カルト6「魔女を止めろ! の巻」
シスター部部室で着替えた僕は、エリスと共に聖セント女学院を出た。道行く人達が僕らをジロジロ見ているが、エリスは全く動じる様子がない。
まあ見られてるの主に僕だし。
「エリス、一つ聞いても良いか?」
「なんでも聞いてくれ」
「なんで僕の修道服だけスリット入ってんの?」
エリスの着ている修道服はスタンダードな修道服で、露出は少ない。しかし僕が手渡された修道服は何故かスカートに深めのスリットが入っており、太もも辺りから下が微妙に露出されているのだ。
「部室で話しただろう? これは魔術的な攻撃から身を護るための礼装だ。生憎私のスペアしか手元にないのでな。女性用ですまない」
「スカートなのは別に良いんだよ! 僕が問題視しているのは何故破廉恥なスリットが僕のにだけ入ってるのかってとこなんだよ!」
「……実はスリット入りは以前勢いで作ったものでな。意外と破廉恥だったのでお蔵入りさせていた」
「ぼ、僕に破廉恥を押し付けたのか……!」
ていうか全部お手製だったのか。
修道服にはちょっとした憧れがあったものの、スリット入りなら話は変わってくる。こんな破廉恥な格好では怪裏々やスワンプくんと戦うなんて出来ない。
「我慢してくれ。魔女と本格的に戦うためには普通の装備では駄目なんだ。太もも辺りから下がたまに見えているのと、服を消し飛ばされて全裸になるのとどっちがマシだと思う?」
「そりゃあ、ちょっと破廉恥でもスリット入りのがマシだけど」
「そういうことだ。それよりも急ぐぞ。視線が気になる」
あ、気にはしてたんだ……。
やや足早に僕の学校の部室棟へ向かうと、オカ研の部室から甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「エリス! 今の声は!」
「儀式を始めていたのか……! 止めるぞ!」
僕とエリスはすぐにオカ研部室へと駆け出し、そのドアを勢いよく開ける。するとそこには……
「ぼ、ボンレスハム!」
ボンレスハム! 結構デカいボンレスハムが椅子の上に鎮座している。そしてよく聞くと悲鳴は怪裏々の奇声だった。
「来たれ~~~~~~~来たれ~~~~~~~~~~~~~」
「いあえ~~~~~~~~~~~~~~~~」
「ギダレ~~~~~~~~~~~~~~~~……ヂョッ、ザバドッヂボンギジャン! ヴゲル~~~」
面白半分で陰キャに付き合って見たら思ったより相手がガチだった時の陽キャだ……。
「お、お前ら……何をする気だ!」
「あ、駆人帰ってきた! 見りゃわかるでしょ、邪神様の招来の続きよ!」
「続きって……お前魔力足りないんじゃ……」
言いかけて、僕は机の上に置かれた小瓶に目を向ける。小瓶の底にはドス黒い液体が残っており、貼られているラベルには謎の言語が書かれていた。
「……ふ、気づいたわね。魔力増強剤に!」
「魔力増強剤!?」
「あれから数日、色々試行錯誤して調合してたのよ! 今度こそ邪神様を完全に招来させるためにね!」
何てことだ……。僕が動画撮影にうつつを抜かして監視を怠っている間に、裁人はそんなものを調合していたのか……!
