キヨタジュンは顔がいい
「うーん…」
唐突だが、俺は今、森の中にいる。
森と言っても、右も左もわからない鬱蒼とした場所ではなく、木々の間に道らしきものがあり、なんならその先に街の外壁っぽいのも見えてる。
見知らぬ場所ではあるものの、進む先は決まっているからそこまで焦りはない。
いや待て、嘘だ。もちろん焦ってはいる。気づいたら見知らぬ場所にいる時点で、たぶん混乱してはいると思う。
異世界転移とかラノベ展開とかお約束とか、色んな言葉が脳裏を駆け巡って、一旦座り込んで、それから立ち上がっておもむろに「ステータス・オープン」とか言っちゃうレベルで錯乱してる。
だけどまぁ、そのへんは一度置いておこう。
俺が今気になってるのはそこじゃない。いやもちろんそこらへんもすごく気になるけど、それより何よりこれだ。ちょっと先にこれを見てほしいんだ。
なまえ:キヨタ ジュン
せいべつ:おとこ
ねんれい:16
ちから:へなちょこ
あたま:わるい
こころ:びみょう
すきる:かおがいい
うん、なんかへこむ。
異世界とかラノベとかファンタジーとか冒険とかどうでもいいわ。単純にへこむわ。
ただでさえメンタルやられる状況で、なにこの精神攻撃。ほぼ悪口じゃん。力がへなちょこなのは自覚あるけど、頭悪いとか他に言い方あるし、心が微妙とか判断基準が知りたいし、スキルについては意味がわからない。え、それスキルなの?
「早速帰りてぇよ、異世界転移……」
なんかもうやる気ない。
ヤッターお約束の展開だーとかなんない。チートもハーレムもいらない。めんどい。帰りたい。
ハードモードな感じのスタートなのかもだけど、ここから伸し上がる鋼のメンタル持ってない。なんせ心は微妙なんで。
「あーあ…ここで死んだらさらに転生できないかなぁ」
もっと楽しそうな感じのとこでやり直したい。結構本気でチェンジ求む。
ただ愚痴っても誰も答えてくれない。
神様っぽい声もしないし、新たなスキルが生えてきたりもしないし、周囲の景色も変わらない。
仕方ないので諦めて道の方へ進む。
と、目の前にあったステータス画面にぶつかった。って物理かよ! なんかこう、よくわかんないけど見えるだけで触れない、不思議な現象じゃねぇのかよ! そして別に俺の動きに合わせて移動もしねぇのかよ!
「………ステータス・クローズ」
あ、それで消えんだ。
融通きくのかきかないのか微妙だな。
「とりあえず行くか…」
ステータス画面と喧嘩してても仕方ないので、今度こそ何にも邪魔されずに一歩踏み出した。
目と鼻の先に見えてた道に出る。振り返って見ると、まぁ森っつーか林に近かった。ルンルンハイキング気分な洒落た木立だった。
こういうのって、もっと深い森の奥かなんかに転移するもんじゃないのか。それで謎のモンスターと第一種接近遭遇した結果、第一村人と出逢って、なんやかんやあって三話目くらいでようやく町にたどり着くんじゃないのか。
街、もうすぐそこじゃん。門番っぽいの立ってるのが見えるくらいの距離じゃん。
ていうか、門番かっちょいいなぁオイ。甲冑みたいなの着てるし、やたら長い槍みたいなの持ってるし、ガタイがすごいわ。ムキムキじゃん。
「…アイツら絶対、『ちから:つよい』だろ」
ステータス見る前から分かるよ。
俺のへなちょこっぷりと違い過ぎるもん。ハリウッド映画に出てきそうなマッチョだもんアレ。
なんとなく恨めしい気分で近づくと、両脇に控えてる門番のうちの片方が俺を見た。
クイッと兜の前部分を上げて、一言。
「ん、何だ旅人か? 顔がいいな」
いやちょっと待って、おかしい。
第一声がそれなの?
街の門番の第一声がそれなの?
