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白か黒か白と黒か  作者: 丑十八 higure
一章 動き始めた歯車のネ
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(漆)校則①「廊下を光速で走ってはいけない」

「いってきま~すっ!」

 そう言って〔BLACK & WHITE〕とあるガラス戸を押し開けると、フロアでテーブルを拭いていた私の双子の兄でありこの店の主人である日暮無我夜が「いってらっしゃい」と返してくれる。いつもこの時間にはここに居る常連客のルナくんも「い、いってらっしゃいませ~!」と送り出してくれた。このコーヒーの良い香りとは一旦おさらばか、と名残惜しみつつ、私はガラス戸を閉めて道へ駆け出した。

 この間魔力を使い過ぎたので、あまり魔力を使った光速移動はできそうに無い。ただの駆け足で、私は私の職場へと向かった。道中、流れる景色を後目に眺めながら、本日の授業について想起・確認していた。

 私、日暮輝は魔法学園で勤めている教諭だ。担当教科は主に中等部の保健体育。数週間後に陸上大会が控えているので、最近は大分忙しい。生徒のクラス全員リレーの後に行う教員全員リレーではアンカーを務めさせていただくことになっているので、その練習もしなくてはいけない。

「よぉーし、今日も頑張るぞぉ!」

 両頬を掌で軽く叩いて、更に速く駆け出した。


「おはようございます!」

 学園に近くなると、生徒達からの挨拶の声が幾つも届く。そのどれにも明るく「おはよーっ!」と返すのが、毎朝の楽しみだ。何とか職員会議の前までに学園に到着することができる。途中、遅れそうだったので魔力を使用してしまったが、まあきっと大丈夫だろう。我々守り人は魔力を使うことで世界へ魔力を散布しているので、少し考えながら魔法を発生させなくてはならない。

 そのため、私達には世界の魔力バランスを表す時計型の魔力濃度計が必需品だ。時計の機構も組み込まれた多機能な便利品だが、ちらりと目を落とすと若干焱・光に五角形が寄っている。あちゃーっ、少し使い過ぎてたか……。

「──先生。日暮先生っ」

「あっ、は、はいっ!」

 いつの間にか校門前に着いていたようで、目の前には私より遥かに背が高く痩身の女性が立っていた。年齢も高い。生活指導担当の淀先生だ。

「おはようございます」

「あっ、おはようございまぁーすっ!」

 私が元気に明るく返すと、淀先生はにんまりと笑った。普段、威厳を放ち仁王立ちしている彼女だが、気持ち良く挨拶されるとこの調子だ。少し可愛い。

「日暮先生、どうかされましたか。朝からボーッとされていましたけれど。あまりご無理なさらず」

「い、いえいえっ! 全然大丈夫です。淀先生こそご無理なさらず〜っ! それじゃあ私は先に失礼します」

「ええ、今日もよろしくお願いします」

 背後の淀先生の声に「は〜い!」と返し、私は校内へ向かった。

 職員室に到着するまで、今日の授業について確認しよう。今日は魔力についての授業を行うつもりだ。この学園は魔法学園。特に魔法の教育に特化している。そのため保健体育での魔力や魔法の知識的理解の他に、国語科等と並んで魔法科という授業が存在する。専門でないのでよくは知らないが、どうやらそちらでは実際に魔法を扱う実技訓練も行うらしい。

 職員室に入るとコーヒーの匂いが直ぐに香る。いつ嗅いでも良い匂いではあるが、矢張りお兄ちゃんのコーヒーとは比べ物にならない。

「おはようございます〜」

 他先生に挨拶しながら向かったデスクは物が乱雑に置かれていて、付近の馴染みある先生からは「物置」と揶揄されている。私は生徒に言う側だが、その私こそが整理整頓できていない。生徒の皆は偉い。ロッカーは殆ど片付いているし、引き出しも綺麗。偶に片付けが苦手なのであろうぐちゃぐちゃなロッカーを見ると、教師ながら迚も共感を覚える。

 少しして淀先生が戻ってくると、職員会議が始まった。毎朝、入念に今日の流れを確認するが、今日は特にこれと言った行事が無いので意外と直ぐに終わった。

「日暮先生の授業、朝一番からあるんでしたか。大変ですね」

 隣席の淀先生が話し掛けてくれたので頷く。ちらっと書類の束から向こう側を覗いてみると、彼女のデスクは驚くほど物が少なくてすっきりしていた。

「淀先生の国語の授業はどうなんですか?」

「一時間目はどこのクラスもありません。まあ、二時間目から二〜六組までのクラスでありますが」

「わあ、大変だ……。五教科担当の先生は大変ですよね、一週間の授業数が私の保体とは比べ物にならない……」

 淀先生は軽く微笑み「いえいえ」と謙遜する。私は同時に立ち上がって、必要なキャップ型のコーンやゼッケン等が入っている籠を持った。乱雑に入っているが、ある場所はちゃんと分かる。

