告白
「顔赤いね、大丈夫?熱でもあるんじゃない?」
隼人くんの第一声はそれだった。
彼が自分のおでこを合わせようと迫ってきたので、胸を押して必死に拒否をする。
「だ、大丈夫!大丈夫!」
もうこの人は本当に何を考えてるんだ……とため息を吐きながら納品書を受け取った。「また連絡するね」と笑った顔はまた爽やかな風だけを残していった。
厨房へと戻る事に少し戸惑ってしまう自分がいた。さっきの「今度一緒に行こう!」は何だったんだろう。突然言われてすごくびっくりした。まさか後藤さんにそんな事言われるなんて……。高鳴った胸に手のひらを当て、深呼吸をしてから厨房へと戻った。
彼は気にする事もなく、クロワッサンをくるくるしていた。三角の生地を開いている方から巻いて形を作る。
一緒にくるくるしながら、またさっきの言葉を考えている。くるくるくる……昨日の事もあるし、頭がパンクしそうになっていた。顔も熱いし、本当に風邪ひいたかもしれないな。
次の日、本当に風邪をひいた。熱もあったので、後藤さんに電話をしてパートを休んだ。娘が出て行ってから、くらくらした頭を押さえながらベッドへと入り布団を頭まで被った。目を瞑ると隼人くんの笑顔や、後藤さんの顔が頭に浮かんだ。こんなおばさんが何をしているんだろう。こんなに一生懸命に心臓を働かせて。もうどっちが好きかなんて分からない……。
しばらく寝ていたら、ピロンとスマホが鳴って目を覚ます。隼人くんからのラインだ。
「風邪大丈夫?今からお見舞いに行く」
い、今から?!え?!
髪もボサボサでノーメイクなのに?部屋も散らかっているのに?ベッドから飛び起きて、手櫛で髪を直しながら部屋を片付けているとドアチャイムが部屋に響いた。
は、早いよ!来るの!!
ドアの小さな窓からは作業服の隼人くんが見える。
仕方なくガチャッとドアを開け、部屋へと入れた。
「おじゃまします」
「来るの早い。ラインしてすぐ来たよね?」
「うん、ごめんね、心配で」
彼は少し申し訳なさそうな顔をしたが、ぶら下げていたエコバッグをドサッと机へと置いた。
「これ何?」
「お昼まだだよね?お粥作ってあげるよ」
「え、いい、いい、お腹まだ空いてないし」
「ちゃんと食べなきゃ!僕に任せて!利香さんはちゃんと寝てて」
ベッドへと戻され、ここからキッチンの方を気にしながら見る。男の人が部屋に来るなんて初めてだなぁと思いながら、また布団を被った。ドキドキしながらこの前の隼人くんとのデートを思い出していた。手を繋いできたし、ほっぺにキスされたし。簡単にそんな事が出来てしまう人なのだろうか……それとも私の事……なんて思うのは自意識過剰だろうか。そうだ、きっと勘違い。こんなおばさんを好きになるわけない。うん、そうだ……絶対違う。
「お粥出来たよ」
パッと布団を剥いで、上半身を起こすと隼人くんがお盆に乗ったお粥を持っている。優しい卵の匂いが鼻の奥を通り抜けて、お腹が空いている事に気付く。湯気がもくもく出ていてすごく美味しそう。
「ふぅふぅしようか?」
「だ、大丈夫。美味しいそう、いただきます」
そんなキラキラした目で見ないで欲しい。熱がまた上がるよ。早く食べて帰ってもらおうっと。レンゲでお粥をふわりとすくい、急いで口へと運ぶ。
「あつっ!!」
「え、大丈夫?火傷?」
顔を覗き込もうとする隼人くんから顔を背けようとした時、唇に彼のものがふわっと触れた。一瞬過ぎて何が起きたのか分からない。え?!い、今……。
「な……何す、るの?!」
「治療」
「はぁ?!」
もう頭もくらくらして、熱も上がって今にも倒れそうだ。そして、次の瞬間に彼のぬくもりにぎゅうっと抱き締められた。
「利香さん好き」
「僕と付き合って欲しい」
隼人くんの鼓動を感じる。早い振動に胸がキュンと音を立てる。こんな私の事を好きだと言ってくれるの?この人なら私の事を本当に大事にしてくれるのかもしれない。
私は腕を彼の背中へと回し、ゆっくり頷いた。
「うん……」
「え?いいの?」
「うん」
喜んだ隼人くんの顔は少し照れ臭そうで可愛いなと思う。
そんな事を思っているとまた唇と唇が触れ合った。次はもっと強引に。でもそのぬくもりから〝好き〟を感じて、体中に幸せな気持ちが広がっていく。
私と隼人くんは今日から恋人同士になったんだ。
「また連絡するね。今日はゆっくり休んでね」
「うん」
玄関のドアを開けた時、隼人くんがパンの袋を私に渡した。ドアの外に掛けてあったみたいだ。これ、まさか……。じゃあねと手を振った彼は少し寂しそうに見えた気がした。
私は袋を握り締めながら、ドアが閉まるのをボーッと眺めていた。椅子に腰掛け、袋を開けると……後藤さんのパンと小さな紙切れが一枚。
〝これ良かったら食べて。お大事に。 後藤〟
胸がチクリと痛む音が聞こえた。