制作費低いRPGのバグったNPCみたいになってるよ。
「オルセイは初めてか?」
「え、あ、はい…」
「そうか。東から来たならメルヴィークを通っただろうが、あそこより宿も安いしなかなかいい街だぜ」
そして普通に会話続けるのかよ。
本当にただのバグだったみたいに続けんのやめて? 聞き間違いだったのかなってなるじゃん。もうこの流れだと完全に聞き間違いな感じするわ。
とりあえずここはオルセイね。
街の名前なのか国の名前なのかわかんないけど、とにかくオルセイ。よし、おぼえた。
「あー、えーと、入るのに何か必要ですか?」
「ああ。身分証提示かシル銀貨2枚だな」
あー、やっぱりかー。
入るだけで金取るパターンかぁ。萎えるわ。
それに身分証もない。学生証じゃダメだろうしな。
「えーと、どっちも無い場合は…」
「なんだ、ギルドタグも無いのか?」
「そうですね…」
それが何かもわかんないよ。
「仕方ないな…もう日も暮れるし、顔がいいからな。通っていいぞ」
いやいやいやいや、えええぇぇええ!?
なに言ってんの!?
なに言ってんの、このマッチョ?
マジで街を守る気あんの?
聞いたことねぇよそんなセキュリティ! 逆に不安になるわ!
「どうした、早くしろ」
「え、あ、はぁ……」
冗談じゃねえのかよ!
「いやいや冗談だって」とか言ってくれるの待ってたよ俺。期待して待っちゃったよ。
本当に通っちまったじゃねぇか!
もはや何も信用できねぇよお前の門番としての力を!
「とりあえずギルドに行ってみろよ。タグを発行してくれるからな。この通りをまっすぐ行って、三つめの角を右、噴水が見えたらその手前にある肉屋を左、そこから二つ目の路地を左、右手に見える黄色い屋根の建物だ」
結構複雑だなぁオイ!
おぼえきれねぇよ道順! こちとら『あたま:わるい』からね!
「もしくはこの通りをまっすぐ行って、四つめの角を右に行けば着くぜ」
そっちでいいじゃーーーん!!
最初からそっちの道順だけでいいじゃん!
なんなのお前!?
もしかしてアレなの? 実はこのへんめっちゃ寂れてて、めったに旅人も来ないから毎日ヒマしてるとかそういう感じなの? 超久しぶりに仕事してるからはっちゃけちゃったの?
「じゃあな。オルセイを楽しんで」
「はぁ…」
なんかもう疲れた。突っ込む気力もないので、お言葉に甘えて入らせてもらうことにした。
とりあえず言われた通りにまっすぐ進んで、四つめの角を曲がる。すぐに黄色い屋根の建物が見つかった。多分これがギルドだろう。ギルドがなんなのか謎だけど。
「役所かなんかかな…」
どうやら公共施設っぽい。
両開きのドアが開けっ放しになっているので、通りから中を覗くことができる。結構広そうだ。
まだ外が明るいせいか、あまりよく見えない。
俺は初めての店とか入るの緊張するタイプだ。用があっても、なんなら買うと決めているときでさえ、なんか場違いだったらどうしようと思ってしまう。そんな小心者にとって、初めての場所でなんの施設なのかもよくわからん建物に入るのはなかなか勇気がいる。
と言っても、いつまでも覗き込んでいるわけにもいかない。なんなら通行人の邪魔になるのも気が引ける、正真正銘の小心者である。
「こんにちはー、オルセイギルドへようこそ」
おそるおそる中に入ると、わりと広い空間にはまばらに人がいた。中央にカウンターがあって、そのまま左右の壁まで伸びている。壁際は通路のようだ。
カウンターは五分割されており、そのうちの一つに女性が立っていてこっちを見てた。アパレル店員の「いらっしゃいませー」的な定型文で迎えられ、なんとなく安心してそっちに向かう。こういうテンプレな感じできてくれると、なんか俺おかしいかな?とか構えずに済むのでありがたい。
「初めてのご利用ですか?」
「あ、はい」
「ご利用ありがとうございます。顔がいいですね」
またかよ。
それ何なの? 挨拶なの?
