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白か黒か白と黒か  作者: 丑十八 higure
一章 動き始めた歯車のネ
2/16

(二)五人の悪魔、集合す。

 ──遠い意識の中で、誰かが呼ぶ声がする。

 昔から聞き慣れた声。私の名前を呼び慣れた声。

 待って、行かないで。嫌だよ。お兄ちゃん……。


「輝、起きろー。早く起きないと、先に行くぞー」

「──待って!」

 大量のぬいぐるみに囲まれたふかふかの白いベッドの上で、輝は勢い良く起き上がった。寝癖でボサボサの金髪が、その所為で余計に乱れてしまった。

「おっ、ようやく起きたか。おはよう、輝」

 息を切らす輝の頭を撫でながら、無我夜は微笑んだ。彼女は彼の顔と前方を交互に見ながら、未だきょとんとした面持ちだった。

「昨夜言ったろう? 今日はマールムへ向かうんだ。月初めの一日だからな」

 若干のタイムラグがあって、輝の顔はハッとする。急いでベッドを降りダイニングに向かおうとする彼女を制止し、水の入ったガラスのコップを差し出した。

「ほら、取り敢えず飲みながら聞いてくれ。飯は学習机に置いてあるが、先に着替え諸々準備をしてくれ。準備が終わって出掛けられる状態になったら、飯を食いながら出発するぞ。何せ時間がまずいんだ」

 片手で水を威勢良く飲みながら携帯で時刻を確認すると、そこには〔8:49〕と浮かんでいた。確か、集合時間は九時。つまり、残り約十分ということになる。

「……やばい。ごめん、お兄ちゃん、私の所為で」

 申し訳無さそうにする輝だったが、既に無我夜はその様子を見ていない。戸の方に向かいつつも返答した。

「謝らなくて良い、多少遅刻しても大丈夫だろう。恐らく『ヤツ』も、こうなることは想定できるだろうからな。俺は先に玄関で待ってるぞ、なるべく急いで来るように」

「は〜い!」

 輝の返答を聞くか聞かずか、無我夜は戸から出ていった。輝は二回顔を挟むように頬を打つと、さっさとよれたパジャマを脱いで着替えを開始した。


 外気は既に太陽放射により適度に暖まっていた。青い空に浮かぶ白い雲は、絶えず形を変えて穏やかに流れている。

「私、走っていくね!」

 だが、地上では。輝が我慢できないように脚を交互に上げている。それに無我夜は頷いた。

「分かった、俺も後から追う。気をつけろよ」

 それに対して元気に頷くと、輝の姿はほんの刹那、瞬きの間くらいで消え去った。次には凄い衝撃と風が巻き起こり、残された無我夜であっても少々揺らいだ。

「急ぐか……」

 時間を確認している時間も惜しいが、恐らくは九時まで五分を切っている。輝の光属性魔力を使用した光速での移動ならば余裕も良いところだろうが、無我夜にはそれはできない。つまり、無我夜には走る以外の道は残されていないのだった。

 流れる街並み。定期的にビルが現れるものの、その他の建造物は意外と低い。世界の中心、世界の心臓、世界の脳とも呼べるここ、サピエンティアの中央、華街にしては、些か質素であった。

 その華街の更に中央に、無我夜と輝の向かうマールムはある。そこには、無我夜と輝、その他三人の主君である存在が君臨している。そう、神だ。創造神と呼ばれるこの世の全てを超越した存在。今日は、毎月一日の定期会合に、無我夜他四人が呼ばれているのであった。

 走って向かうと段々と道が広がっていき、最終的にはだだ広い正方形の広場に出る。その中央にマールムはある。

「ようやく着いた……」

 疲れた様子で目の前の巨大建造物を見上げる。四方を厳重な壁に囲まれており、壁の中に、赤黒い光沢をした六角形がある。その頂点の先それぞれに塔が立っており、その中の北の塔、一番奥の塔の中に、創造神は居座っている。

 厳つい鉄格子の門は、背丈には自信のある無我夜であっても圧倒されるほど大きい。門の脇にある黒いモニターなんて、比べたら小さな塵芥に過ぎない。

 無我夜はそのモニターに近づいていく。少し低い位置にあるそれを睨みつけるように、腰を折り曲げて瞳を見せた。すると、どこからか電子音が聞こえたかと思うと、今度は電子音声が流れ始めた。

()()()()()の誕生日は何年前の何月何日か』

「二十三年前の四月十七日」

 そう呟くと、今まで動くことを一切予感させず、通させる気等一ミクロンたりとも無かった鉄格子が、滑らかに右にスライドして開いた。

 そこで、何故か無我夜は一旦息を吐く。そして、開いた隙間を見据えると、全速力で駆け込んだ。

 華麗な身の熟しで通過しようとした途端、門が恐ろしい速度で閉まる。無我夜が敷地内に体を滑り込ませた瞬間に、おぞましい棘の付いた門は、怒鳴るような激しい金属音を立てて固く暴力的なまでに閉ざされた。