「ていうかどうしたのそれ? 今度はシスターボーイ?」
「そうだ。しかも破廉恥なスリットが入っている」
「何でちょっと誇らしげなのよ……」
いやなんか段々愛着沸いてきて……。
「ああもうスリットでも何でも好きなだけ入れて良いから、ほら手伝って!」
一度動きを止めてこちらへ手招きする裁人。しかしそれを遮るように、僕の前にエリスが立つ。
「悪いがそういうわけにはいかない」
「え、何が?」
「駆人くんと私は貴様を止めに来たのだ魔女よ。もうこれ以上は見過ごせない」
エリスがそう言い放った瞬間、部室全体を剣呑な空気が包み込む。怪裏々もスワンプくんも動きを止め、僕とエリスを見つめている。
「はーん……なるほど? 大方谷中に丸め込まれたってところかしら。駆人アンタ、邪神様に反旗を翻すのがどういうことかわかってる?」
まるで睨むようにして邪神様は指をこちらに向ける。よく見ると指先には怪裏々の吐瀉物がまだちょっとついていた。
「……わかってるさ、でも」
どれだけ楽しく過ごせていたってアレは邪神だ。人知を超えたあの怪物の怒りを買えば、どうなるのか本当にわからない。
だけどそれでも、裁人はこの短い人生の中でやっと見つけた友達の一人だ。そいつが間違えてるってなら、僕は止めたい、正したい。
「それでも僕は、お前を止める!」
「怪裏々!」
裁人が叫んだ瞬間、怪裏々が高く跳ね上がる。エリスはすぐに反応を示したけど、それを阻むようにスワンプくんが襲いかかった。
「ゾンナマジニナンナッデ? デイウガゾノガッゴマジデヴゲンネ?」
「くっ……駆人くん!」
数歩退いた僕の目の前に怪裏々が着地する。僕がガードの姿勢を取るよりも怪裏々の踏み込みと鋭い突きの方が早い。
「怪裏々! 僕が何の対策もせずに来ていると思うか!?」
「あーーーーーっ! いあっ!」
「見せてやるよ! この修道服のぢがッ……ラアィィ……」
ゲロ吐きそうな勢いで鳩尾をやられた。
「おおおおあああああっ!」
「うおおおおおおお!? やめろ! 倒れた相手に卑怯だぞ!」
うつ伏せに倒れた僕の背中を、怪裏々は容赦なくげしげしと蹴り続ける。なんか加減してある感じはするけど痛いものは痛いし何より惨めだ。
「エリス! エリスこれ効くんだけど! 普通に痛い!」
「それは物理攻撃だしな……。すまない……」
「嘘つけスリットのせいだ! 破廉恥だから防御出来ないんだ!」
「ちょっと静かにしてくれ! こっちはこっちで交戦中だ!」
「え!? 助けて!?」
蹴られながらなんとか目をやると、エリスとスワンプくんはほぼ互角の戦いを繰り広げていた。元々毒性の存在であるスワンプくんに毒手は通用しないようで、エリスが何度右手で殴りつけても大したダメージはないように見えた。
一方僕は小さな女の子(に見える邪神の眷属)に蹴られ続けていてもう動けない。身体の節々が痛いしもう帰りたい。
「け、怪裏々……もうやめないか……?」
「あぁ?」
「ほらこれってさ……弱い者いじめだと思うんだよ」
「あいあい」
「あれ!? もしかして通じた!?」
怪裏々は蹴るのをやめてコクコクと頷いて見せている。今まで裁人以外とはコミュニケーションの取れなかった怪裏々が、ついに僕の言葉を理解したのだ。
右手から無数の触手を生やして僕に向けながら。
あ、これやっぱわかってねえな!?
「違う! そろそろとどめをってことじゃない!」
「ゲゲッ……ゲゲ……ゲッ」
無数の触手が修道服の隙間から僕の地肌に触れる。
「え、えっちなことをされる!」
「駆人くんうるさい!」
ああ……気持ちの良い触手が僕の身体を……。と思ったけどなんかゴリゴリしてるし生暖かいし、たわしっぽい感触がして全く気持ち良くない。
「怪裏々……お前の触手どうなってんの……」
「ゲヘヘ」
「クソ! 何でゲヘヘで触手なのに何にも気持ち良くないんだ! ふざけやがって!」
「……あ!」
不意に、怪裏々が何か思いついたのか短く声を上げる。それと同時に触手は僕の身体から撤退していき、たわしのようなごりごり感から解放される。
「いい! いい!」
怪裏々が目を向けていたのはなんと僕の足元だ。暴れたせいでちょっとめくれそうになっているスカートを指さして、怪裏々は何やら声を上げている。
「えっち!」
「えいい!」
スリットのこともあるしめくられるのはまずいと立ち上がろうとしたが、蹴られまくったダメージが大きいのかうまく動けない。もがいている内に怪裏々は僕に馬乗りになり、スカートへ手をかける。