この辺ではよくあるコミュニケーションなの?
「旅人の方でしょうか? 本日は登録、売買、請負、依頼、納品どちらになさいますか?」
そんでそのまま進むのもまたかよ。
独特すぎるよ。ついていけないんですけど。
「えーと、よく分からなくて」
「かしこまりました。ではギルドのご利用方法からご説明させていただきますね」
「あ、お願いします…」
「まずギルドとは、住民と旅人との相互扶助を目的とした委託業務代行組織です。ギルドに登録することで、そのギルドが管轄する地域での活動が円滑に進みます。例えば旅人が商売をする際、ギルドに登録していると滞在中煩雑な手続き無しで商業地区に出店することが可能です」
どうやらこの世界では、特定の場所に定住している人を「住民」、定住せずに移動する人を「旅人」と呼ぶらしい。わかりやすい。
そして旅人は当然ながら余所者だ。だからと言って行く先々でいちいち煩わされてたら不便過ぎる。そこであらかじめ身元を登録しておくことによって、滞在先でもスムーズに生活できるようバックアップしているのがギルドというわけだ。
これは物や情報の流通を旅人が担っているため、なるべく旅人の不都合を解消しようという理由らしい。
「登録後、街や村に滞在される際にはギルドタグを提示し、ご用がある場合はギルドにお越し下さい。ご登録されますか?」
「えっと、しないとどうなりますか?」
「特に何も起こりません。ただギルドタグが無いと、身元保証に別の手段をとっていただくことになります。地域によっては商売の際に手数料が発生したり、宿泊施設等で料金とは別に保証金が必要となりますし、街や村に入る際にも保証金がかかります」
さっき門でも言われたな。
なぜか払わずに入れたけど。
「登録にはお金かかりますか?」
「登録手数料がシル銀貨10枚、更新費が年間シル銀貨5枚となります」
身分証代わりということならそうだろうな。ギルドの運用資金なんだろうし、諸々の保証金やら手数料がなくなる代わりに、定期払いするってことだろう。
問題はその金も無いってことだ。
「あの、手数料が払えない場合は…」
「登録手数料が支払えない場合は、登録できないことになりますね。更新費の方は一定期間支払いが滞ると、タグが無効になります。再登録する場合も登録手数料が必要ですが、初回登録時より高くなります」
「…そうですか」
そりゃそうだ。
じゃあ登録は無理だな。
っていうか、このままだと今日の寝る場所も確保できない。飯も食えない。風呂も着替えも無しである。
金が無いってのはみじめなもんだ。
「お手持ちが足りないということでしょうか?」
「はい……足りないというか、ゼロです」
「まったくお持ちでない、と」
金も無いのに来るんじゃねーよ、という顔をされるかと思いきや、少し首を傾げられただけだった。
一文無しでどうやってここまで来たのかしら、という感じである。同情とか軽蔑とかなく、ただただ不思議そうな顔だ。俺も不思議だよ。どうやってここまで来たのかしら俺。
「かしこまりました。登録手数料が支払えないということであれば仕方ありません……こんな時間ですし、顔がいいので、手数料無しでご登録させていただきます」
ぇええええええ!?
またそれ!?
え、いいの? マジで?
身分証代わりなのに、顔がいいからって理由で通していいの? そしたらもはや俺の身元を保証するものは顔ってことになるじゃん。身元が顔じゃん。じゃあもう身分証いらないじゃん。
「ではこちらに必要事項をご記入下さい」
それでやっぱそのまま進めるのね。
この展開に疑問を抱いてるのは俺だけなのね。
まわりを見渡してみても、ちょっと待った!的な声を上げてくれる人はいないみたいだ。なんなら後ろに一人並んでるけど、特に言いたいこともなさそうな顔で待っている。
カウンターの向こう側には他にも職員らしき姿があるのに、異議を申し立てる様子はない。ふざけた仕事してる新人を叱りつける偉い人とか出てくる気配もない。
え、ほんとどういうことなん? この世界の常識どういうことなん?