 もう一度息を吐くと、周囲から香る新鮮な花々の香りの中、少し小走りで塔の方へ向かった。


「あっ、お兄ちゃん! お疲れ様ー」

 これまた大きな木の扉を開けた先に居たのは、見慣れた金髪と、赤髪。

「何だよ、オマエにしちゃ珍しいじゃねェか」

(あかね)、まあな。どこかのどなたかが寝坊したんだ」

 俺がそう名を呼んだのは、焱焼(えんしょう)茜。左もみあげのみ黒メッシュを入れて結んでいる点が特徴だが、その他にも桁外れた容姿と声から、虜になる人間が多く存在する。着用している服は首元や袖、裾等に茶系のファーがあしらってある代物で、職業柄流石のファッションセンスだという感じだった。

「ごめんって、お兄ちゃ〜ん!」

「今日は玉子サンドは出さないからな」

「そんなッ!」

 俺と輝の息がぴったり合った掛け合いに、茜は笑いを微かに吹き零した。二人分の視線が集まると、彼は爽やかに歯を見せて微笑んだ。

「イヤ、悪ィ悪ィ。ホント、仲良いなァッて思ってよォ」

 俺も輝も、茜の顔から一切目を離さない。いや、離せないと言うべきか。段々と不安に駆られて「な、何だよォ」と訊いてくると、俺はボソッと答えてやった。

「お前、アイドルスマイルはずるいぞ」

 眉間を寄せて怪訝そうに「ハァ?」と訊く彼は、ソロアイドル・A-Kane(アカネ)として普段は活動をしている、今や超有名人だ。ファンを狂喜乱舞に陥らせ虜にするその超越的な笑顔は、直接見てしまうと、例え俺であっても目を離せなくなるほどだ。

 そこに、扉が勢い良く開く音が響いたと同時に、間延びする声が聞こえた。

「みんな、おはよぉ〜!」

 その後方から、ドタドタと疎らな足音が近づいてきて、先に現れた青髪の背後に緑髪が顔を出す。

「はぁ、はぁ……そ、(そう)、急に走り出さないで」

「あっ、ごめんねぇ花林(かりん)〜! お姫様抱っこして走れば良かったかぁ……」

 先ず、先に現れた青髪。長い髪をポニーテールにして、右もみあげを細く結っているのは滝水(たきみず)蒼。

 そして、後から息を切らして登場したロングの緑髪は森草木(しんそうもく)花林だ。両名、左手の薬指には同じ指輪を嵌めている。

「やっぱりオマエが一番遅かったなァ、蒼」

 茜が言うと、蒼は些か大袈裟に驚いて見せた。

「えッ、ボクなのぉ!? 花林の方が遅かったのにぃ?」

 そこに輝が楽しそうに噛み付く。

「花林ちゃんは、蒼を起こしたりご飯をつくったりしていたから遅れたんだよねー?」

「どこかの誰かみたいに」

 ボソッと付け加えられた言葉は無視されて、花林は息が整ったようだ。普段どおりの凛とした良い姿勢で腕を組み、苦笑しつつ頷いた。

「輝ちゃん、御名答。朝から凄く多忙な一日ね、休日くらい休ませてほしいものだわ。まあ、うちの花屋は年中暇なのだけれど」

「ボクも、今の時期は海に行く人なんて居ないから、基本的に凄く暇でさぁ。来てくれるのはサーファーサンくらいだよぉ」

 二人はそれぞれ花屋と海用品店を個人で営んでおり、その店舗は隣接して並んでいる。二階は繋がっており、二人は同じスペースに居住している。

「ソレにしても、呼び出してきたヤツが来ねェじゃねェか」

「いつもこの部屋に引き篭って、あのちょっとだけ高くなってる所にある椅子に座ってるのにねぇ。何かちょっと珍しいかもぉ?」

 俺達は皆揃って大扉を見つめる。微塵も動く気配を感じられなかったので、各々息を吐いて、携帯していた武器を点検し始めた。

 重い大剣の質量を思わせないほど軽々とそれを担ぐ茜。

 重心を崩しそうなほどに広い刃が付いたハルバート二本をバランスを崩さず背負う蒼。

 左手の甲に簡単に我が身を傷付けそうな長両刃を括った花林。

 右腕に、華奢な体に似合わぬ、内側が太刀の鞘である円形の盾をした輝。

 そして、計四本の短剣・二対の双剣を携えた俺。

 そんな五人が集まるこの場の様子は、思い直せば途轍も無く異常で、一般人にでも見られたら、世界保護団に通報されてしまいそうな凶器を所有する危険人物であると言えた。

 俺達には、アイドルや経営者という表の面とは違う、裏の面が存在するのであった。加えて、その裏の面が、俺達の本当の職業である。そんな俺達は一見何の変哲も無いのだが、注意深く観察すると、どこか影の差す表情が露呈することがままあった。自分のことは分からないが、きっと俺もそうだろう。

 少々時が経ったか。適当な雑談を交わしながら武器を眺めたり部屋を眺めていると、大扉が開く音がした。途端、俺達は即座に振り返り、開いた先に立っているモノクルの男を睨む。

