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カルト8「汚泥の気持ち! の巻」

 スワンプくんは襲いかかっては来ない。しかし入り口で立ったままこちらを見ており、どいてくれる気配もなかった。

「スワンプくん、そこをどいてくれ」

「イヤムリッジョ……ダノマレデッジヨォ……ヴィヴィ……ヴォヴェウオウオ……」

 何か不安定で普通に怖いな……。

「なら力づくでもどいてもらうぞ、汚泥!」

 手袋を勢い良く外しつつ、エリスは毒手でスワンプくんに襲いかかる。しかし結果は昨日と同じで、毒は全く通用しない。なんだかよくわからない汚泥の塊であるスワンプくんに、エリスの攻撃が効いているようにも見えない。

「くっ……こんなところで!」

 このまま足止めを食らっていれば間違いなく裁人の儀式は完全に終了してしまう。祝いに来いっつっといてこんな門番で妨害してくるとは……。だがこうして対抗策を講じてくるということは、僕らの妨害によって邪神顕現が失敗する可能性があるということでもある。

「……よし、揺さぶりをかけるか」

 僕は正直フィジカルでは何にも出来ない。だけどとりあえず口だけは無駄に動く。今の不安定なスワンプくんでも言語は通じるんだから、やりようはあるハズだ。

 むしろ不安定だからこそ、スワンプくんを揺さぶることが出来る。

「ちょっと待ってくれ!」

 僕が声を張り上げると、スワンプくんもエリスも一度動きを止めた。

「わかった、僕らの負けだ。諦めようエリス」

「何を言っているんだ駆人くん、頭に何が詰まっていたらそういう発想になるんだ」

 エリスって結構酷いよな僕に。

「お手上げだよスワンプくん……強くなったな」

「ガルドッヂワガッデンジャーン! オデ、ヅヨグナッダ……ヴェリッポポヌーヴェルンビビラババボボッボボッ……ポン!」

 ポン! じゃねえわ。

「スワンプくんが合体したのは三回目だっけ? 昨日も混ざったんだろ?」

 僕の問いに、スワンプくんは小さく頷く。やはり一回り大きくなっていたのは昨日の鍋と合体したせいらしい。

「裁人の作った鍋が三つ混ざってスワンプくんがいるわけだろ……けどさ、その鍋って三つとも意思を持ってたよな」

 ……いや、意味わかんないな。何で三つとも意思を持ってたんだろ……。

「一つ目の鍋を僕らはスワンプくんと名付けたわけだけどさ……二つ目以降ってなんなんだ?」

「エ……?」

「そもそもスワンプくんって一つ目の鍋のことだろ? でも今は二つ目も三つ目も混ざってるわけだし……もう一つ目の分量よりも後から混ざった分量の方が多いと思わないか?」

「ナ、ナニガイイダイ……? ガルドッヂイミワガンネエベ? ベ……ヴェヴェヴェ……ポン!」

 ポン! じゃねえわ。

「……今のお前は、ほんとにスワンプくんと呼べるのかって話だよ」

「エ」

 ここでピタリと、スワンプくんは完全に動きを止める。微動だにしないまま僕を見つめ、そのどろどろの身体から汚泥を垂らし続ける。僕の意図に気づいたのか、エリスは固唾を呑んで見守っていた。

「なあ、お前は本当は何なんだよ。スワンプくんなのか? それとも二つ目、三つ目の鍋に宿った何かなのか、それとも全く別の何かなのか」

「ヂョッ……ガルドッヂヤメロッデ……ワラエネエベ……?」

「スワンプくんは僕のこと駆人っちとか言わないんだ、言わなかったんだよ……90年代のJPOPの歌詞でしか喋れなかったハズなんだ」

「ヂガ……ヂガ……」

「さあ答えろ、お前は誰だ!?」

「…………」

 二度目の沈黙。そしてその身体はどろどろと崩れ始めていた。意思を持った汚泥が、ただの汚泥へと戻る。何かの手違いで意思を、自我を持ってしまった汚泥がアイデンティティを揺さぶられたことで汚泥へ戻っていくのだ。