「代筆が必要でしょうか?」
「あ、いえ、大丈夫です」
キョロキョロしていたせいか、なにやら気遣われてしまった。別のことを気遣ってほしかった。
渡された用紙に目を向ける。まぁ普通に読める。
なまえ:
せいべつ:
ねんれい:
しごと:
妙に子ども向けだけど。
これって自動翻訳されてる感じなんだろうか。
全部ひらがななのは、俺が『あたま:わるい』からなのか。
「あの、仕事ってなにを書けばいいんですか?」
「何を生業にされているかをご記入ください。商売をされるのであれば商人、素材採取であれば狩人、あとは研究者や騎士などもありますが、旅人の方では珍しいですね」
学生はいないんだろうか。
いなそうな雰囲気だ。確かに学生で旅人って意味が分からない。学校どうすんだってなる。
でもいきなり商売とかできる気がしない。売るものも無ければ買う金も無いし。研究者は『あたま:わるい』からハードル高そうだし、騎士は『ちから:へなちょこ』だから夢見るのもおこがましい気がする。
なら狩人かな。でも狩人ってなに?
素材採取って草を採ったり石を掘ったりするやつだろうか。RPGとかだと道端に落ちてるものをテッテレーと拾い集めるだけで成り立つけど。現実はそこまで甘くない気がする。
「素材採取ってどんなものですか?」
「薬草や魔石、魔物素材なども対象となります。地域ごとに需要が異なるため、各ギルドで依頼リストが発行されております。オルセイの依頼リストはこちらです」
ハラヨモギ:シル銅貨1枚
ヨイサマシ:シル銅貨3枚
ミツキ石:シル銀貨2枚
コモウサギ:シル銀貨1枚
:
ささっと取り出された紙に、分かるような分からないような名称が並んでいる。いや分かんないんだけど。
どうやら壁にある掲示板にも同じものが貼られているらしい。狩人はギルドを訪れる際にその地域の依頼リストを確認し、滞在中は需要のあるものを優先して採取するようだ。
それにしてもこの人、何聞いても答えてくれるな。
こういう異世界転移ものにありがちな、「何でそんな当たり前のこと聞いてくるんだコイツ」って顔を全然しない。不審がっている様子もない。質問した瞬間に答えが返ってくるから、なんかそうプログラムされてるキャラクターっぽい。だからかもしれないけど、どうもゲームしてる感覚になる。
まぁとりあえずは狩人にしとこう。というか狩人一択だし。
なまえ:キヨタジュン
せいべつ:おとこ
ねんれい:16
しごと:かりうど
うん、すごく『あたま:わるい』。
普通に書いたつもりなんだけど、結果こうなった。
漢字とか使えない仕様のようだ。
「ありがとうございます。ではキヨタジュン様、タグを発行しますのでこちらに手を当ててください」
なんかイントネーションおかしい。キヨタジュンが群馬県みたいに聞こえる。キヨタとジュンが一体化している。
でも初対面の人に名前を訂正するのって言いにくい。「イントネーションおかしいですね」って失礼な気がするし。「訛ってますね」くらいの失礼さを感じる。
迷ってるうちに、占いでも始めるのかなって感じの水晶玉が出てきたので、一旦置いといて手を当てる。なんだろうねこれ。ちょっと光ってる。説明はない。
「はい、これで登録は完了です」
そして完了したらしい。
早すぎて何をしたかも分からない。
「こちらがキヨタジュン様のギルドタグになります。紛失や盗難にはお気をつけください」
「ありがとうございます。……盗難?」
「他人のタグは使えませんが、再発行は手数料が割高なので」
そうだった、金かかるんだった。
でもなんで他人のタグは使えないんだろう。
「掌紋を登録しているので、他人のタグを掴むと赤くなります。赤くなったタグは自分のものとして認められませんので、落とし物を届けましたという以外はお持ちにならない方がいいでしょう。ですがそれを知らない人もいますから、引ったくりやスリなどの盗難に遭う方も一定数いらっしゃいます」
