日本人女性の名前が、自分の妻と同じでエリカなのだと教えてくれている。


「シホさんはトラブルに巻き込まれてしまったようで、警察が調べているところです。あなたが来ること、シホさんは知っていました?」


「いいえ、友達連れて泊まりに来ていいよって言ってくれてたのに、私が断ったんです。パリに行くことになったからって。でもパリからも女王様のお棺を見送ってる時にも何度かメッセージしたんですが返事がこなくて心配になって。エアチケット変更できたので、あ、友達はもう帰国したんですけど」


「そうですか……、もしよかったらうちに来てお茶でも飲みませんか? ここ、これからフォレンジックが入るそうなんです」


「鑑識、ですか?」


「ええ、難しい単語よくご存じで」


 長い黒髪に縁取られているせいか、青ざめて見えていた顔に初めて赤みがさした。


「外国のドラマをよく観るので」


「妻は仕事に出ていて僕しかいませんが、この人はちゃんとした刑事ですし、何が起こったかゆっくり話してくれると思うので、お隣さんのよしみで、是非」


「あ、はい……、何がなんだかわからないので、教えてもらえるなら……」


 恵梨香がシホの家を出ようとしたところでウィルが変な質問をした。

「ドア、閉めちゃって大丈夫ですか? 鍵、手元にあります?」


 どこの家も閉じれば閉まってしまうオートロックだからわからないでもないが、バンクスにしてみれば、自分が来た時、彼女は既に家の中にいたのだから、鍵を持っているのは当然だ。


 もし誤って閉めてしまっても、警察の管理下にあるこの家の鍵一式が、覆面パトのダッシュボードに入っている。


「はい、ここに。2年前に合鍵もらってそのまま」

 恵梨香はワンピのポッケから出して見せた。


「オキーフさんのお葬式、来られたんでしたね……」

 ウィルはそう呟くと、こちらです、と恵梨香とバンクスを自宅玄関に案内する。


「どうぞ入ってください。レディーファーストです。僕は靴脱いで靴下でいるほうなんですが、刑事さんはそのままでいいですよ。恵梨香さんはスリッパがいいかな? それそれ、それ使って。居間の奥に僕の自慢の金魚がいるので、ハローって言ってやってください」


 そういっておいて、ウィルはバンクスの腕を押しとどめ、玄関に入る前に早口に囁いた。


「完全犯罪成立ですよ。やられましたね」


「どういう意味だ?」


「あるのは全て状況証拠。あの封筒と彼女を結び付けるものはない。今さら家宅捜索しても、髪の毛は今日落ちたもの、サシェは始末された」


「君は彼女が犯人だと?!」


「僕が見たのは彼女です」


 ウィルは、Ⅼ字型に置かれた応接セットに、お互いの横顔が見えるように恵梨香とバンクスを座らせ、相変わらずのほほんとした調子で、紅茶、コーヒーの好みを聞き、キッチンに入っていった。


 ウィルのいない時に質問しないでくれとバンクスは祈ったが甲斐なく、恵梨香が、

「それで、叔母は?」

 と真っ直ぐ目を合わせてきた。


「残念ですが、お亡くなりになりました」


「死んだ……?」


「9月14日水曜日の朝でした。お宅のリビングルームで倒れていて」


「発見は? 誰が見つけてくれたのですか?」


「それが少々遅れてしまって、金曜日、毎週来ているお手伝いさんが」


「一人で、死んだんですね……」


 恵梨香が沈黙し、目に涙を浮かべようと努力しているかに、バンクスには感じられた。「叔母はどこ?」と聞いた時の瞳のほうが余程真摯に感じられる。


 それはウィルにこの綺麗な女性が叔母を殺したと耳打ちされてしまったせいだろうか?




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