「……ポン!」

 いやポン! じゃねえわ。

 でも今のポン! を皮切りに、スワンプくんの身体が汚泥に戻る速度が一気に上がる。

「ワ、ワガ……」

 わからない。きっとそれを口にしたら最後だ。

「オデ……ワガラ……」

「スワンプくん」

 だからその口を、僕はそっと右手で塞いだ。わからないなんて言葉が、うっかり漏れ出してしまわないように。口にすれば、疑念は確信に変わってしまうかも知れないから。

「か、駆人くん……!?」

「一緒に探そうぜ」

 僕がそう告げると、スワンプくんは首を傾げる。だけど、その身体の崩壊スピードは緩む。

「スワンプくんが何者なのか……これから僕と一緒に探していけば良いじゃないか」

「イッジョニ……?」

「そうさ……。その定まらないキャラクターも、喋り方も、これから確立していけば良いんだよ……。その手助けを、僕にさせてくれよ。友達だろ?」

 汚泥で出来た、汚泥を流すだけの身体。だけどのその目から、半透明の雫がこぼれた。うわ、こいつよく見たら小さい目めっちゃあるな、全身びちょびちょじゃんか。いや元々汚泥でびちょびちょか……。

「オデ……オデイ……ゾレデモイイノガ……?」

「良いよ、汚泥で」

「オデッセイ……」

「響きだけで適当なこと言うんじゃねえよ……」

 オデッセイ……長い旅、か。案外適当でもないのかも知れない。だってこれからコイツは、長い自分探しの旅に出るんだ。

「良い名前だな。うん、オデッセイ……お前の新しい名前だよ」

「オデ、オデッセイ……オデイ……」

 スワンプくん改めオデッセイは何度もそう繰り返しながら、その場でわんわん泣き始める。僕はそんなオデッセイをしばらく見つめた後、すぐにエリスの元へ戻った。

「今の内に裁人の所へ行くぞ!」

「……君もしかして、良い話風にして汚泥を丸め込んだのか?」

「汚泥じゃない、オデッセイだ」

「う、うむ……」

 なんか思ったよりうまく行ったなとは僕も思った。





 泣きじゃくるオデッセイを放置したまま、僕とエリスは公園の奥へと進んでいく。公園内は人気がなかったが、儀式のせいか異様な空気が漂っていた。

 まるで化物の胃袋の中にいるかのような気分だ。じわじわと厭な汗が滲んでいるのがわかる。

「エリス……。一つ謝っておかないといけないことがある」

「……なんだ?」

「何だかんだ汗かいちゃってごめん。この修道服クリーニング出しとくね」

「……それは君にあげよう」

「え!? 本当!? うわああやったああああああ!」

 え!? これもらって良いの!?

「やれやれ……緊張感があるのかないのか……。駆人くんといると不思議な気分だよ」

「そうか? 正直僕はもうこれもらえるってだけで嬉しくてそれどころじゃないんだけど」

 だが無事にこの修道服を僕のものにするためにも、裁人の儀式は止めなくちゃいけない。今の会話で少し緊張がほぐれたのか、僕もエリスも走る速度を上げる。

 そして、公園の中心部へとたどり着いた。

「裁人!」

 だだっ広い公園の中心部に、裁人藍はいた。丁度そこが魔法陣の中心部になっているようで、不気味な模様が広がっており、淡い光を放っている。魔法陣の中心には邪神デル・ゲルドラが腕を組んで立っており、その隣では怪裏々がひざまずいていた。