「いやあああああああパンツ見られる! エリス助けて!」
「うっっっっっっさい! ほんまになんなん何しに来たん!? やる気ないんやったら家帰ってクソ動画でも撮って寝とれや!」
「……エリスが連れて来たんだよぅ……」
「……ごめん」
謝んなくて良いから助けて……。
「いい~~~いい~~~~ああ~~!」
「僕のトランクスが白日のもとに……」
こうして僕がお嫁に行けなくなっている頃、裁人はその向こうで奇怪な踊りを始めていた。
「きたれ~~~~~~~~~! は~~~~~っ! きたれ~~~~~~~~我が神デル・ゲルドラよ、今こそ御身を顕現しこの世に絶望と混沌をもたらしたまえ~~~~!」
裁人の言葉に呼応するかのように、部屋の壁や床が薄っすらと部分的に光を放ち始める。怪裏々に尻をぺちぺちされる屈辱に耐えながら目を凝らすと、光の元には小さな魔法陣が描かれているのがわかった。
「あか……いかん! 儀式が!」
「邪神様を狭い場所では部分的にしか呼び出せないなら……」
ずるりと。僕の目の前の床から一本の腕が這い出してくる。
それはまごうことなき邪神様の左手だ。左手はめくられたままの僕のスカートをそっとつまむと、優しくお尻にかけてくれた。
「し、紳士さん……?」
左手のサムズアップにキュンとする。
僕が邪神様にキュンとしている間にも、部屋の中の異変は続く。エリスの足元と天井には邪神様の足が生え始めており、裁人の側には腰から肩辺りが生えてうねうねと蠢いている。
「そう、小分けにして呼べば良いのよ!」
「小分け……小分けぇ……?」
小分けにして一気に呼び出すんならもう本体呼べない……?
「さあ邪神様。顕現の準備を」
裁人が恭しくそう言うと、邪神様は両手でサムズアップして見せる。そして次の瞬間、部室棟全体が派手に揺れた。
「地震か!?」
驚く僕とエリスとは対照的に得意げに窓を指差す裁人。僕は這いずり、エリスはスワンプくんとの戦闘を中断して窓へ向かい、その向こうに信じられない光景を見た。
「こ、これは……!」
上から外を見ると、地面に何やら光を放つ線が引かれているのが見える。それが何を意味しているのか僕にはよくわからなかったが、エリスはその場に膝から崩れ落ちて震え始めた。
「巨大な……魔法陣……!」
「何だって……!?」
「ふ、ふふふ……あーっははははははは! あひー! ひっ! ひひっ……ちょ、やばっ……ひーひひひひ!」
驚く僕達を指差し、裁人がゲラゲラ笑うと怪裏々やスワンプくんもそれにならって笑い始める。
「ヴゲル~~~~~!」
「ああああいあいあいあいあいあ!!! あああああ!」
「もう何をしたって無駄よ! 邪神デル・ゲルドラは明日顕現する!」
裁人が声高にそう宣言した瞬間、ぞわりとした寒気が僕を襲う。エリスも近い感覚があったのか、その表情をわずかに恐怖で歪めていた。
「後日結婚式の招待状を送るわ! 存分に祝いなさい!」
「何でや! ウチの何があかんの!? あの夜の約束は嘘やったん!?」
夜!?
「ええい修学旅行のことをそれっぽく言うな! アンタとは別に遊びじゃなかったけどもう気持ちは止められないのよ!」
「なんでやぁ……なんでやぁ……」
泣き崩れるエリスに、かける言葉が見つからない。
普通に見つからない。
「リアクションが取りづらい……! エリスのことはともかく、お前本気で邪神と結婚する気なのか!?」
「そうよ。そして世界は滅ぶ……邪神とは世界を滅ぼす存在なのだから……」
もう何を言っても駄目なのかも知れない。
「どこだよ……僕達は、どこですれ違ったんだよ!」
「……一回でも一緒に歩いたっけ?」
「最初からだってのかよ!」
エリスは泣き崩れたままだし、僕は身体の節々が痛い。
「……裁人!」
「何よ?」
「僕はお前を止める! 世界を滅ぼすなんてことは絶対にさせない!」
「駆人の癖に言うじゃない? でも今のアンタに何が出来るの? セーラー服ボーイですらなくなったアンタに!」
「何も出来ない……。だから今日の所は一旦引かせて欲しい! これでも結構全身痛いし多分いっぱい痣とか出来てる! だから今日は一旦帰りたい!」
「……あ、うん。えっと……また……ね?」
「…………ああ! またな!」
呆然とする裁人達に背を向け、僕はエリスを連れて部室から出て行くのだった。