ついに質問してないのに答えてくれるようになった。すごいなこの人。
タグはパッと見なんかの金属製だから、貴金属だと思って売っぱらおうとするヤツもいるらしい。盗んだヤツが掴んだら赤くなるので、赤いタグが換金所に持ち込まれることもあるそうだ。
じゃあ素手で掴まなければいいじゃんと思うけど、ギルドタグを身分証として使う際には手袋などをしていると無効になるので、必ず素手で掴む必要があるという。自分のタグですよ、という証明のためらしい。理にかなっている。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。またのご利用をお待ちしております」
最後まで笑顔で送り出してくれた受付の人はプロ意識の塊だった。
あまりにスムーズな接客に、深夜のコンビニ店員のやる気のなさを思い出してしまう。あれはあれで自分がやるなら楽そうだなぁと思ってたけど、客からしてみたら愛想はいい方がいいね。
愛想がよすぎると気後れするけど。
気後れしちゃって今夜の宿のこととか聞けなかったけど。
「どうしようかな…」
「なにかお困りかな? 顔のいいそこの君」
「!」
独り言に返事されるとビビるよね。
急に横から声をかけられて、ビックリして通りの真ん中で立ち止まってしまった。通行人の邪魔になってしまった。恥ずかしい。
しかしギルドを出て数歩しか進んでないのに、もう次のエンカウントらしい。
「えーと、あなたは…」
「これは失敬。私はオルセイ騎士団の者だ。困っている人を見つけたら手助けするのが仕事でね」
素晴らしい仕事である。
そして仕事を騎士にしなくて良かったと心から思った。見るからにムキムキマッチョだし、門番と同じ甲冑を着てる。これだけで俺には無理だ。まともに歩けそうな気がしない。
歯のCMに出てきそうな爽やかな笑顔で、自信満々なんだなって感じに胸を張って立ってる。この人が騎士のスタンダードなタイプなら、もう俺とは別の生き物と言わざるをえない。
「あ、俺は、えーと旅人です」
「そのようだね。この辺りでは見ない顔だし、見慣れない出で立ちだ」
そうだろうなと思う。
俺もここまで来るのに学生服の人は見かけてない。
「それで何を困っていたんだい?」
「はい、あの、今日どこに泊まろうかなって」
「なるほど、宿を決めかねていたのだね?」
「えーと、はい」
決めかねていたのは間違いない。
決めるための金が無いので。
あとどの建物が宿なのかも分からない。
「ふむ。もし良ければ騎士団の宿舎に案内しよう」
いや何でだよ。
そんな明らかに余所者を入れちゃマズい場所に、初対面の旅人を何で案内しようと思ったんだよ。親切も過ぎると怖いよ。
「え、いやあの、俺あんま金持ってなくて」
「金など不要だとも! 困っている人を助けるのは騎士の務めだからね」
となると彼は毎日、宿無しの人間を集めて回ってるのだろうか。騎士という仕事について疑問が尽きない。
でもまぁ助かるのは確かなので甘えておこう。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「うむ! ついて来たまえ」
うむ!って口で言う人、初めて見た。
大股でのっしのっし歩く人も初めて見た。これは甲冑が歩きづらいせいかもしれないけど。
「あれが名物オルセイドーナツの店だ。最近は若い婦女子に人気が出たせいか、女性向けに改装したらしい。そのせいで男連中が入りづらくなってしまったと嘆いている」
「なるほど…いい匂いですね」
「あそこに見えるのがラーダオットの石像だ。威風堂々たる姿だろう。初めて訪れる旅人はあれを見物する者が多いな。噴水広場にいる絵描きにシル銀貨3枚で記念画を描いてもらえるぞ」
「なるほど…記念撮影ですね」
「あの門の向こうは歓楽街だな。子供は入れないが、日が暮れると表通りは店仕舞いするから、独り者なんかはあそこで夕飯をとるヤツが多いな。なかなか美味い飲み屋があるから、一度行ってみるといいだろう。だがスリには気をつけろよ」