「随分と遅かったな、創造神。こんな時間まで何をやっていた」

 余裕のある奇妙な微笑をしながら一直線に、数段高くなった高台にある椅子へ向かう男。髪は深い藍色で、黒いハットに燕尾服という格好が少し浮いている。何しろ右目にモノクルをしている点が大きな特徴であろうか。

「ん〜っとねぇ、約、十四分七秒の遅刻だよぉ。ボクが、約七分三十二秒の遅刻だから、ボクの勝ちだねぇ!」

「遅刻してる時点で負けだろォ……」

 嬉しそうにピースをしてみせる蒼に茜がつっこみつつ、創造神の言葉が発せられるのを待っていた。彼は優雅に椅子に腰を掛けると、ようやく言葉を発した。

「すみませんでした」

 羨ましいほどに綺麗なフォームで謝罪した創造神に、輝は指でカメラをつくって魔力を駆使しつつフラッシュを再現した。

「創造神さん、何故、こんな大遅刻をしてしまったのでしょうか!?」

「謝って済むと思ってるんですか、弁明をお願いします」

 輝のノリに俺も棒読みながら参加する。創造神は顔を上げると、目に見えて分かる苦笑をして話し出した。

「これは言い訳になりますが、どうしても今回分の任務が纏め終わらなくて。ギリギリまで粘って選考していたので、印刷が間に合わなかった、というのが今回の遅刻の主な理由です」

 事情を聞くと、五人全員がその理由を認めたようで「成程」と首を縦に振った。

「随分と忙しかったのね、貴方も。御疲れ様、とでも言っておこうかしら」

 創造神は再度、礼をしてみせた。俺は堪え切れず、驚愕したことを口に出してしまう。

「……働いてたのか。仕事、ちゃんとあったんだな」

 そんな俺に、創造神は指を差し些かむっとしたように言ってくる。

「何を仰りますか! 私だって、一応は働いていますよ。私はニートじゃありません、普通に働きます!」

「じゃあ、任務も手伝ってよ」

 輝が核心を突くと、創造神の動きがはたと止まった。急に汗を掻き始める彼はしどろもどろに口を開いた。

「いや、あのですね、それはちょっと専門外でして──なんて……あは、ははは」

 一時は感心していたものの、創造神の見え見えな苦笑と焦燥により、五人の見る目はまた白に変色した。

「まあ、そんなことはどうでも良い。早く本題を」

 うだつの上がらない会話に俺は終止符を打つため、そう急かした。創造神も同感のようで、コホンと咳払いを一つすることを返答とした。

「えー……『守り人』五名、焱の守り人・焱焼茜、湖の守り人・滝水蒼、森の守り人・森草木花林、光の守り人・日暮輝、闇の守り人・日暮無我夜、全員揃っていますね。それでは、月会合を開始します」

 そう、俺達は守り人。創造神に仕え、世界のバランスが崩れないように暗躍する悪魔。実際のところ、悪魔と比喩されるだけで事実俺達はただの人間だが。

「先月、魔力の大きな変動は無かったです。皆さんの働きの御陰ですね、有難う御座います。今月も引き続き宜しく御願いします」

 各々自信気か無関心に頷いた。創造神が流れるように続けるので、まだ俺達は黙っている。

「また、任務の方も宜しく御願いします。引き続き、ヒフキトカゲは発見し次第、迅速な駆除を宜しく御願いします。その他ですが、今月は三十件の依頼が来ておりますので、どうぞ、この紙を。緊急性の高い任務は上部に纏めておきましたので、御確認ください。読み上げます」

 先頭に居た俺に渡った紙束を他の四人に見せる。紙面にはずらーっと上から任務の数々が連なっていた。

「先ず第一に〔神隠しバーの捜査任務〕を、できれば今直ぐにでも御願いしたいです。詳細ですが、華街周辺の路地裏いわゆる雑草街に、何故か訪れた客が忽然と姿を消すバーがあるそうです。実際に行方不明者届も提出されていますので、恐らくはかなり危険な捜査になります。ですので、貴方方にはこの事件に関して重篤な危害を受けるまたは受けかける等した際に、原因を排除する権利を与えます。予定が空いているのでしたら今直ぐ赴いていただきたいのですが」

 長々とした説明に、蒼は途中首を傾げながらきょとんとしていたが、最終的には皆の意見は同じようだ。

「了解、俺は直ぐ向かえる。お前等、空いてるか」

 振り向いて確認すると、各々大きさや感じは違えど頷いていた。俺は口角が上がる。

「……だそうだ」

 また向き直ると、そこには微笑んだ創造神が居た。少し不気味な笑みに肝が冷える。

「素晴らしい。それでは守り人五名の〔神隠しバーの捜査任務〕の受注を承認致します。皆さん、どうぞいってらっしゃいませ」

 微笑に呼応して、こちらも余裕の微笑で応えた。大扉は開かれた。蝶番が軋む音は、微かに緊張と期待を催した。

 五人の守り人、いざ任務へ。神の命を受け、悪魔達は世界へ向かう。目指すは夜の街、噂の『神隠しバー』へ。


 次回「悪魔ノ御仕事」

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