「デル……ゲルドラ!」

 デル・ゲルドラの体長は見た感じ五メートルを超えている。その巨大な体躯で直立するその姿に、僕もエリスも恐怖を隠せない。

 圧倒的な威圧感が公園全体を包み込んでいる。これが邪神、これがデル・ゲルドラ。僕とエリスが、今から食い止めなければいけない怪物だった。

「良く来たわね。スワンプくんはどうしたの?」

「アイツは今頃自分探しの旅に出てる頃だよ」

「うっさい死ね!」

「そ、そろそろ許して……?」

 そりゃあ追撃した僕も悪かったけどさ……。

「魔女よ! もうこんなことはやめろ! 多くの人々が犠牲になるんだぞ!」

「まあ結果的にそうなるわね……。そこはまあご冥福というか」

「ふざけるな!」

 激怒したエリスが毒手を構えて裁人へ襲いかかる。しかし、今までひざまずいているだけだった怪裏々がエリスを迎え撃った。

「あーいあ!」

「眷属っ……! 良かろう、再び聖剣の錆にしてくれる!」

 今度はこの間のようなビンタではない。本気の手刀だ。エリスの薙いだ手刀が、怪裏々の細い腹部に食い込む。

「いっ……!」

「滅びよ眷属!」

 毒手が直撃すると同時に、怪裏々の身体が紫色に染まっていく。

「エリス! でも怪裏々ってこないだ抗体を生成したんじゃ……!?」

「案ずるな! 新たな毒を調合した!」

 あ、毒って言ったぞついに。

「エッ……イエエエ……ッアッ……」

 怪裏々がその場に崩れ落ち、エリスの視線が裁人へ戻る。

「頼みの眷属も聖剣の前では無力。終わりだ魔女!」

 エリスの言葉に、裁人は答えない。しかし焦っている様子もなく、ただ悠然とエリスを見ているだけだ。

「え、エリス! 後ろだ!」

 裁人が動じない。それはまだ、怪裏々がやられてなんかいなかったからだ。

 倒れてから数秒と経たない内に完全復活した怪裏々は、既に後ろからエリスへ飛びかかり始めていた。そのスピードに、エリスはもう反応し切れない。振り向いた時には既に、怪裏々はエリスの眼前まで迫ってきていた。

「しまっ――――」

 組み付かれたエリスはそのまま押し倒されて身動きが取れない。そんなエリスに、怪裏々は背中から触手を伸ばしてエリスへ伸ばす。

「やった! ついにえっちな触手だ!」

 しかし盛り上がったのも束の間。怪裏々の触手は先っぽで細い針を形成し、それを容赦なくエリスの首筋に突き刺す。

「かっ……!」

 その瞬間、もがいていたエリスの手足が力なく地面に伏す。それを確認してから、怪裏々はエリスから降りて不敵に笑みを浮かべる。

「ゲゲッ……ゲッ……」

「おい……! 何をしたんだ!? えっちなことはしないのか!?」

「ちょっとした麻酔よ。まあ毒のお返し。儀式が終わるまでそこでおとなしく見ているが良いわ谷中」

 エリスはか細いうめき声を上げるだけで、もうまともに身体を動かせない。手足は痙攣するばかりで、もう指一本エリスの思い通りに動かないのだろう。

「さて、と……非力なシスターボーイ、後はアンタだけよ」

「に、逃げろ駆人くん……っ! えっちなことがどうとかのことは不問にする……早く逃げろ!」

 ふ、不問にしてまで僕を気遣ってくれるのか……!?

「逃がすわけないでしょ! アンタにもこの結婚式を祝ってもらうわ! 死ね、駆人っ!」

「死んだら祝えないだろ!」

 僕のツッコミも虚しく、怪裏々は高速でこちらへ近づいて来る。エリスと同じように一度動きを止めてから麻痺させる気だ。

 必死で怪裏々から逃れようと走る僕だったけど、距離は縮まるばかりだ。このまま逃げ続けるわけにもいかないけど、かと言って本気の怪裏々に僕はかなわない。

「いえーーーーーーい! あーい! ううぅ~~~~いえ~~~~っ!」

 あークソめっちゃテンション高いじゃんアイツ!

 そんなことに気を取られている内に、僕の体力にも限界が訪れる。足をもつれさせてしまった僕は、その場で勢い良くうつ伏せに倒れ込んだ。

「う、うわあああああああああああ!」

「あいあいあいあいあいあいええええええええええええええええええええっお!」

 万事休すか……。そう、僕が半ば諦めた瞬間だった。

「――――っ!?」

 飛びかかる怪裏々と倒れた僕の間に、どろどろとした人影が割り込む。そして伸びた怪裏々の触手を全て掴むと、強引に振り回して地面へ叩きつけた。

「あっ……!?」

 怪裏々の悲鳴と同時に、人影が振り返る。無数の小さな目が、僕を真っ直ぐに見つめていた。

「お、お前……」

 流石にこの乱入は予測していなかったのか、裁人の表情が驚愕に歪む。

「ちょっとスワンプ! アンタ何やってんのよ!」

「違う。我が名はオデッセイ……」

 裁人の方を振り返りそいつは……オデッセイは声高に叫ぶ。

「長き旅路を行く放浪者――――そして……大岡駆人の友達だ」

 友達――――それが崩壊したアイデンティティの先に見つけた答え。

 でもお前またキャラ変わったね……?

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