表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

相続人は誰で毒は何?


 署に帰るや否や、ヒラリー巡査部長は事務的な氷の女王ぶりを発揮していた。


 淡々とステファニー・アダムズとの会見報告書を作っていたかと思うと、独り言のようにバンクスへの情報開示を始めた。

「シホ・オキーフの遺族に関してですが、少々やっかいです」


 バンクスは、ウィルの家の廊下で、ヒラリーが電話していたのを今さらながら思い出した。


「シホに子供はいません。日本大使館に照会したら、近親者は父親、でも最近引っ越していて連絡が取れない由」


「そうか。オキーフさんが英国籍を取っていればまた別の話なんだが、日本国籍、外国人居住者でしかない。死亡時の英国当局側の義務としては、管轄大使館に届けるまでだ。普通は一緒に英国に住んでる親族がいるもんなんだがな」


「シホのケータイやメールアカウントを覗けば、日本にいる親族がわかり、連絡も取れますが、そこまでする義理はない」


 酷い発言だな、と心には浮かんだが、バンクスは敢えて声には出さなかった。ヒラリーの言う通りだから。


「殺人事件だとなれば調べるが、誰が葬式を出すか調べるためだけに遺族探しはしない。オキーフさんのケータイもPCも署内にあるが、現状アクセス許可は下りないな。名乗り出る遺族がいなけりゃ、無縁死亡者として葬られる」


 暗澹たる思いにバンクスが沈みそうになると、ヒラリーの冷たい声が響いた。


「エイドリアン・オキーフ氏には子供がいます」


「え? 既に他界してるご主人に、子供?」


「アイルランドの先妻の元に。デイル・ピット氏、24歳。オキーフ氏死亡時、遺言状に異議申し立てしてシホと揉めたようです」


「そんなことが……。遺言には何と?」


 隣のスクリーンから目を離さないヒラリーの事務的な横顔を、バンクスは眺めている。


「詳しいことは調べていませんが、オキーフ氏の遺産全て、動産不動産合わせてシホのものになったと、近所では言われてます」


「よかった……」


「何がよかったんですか?」

 また片眉が上がった。


「あ、すまん、自分に重ねた。同じバツイチ同士として、俺が死んだ時、先妻に文句言われたくないな、というか」

 バンクスは急に赤面して頭を掻いた。


「刑事も先妻の元に子供さんが?」


「いや、俺は身軽、隠し子もいない」


「何ですかそれ?」


 質問しておいて返事には全く興味を示さない、そういう女だ。


「オレの身の上なんてどうでもいいだろ、オキーフさんのほうだ」


「そうです。シホがきちんと相続したなら、今度はシホの遺言に沿って遺産は分配されるはずです。遺言書があるのかどうか」


「いや、だから俺たちがそこまですることじゃないって」


「でもそのデイル氏がムリヤリ遺言書かせてシホを殺したとしたらどうします? 家、欲しがってたんですよ? あの家、相当価値があります」


「まあそうだな、エリカさんの査定を聞くまでもない、一億円超えだろう」 


 やっと、シホ・オキーフが死んで得する奴が出てきた。殺害動機となり得るほど。


「ムリヤリでなくてもシホがデイルを相続人にしている可能性はあります」


「そいつ、アイルランドのどこにいるんだ? 共和国か? それとも北アイルランドか? これは大きな違いだぞ? 何せ国内と外国だからな!」



ー◇ー



 次の日、既に水曜日、ウィルは自宅で、シホさんが亡くなって丸々1週間経ったんだとため息を吐いた。


 この国では、病院やホスピスで死なないと死体は長々と霊安室にとどめ置かれる。「自然死だ」という判断待ちのために。

 だから本件、警察や監察医の仕事がことさら遅いわけではない。


 ただ、「どう死んだか」が一目瞭然ではない「死」というものに、関係当局が踊らされている感はある。


 悲しんだり惜しんだり、動揺するべき人々は遠くの国にいて、誰もシホさんの死を知らないというのもそら恐ろしい。


 それが孤独死というもの、なのだろうけれど。


 ウィルは朝一で顧客に金利の高い定額預金を契約してもらった後に、ポプリ、サシェなどというものを検索していた。


「日本には匂い袋という、伝統的な香を纏う習慣があったのか……。キモノのようにカラフルな布製。エリカにはどれが似合うかな。でもキャラやビャクダンってアジアっぽい香り。ラベンダーがいいな」


 ぶつぶつとウィルの独り言は続く。


「もし本当にあの封筒にサシェが入っていて、シェイクしてジャガイモ系統の毒草片を吸い込んでしまったとする……」


 目の前のスクリーンにアルカロイドの一覧を出した。


「ナス科アルカロイド、アトロピン、スコポラミン、ヒヨスチアミン。せん妄、非現実感。異常高熱、頻脈、異常な、狂気とみられる行動、明りを嫌う。回復後、異常行動のことは記憶にない。バーで女の子の飲み物にスパイク(混入)するデートレイプドラッグにも使われる。でもシホさんの持病に似てるのは明りを嫌うとこだけ。頻脈が昂じて心停止することはあっても、喉は乾くらしい、泡を吹くとは考えられない」


 ウィルは頭を横に振る。


「どうもしっくりこない。それに匂い袋に粉末状の植物を混ぜたとして、致死量が体内摂取されるもんだろうか? 持ち運び中は安全で、シェイクしたら人を殺せる? ダチュラのアルカロイド含有量は種が一番多い。種を安全にすりつぶせる? 自分が吸い込まないで。 乾かした葉はどれだけ毒性を持つ? わからないことだらけだ」


 ウィルは素直に、頭を抱えて考え込んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