「なるほど…大人の街ですね」
「ああ、この鐘の音は夕暮れの合図だ。そろそろ表通りの店仕舞が始まる。次の鐘の音が鳴ると夜だから、外門が閉じる。許可証がある者以外は出入りできなくなるからな、最終馬車が出る合図でもある」
「なるほど…分かりやすいですね」
色々教えてもらいながら街を眺める。
騎士は観光ガイドもするようだ。思ったより仕事内容が多岐にわたっている。街の治安維持と人助けと観光ガイドを一手に担うなんて、負担が大きすぎやしないだろうか。それに旅人ごとにガイドをつけるとなると、かなりの数が必要な気がする。
まぁ商人なら何度も来たことがあってガイド不要ということもありうる。狩人や研究者もあんまり観光とかしなさそうだ。となると意外とガイドの仕事は少ないのかもしれない。だからこんなに丁寧に案内してくれるのか。
「ここがオルセイ騎士団の宿舎だ!」
「なるほど…大きいですね」
すっかり暗くなった頃、ようやく騎士団の宿舎に到着した。見上げるほどの高さがある鉄門の向こうに、学校の校舎くらいの大きさの建物がいくつも並んでいる。
何度か通った道の先だったし、遠目からも見えていたから、まっすぐ連れてきたとはとても思えない。どうやら観光案内を優先したようだ。別にいいけど、先に言ってほしかった。
「外周警備や魔獣討伐で出払っている連中も合わせると二百人近くになるからな。これくらいの規模がないと収容できんのだ」
そんなに大所帯だったとは驚きだ。
それに魔獣というワードが怖すぎる。なんか強そうだし禍々しい感じがする。そんなのと戦う人が集まっているのだから、騎士団の施設を立派にしたのも納得だ。ガイドや人助けまでしているわけだし。
しかし本当に泊めてもらえるのだろうか。外観からは敷居の高さしか感じられない。部外者お断り臭しか漂ってない。
とは言え今さらやめますとも言えないので、促されるまま見るからに頑丈そうな門へ向かうと、門番らしい騎士が二人寄ってきた。
「おい、どうした」
「うむ、旅人だが今夜の寝床に困っていたのでな、連れてきた!」
「いや勝手に何言ってるんだ。しかも旅人って」
「許可されるわけないだろう」
うん、やっぱそんな簡単に余所者を泊まらせていい施設じゃないっぽい。
なんとなくそんな気がしてた。ここまで連れてきてもらってなんだけど、この騎士にはちょっと不安を感じてた。
でもどうしようか。さっき二回目の鐘が鳴ったし、もうすっかり暗くなってる。今から宿を探すとか辛い。あちこち連れ回されて体力も限界だ。どこでもいいから一晩だけベッドかソファを貸してもらえないだろうか。最悪、馬小屋とかでもいい。
「落ち着け。よく見てみろ」
「……なるほど、顔がいいな」
「本当だ。よし、入れよ」
いやいやいやいやいやいや、またかよ!
もう何なんだよ! ちょっとなんか引くよもう! いっそ怖いよこの世界!
顔がいいことがすべてに優る感じになっちゃってんじゃん!
「普段は余所者を入れんからな、あまり期待はしないでくれ」
「飯も悪くはないが、街で食った方が美味いな」
「量だけはあるぞ。そこは心配するな」
「風呂はなかなかだ。広いし、いつでも入れる」
「客室なんてものは無いからな。空室に案内しよう。新しいシーツに替えれば気にならんだろう」
すごい至れり尽くせりだな!
タダで泊めてもらおうってのに、これ以上ないくらい良くしてもらっちゃってるじゃん! 期待以上だよ!
「着替えは……見習い用の在庫があったな」
「そうだな。探してみよう」
「風呂の後に着替えが無いと困るからな」
…うん、これはアレだ。俺が思うより『すきる:かおがいい』の威力がパネェわ。そもそもスキルが何なんだって話はあるけど、なんかもうそういうの全部置いといて、問題が全部解決しちゃってるわ。
これだけで生きていけそうな感じがするわ。
異世界に転移して一日目。
なんとかなりそうです。