「それでは、私は行きますね! 淀先生も頑張って!」

「日暮先生もですよ。いってらっしゃいませ」

 背後の淀先生のよく通る声に背を押されながら、私は急いで教室へ向かった。


 始業のチャイムが鳴ると、何も言わずとも生徒自ら号令を掛けてくれる。皆の視線が私に集まるのを感じ、次の礼で一緒に礼をした。

「よろしくお願いしま〜す! さあ、ということで。ここのクラスは一時間目から保体なんだよね、大変だけど頑張ろーっ! 今日は保健科の方の内容ですが、やることは体育科になります。どういうことか、と言いますと」

 振り返って黒板に向かう。結構高めの位置に黒板があったので、徐ろに黒板の高さを下げた。調節可能なタイプの黒板は本当に助かる。

 チョークが黒板を滑る音。緑の上に目立つ白で文字が紡がれる音や感触が、私は大好きだ。まあ、私は主に体育の授業を行うので、教室でこうやって黒板に書くといったことも殆ど無いんだけど。

「今日やるのはこれです、魔力について〜! まあ、前回の続きです。前回は何をしたんだっけ、飯田くん!」

 普段からふざけがちな子を指名してみると、案の定体を跳ねさせてから考え始める。

「えーっと、魔力臓について……?」

「そ! 少し前の保健の授業から時間が空いちゃったから、段々思い出していこうね〜。前回は魔力保有者の心臓の横にある、魔力臓という臓器について勉強したね。じゃあ飯田くんの後ろの石川くん、魔力の属性を全部言ってみようか」

 彼はいつも真面目だ。真摯にノートを取っている姿が強く印象に残っている。まあ、体育は少し苦手みたいだけど、頑張りは私も認めて評価している。

「無、焱、湖、森、光、闇の六種類です」

「正解~! 魔力保有者のうち、無属性の魔力保有者が最も多く、闇属性の魔力保有者が一番少ないんだったね。因みに、魔力保有者と魔力非保有者では前者の方が圧倒的に多いのは事実ですが、魔力非保有者でも何も可笑しくないからね! それはその人の個性ですから。社会の授業でこれからやるかもしれないけど、昔は魔力非保有者への激しい差別、いわゆる魔法主義が世界的に問題になっててね、最近になって多様化の社会になってきて、その文化も収まってきたんだよ。……って、これ何の授業だっけ!?」

 教室中から控えめながらも笑いが起こる。私も恥ずかしくて笑った。

「ごめんごめん、話を戻そう」

 こほん、と咳払いをして、再度話し出した。

「無属性魔力以外の属性の魔力には、それぞれ特徴的な状態変化があったよね。前回の授業でノートに纏めたから、あとでちゃんと確認しておくように。大切だぞ~! ところで金田ちゃん、前回ここも重要なところだと伝えたと思うけど、魔力保有者の体内にある魔力は固体・液体・気体のうちのどれでしょう?」

 彼女は急に名指されて驚きのあまり笑い、分からないようで周囲の席に手あたり次第に声を掛けた。ようやく答えを聞き出せたようで、彼女は不安がりながらも元気に答える。

「固体です!」

「金田ちゃん、残念っ! 体内に存在する魔力は通常液体で、心臓から送り出される血液に混じって全身を循環しています。体内の魔力量が減り過ぎても最終的に命に係わるけど、増加し過ぎても危ないんだったね。魔力暴走を起こしたり、はたまた魔力爆発を起こしてしまったり……。どちらにしても、自分は勿論自分の周囲にまで危害が及んでしまう。だから、下手に魔力を増やさないこと、増加が著しい場合は何らかの形でそれを放出すること、今は魔力を減らしてくれる薬なんて物もあるからそれを処方することが重要だってところまで話して授業を終わったんだよね」

 そう確認すると教室中の生徒達が頷いたのでホッと胸を撫で下ろした。少し息を継いでから、今日の話を頭の中に思い浮かべる。

「そこで、今日の授業は……運動します! 陸上大会も控えているので、みんなで走ろ~っ!」

 教室中から上がる「えぇ────っ‼」という声。飯田くんが挙手をして一際目立つ声を上げる。

「先生ー! 今の話の流れから、どうして走ることになっちゃうんですかー!」

「良い質問だね、飯田くん。じゃあ質問です。魔力が欠乏したときに激しい動悸や過呼吸等の症状が出ることも前回言ったけど、それは何故だと思う?」

 みんなが首を傾げて考え始めたので、教室内は比較的に静かだ。それにしても、この子達は素晴らしく素直だ。教師という私の立場からすると万々歳なのだが、一人の人間として考えると、この子達は酷く素直だと思う。本当に良くも悪くも、従順な子達だ。

 それにしても、少し質問が難しかったろうか。応用的な知識を試すような質問は、まだ十代中頃のこの子達にとって、即興で回答できるようなものではなかったのだろうか……ちょっと悪いことをしてしまった、と息を吸った瞬間、他の場所からも息を吸う微かな音が鼓膜を掠めた。

