突然の悲しみ
眩しい朝日がカーテンの隙間から注いでも起きたくない。
昨日は全然眠れなかった。利香さんと喧嘩してアパートを出て、路駐していた車の中で色々考えていた。どうやって謝ろうか……そんな時、後藤さんがアパートの階段を登って行くのが見えた。そのまま利香さんの部屋へと入って行く。どうして、後藤さんが?
しばらく待ってみたが、なかなか出て来ない。結局僕は車を走らせて帰った。
布団を首まで剥いで、天井をぼーっと見ていた。
後藤さんが何で利香さんのアパートに?
二人は何をしていた?
頭がぐるぐるして吐きそうだ。そんな時、利香さんからラインが来る。
「昨日はごめんなさい。今日夕方会える?」
「うん、配達終わったら行くよ」
昨日の事を聞こうかどうしようか。そんな事を思いながらベッドから這い出て、配達へと出かけた。
軽トラックのハンドルを握る。アパートに近付くにつれ鼓動が早くなり口元が緩む。昨日の夜、あんな事があったくせに利香さんに会えるのに舞い上がっている自分がいる。
もしかしたら別れを告げられるかもしれないのに……。
深呼吸を大きく吐いて、ドアチャイムを押した。
利香さんが笑顔でドアを開け、中へと入った。
僕はドキドキしながら利香さんからの言葉を待つ。やっぱり後藤さんが好きだから別れたい、なんて言われないか。怖くて利香さんの顔もまともに見れない。
「昨日はごめんなさい。娘と喧嘩してちょっとイライラしていて……」
利香さんが頭を下げている。昨日のは僕が勝手に怒って出て行ったのに。そんな顔しないで。僕が悪いみたいじゃないか。
「僕もごめん。ただ僕の事ちゃんと好きかどうか知りたかっただけだから」
「隼人くん好き、ちゃんと好きだよ」
胸が一瞬でドクンと早くなって、思わず強く彼女を抱き締めていた。昨日二人がどうなったかなんて関係なくて、好きって言ってくれたのが嬉しい。僕の事をちゃんと好きでいてくれた、それがとてつも無く嬉しい。
「僕も好きだよ。ずっと一緒に居たい」
深く頷いた彼女の頬はピンク色で可愛い。その頬を両手で包み込んでキスを落とした。何度も繰り返したが、彼女は拒む事なく受け止めてくれた。「彼女を誰にも渡したくない」昨日の事が脳裏から離れないまま、そう思った。
それから数ヶ月、僕たちは何事もなく、幸せに過ごしていたと思う。ずっとあの事が聞けないままだったけれど。
時々喧嘩もしたが、それでも上手くいっていたと思っていたのに……そう思っていたのは僕だけだった。
「別れたい」
突然、電話でそう告げられた。訳が分からなかった。
「え?!ど、どうして?」
「ごめんね……」
利香さんはそれだけ言うとプツンと電話を切った。その後、すぐにかけ直しても出てくれないし、ラインをしても返信が来る事は無かった。
どうして?どうして?!
僕が何か変な事言っただろうか。嫌われる事をしてしまったのだろうか。全然分からない、分からない!!
僕は一気に絶望の淵へと落とされた。
次の日の朝、眠れなかった頭のままパン屋へと車を走らせていた。利香さんに会って理由をちゃんと聞きたかったから。このままじゃ納得がいかない。
近くになると、利香さんのパート仲間の美沙さんが歩いているのを見つけた。
「美沙さん!」
「あ、隼人くん?」
窓を開けて車を道路脇へと停めた。
「あ、あの、利香さん最近何か悩んでる事無かったかな?」
「え?利香ちゃんが?」
「昨日突然別れようって言われて、理由が分からなくて……何か聞いてないかなって」
「あー別れる事にしたんだ」
「どう言う事?」
「私が言っちゃっていいのか分からないけど……利香ちゃん妊娠したみたいだよ」
「え?!妊娠?!」
「それでパートも辞めちゃって」
「美沙さん!ありがとう!」
僕は急いでハンドルを握って走り出した。
頭の中がパニックだった。利香さんが妊娠?そんな事一言も言わなかった。鼓動が早くて耳の奥を響かせていく。
まさか、後藤さんとの子供じゃないだろうか。あの日の夜の……そんな最悪の事も考える。
でも、それでも僕の気持ちは変わらない。
利香さんを愛している。
きっとあの日に一目惚れをしてからずっと。ずっとだ。
僕はアパートの横に車を停め、大急ぎで階段を駆け上がる。そして、利香さんの部屋のドアチャイムに手を伸ばした。