「……血液を逸早く循環させて全身に魔力を届けようとするため……とか?」

 教室中の視線が一点に集中した。当然、私も含め。

「石川くん……大正解ッ、だよ~ッ! 凄いね、石川くん。そうなの! 魔力は血中に含まれているよね。だから、血液の循環速度が上がれば魔力も全身の細胞に行き届きやすい、ということ。魔力は多過ぎても少な過ぎてもダメって話をしたよね。多少放出しておかないと、非常に危険なの。そこで、運動。走ると息が切れるし、動悸も激しくなるよね。だから、それを利用する。今から外に行って運動します。そして終わったあとに、魔力判別法ということをします。ニュースを見てたら出てきてね。それは生来の魔力量で結果が変わるので、自分の限界を知るには良い方法だと思ってね。それじゃあ外に行こう。……あぁ、言い忘れていたけど、走るって言っても、これからやるのは、なんと鬼ごっこです! みんな、楽しんでいこーっ!」

 最後の一言で一気に盛り上がる教室を背に、一足先に外へと駆け出した。


「失礼します」

 鬼ごっこも無事に終わり、職員室で掻いた汗を拭って息を整えていた。流石に何回も連続して鬼ごっこの授業を行うと体力をかなり消耗する。そろそろお昼だ、お腹が減ったなぁ……と考えていた中、職員室の扉が開いた音がして振り返ると、視線がそこに辿り着く前に良く見知ったその声が鼓膜を打った。

「日暮輝に用があって訪ねたのですが、輝は居ますか」

「お兄ちゃんっ!?」

 反射でその場に立ち上がると、怪訝そうにお兄ちゃんを見ていた周囲の先生が今度は意外そうに私を見てきた。

「日暮先生、御兄様がいらっしゃったんですね」

「え、えぇ……。お、お兄ちゃん、急にどうしたの」

 私の姿を見つけてすたすた寄ってきたお兄ちゃんの手には私が普段持ってくるお弁当箱を持っていた。

「忘れ物だ、気付いて良かったよ。そろそろ昼休憩だったんだろう?」

「うん、そうなの。お兄ちゃん、ありがとう!」

 周囲の先生が物珍しく私とお兄ちゃんを見ているのを強く感じた。主に顔、髪、そして体格(主に背丈)が見られているように感じる。確かに私とお兄ちゃんは双子なので顔はどことなく似ているし、髪型なんか、特に脳天の二束のアホ毛は瓜二つだ。そして、同じ遺伝子で形作られたはずなのに、何故か、何故か! 私とお兄ちゃんの背丈は似ても似つかないのだ。何故か分からないけど。私だって、お兄ちゃんまでは行かなくてももう少し良いスタイルが欲しかったなぁ……。

「なあ、輝。どうせ学校に来たんだ。可能なら見学していきたいんだが、大丈夫か?」

「……あ、あぁ、多分大丈夫だと思う。校長先生から許可貰って、見学者の札を貰ってね。お弁当、ホントありがとね!」

 お兄ちゃんは微かに微笑んでくれる。きっと、私以外には見せない微笑。その表情を見る度に、私は胸が苦しくなるのを感じる。その微笑は穏やかな感情だけで形成されていず、暗く深い深海のような、遠く永久な銀河のような、濃密で凝縮された強烈な闇の感情が多分に、正の感情の裏に隠されている。その微笑は、あのときのもの──。

「──輝、どうかしたか」

「あっ! あぁ……ごめん。私は何でもないよ、考え事してただけ。お兄ちゃんこそどうかした?」

「若しも暇だったらで良いんだが、校内を案内してくれないか? お前がどういうところで働いているのか、いつも気になっていたんでな」

 お兄ちゃんの嬉しい提案に、私は素直に頷いた。だが、八ッとして思い直す。

「あっ、でも……ちょっとお腹空いちゃったな。お兄ちゃんの御弁当、早く食べたいや。お弁当食べてからで良いかな?」

 私が言うと、お兄ちゃんは少し苦笑が混じった笑みを漏らした。

「俺は構わない、悪いな。その間に、俺は校長先生の所を訪ねてくるとするか。ゆっくり食べてくれよ」

「うん、美味しく頂くね! じゃあまたね~っ!」

 手の甲で一旦の別れを告げるお兄ちゃんの去り行く背中は大きく、そして暗かった。

「私が守らなくちゃ……お兄ちゃん」

 あの日、私は誓った。世界に、運命に、そして自分に。兄を守ること。それが私の生きる意味である、と。

「日暮先生、御兄様と凄く仲がよろしいのですね。何だか微笑ましいです」

 隣席の淀先生は、頬を綻ばせながらそう言った。言われた私は、彼女ににこやかに笑いを返す。

「えぇ、そりゃあ、とっても。私と兄は決して目に見えず且つ切り離せない何かで、常に繋がっているんですよ?」

 蓋を開いたお弁当箱を目の前にして手を合わせてから食べ始めた私の横顔を、一筋の視線が貫いているような感じが確かな実感となって存在していた。

 いつも明るい光。常に笑っていて、その眩しい笑顔は他人を安易に笑顔にする力を持っている。ならば、そんな彼女の双子の兄、日暮無我夜は? 顔は雰囲気の大きく異なるものの同質、背丈や持っている印象は真逆の彼。どこか影の差す彼の表情。彼は、普段は何を考え、何をしているのだろうか。


 次回「無情の悪魔、闇の中。」

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