カルト5「聖女の提案! の巻」
「ハローハロー! どうも、カルトTVのカルトくんです! えーっと今日はですね! この……はい、じゃじゃん! 激辛カップ焼きそばをですね、食べてみたいとおもいまーーす! 皆さん気になるでしょ~~? では早速ですね、作ってみたいと思います!」
(完成までノーカットで五分間。その間あまりおもしろくないどうでも良いトークが入り、突如セーラー服に着替え始めるが着替えるシーンだけは何故かカットが入る)
「はいそれでは食べていきましょう! お! うわぁ! か、から~~~い! これ、とっても辛いですよ~~~~~~!」
(この後当たり障りのない感想が続き、食べ終わった後はひたすらチャンネル登録を要求してくる)
「それでは今日はこの辺で! みんな! チャンネル登録よろしくね!(五回目)ばいばーい!」
まず、小豪寺怪裏々がその場で吐いた。
裁人藍はしばらく無言だったがやがて震え始め、しまいには怒りで机を殴打し始める。
スワンプくんは体液を散らしながら床でのたうち回り、邪神様は親指を下に向けて無言のブーイングを示した。
そして僕は泣いた。
「うっ……えぐっ……なんだよぅ……そんなに駄目かよぅ……」
「なんか見てると生まれたことを後悔するわ」
「ウゲエエエエエエエエエエアエエエエエエエエエエエエエ」
「僕頑張って撮ったんだよぅ……」
「頑張りと完成度は比例しないのよ。邪神様の招来事故みたいに」
「エエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアゲッゲッ……ヴェエエエッ」
数日前僕は、動画投稿サイトで配信者としてデビューした。特にチャンネル登録者数も再生数も伸びず、困り果てていた僕はとりあえず知り合いに見てもらおうと思って撮った動画を部室で再生したのだが……
「ガルドッヂ……ゴレバヤバイッジョ?」
スワンプくんにまでこんなことを言われる始末である。
「ガルドッヂザァ……ゴレデイゲルッデオモッデダン? ヴゲルワァ」
「お、お前そんなキャラだっけ……」
「ゾレナ~」
えぇ……何がぁ……?
「それにしても……よくもまあこんな悲惨なものを投稿出来たわね。前世で親でも殺したの?」
落ち着いてきた怪裏々の背中をさすりつつ、裁人は心底呆れた様子で問うてくる。
「そこまで言うことないだろ。見ろよ、チャンネル登録だって一人だけだけどしてくれてるんだぞ」
「え、嘘でしょ?」
そう、一応一人だけチャンネル登録してくれている人がいるのだ。その人は初めて投稿した時からずっと応援してくれている人で、たまにコメントもつけてくれている。
「ほら、この四番目の動画にコメントくれてるだろ? 『がんばりなさいよ』って」
「ほんとだ……。ていうか四番目って何よ、さっきのが初投稿じゃないの?」
「……アレは五番目かな」
「えぇ何そのバイタリティほんとキモい」
「オブラートかけてくれよ」
「えぇ何そのバイタリティ本気で気持ち悪い」
「外すなかけろオブラートを」
「…………」
オブラートをかけると何も言えなくなるレベルなのかよ。
「ていうかこのユーザー……Cult_mamaって人、アンタのお母さんじゃないの?」
「いやそんなわけないだろ。母さんネットで動画なんか見ないし」
「でもCultmamaでしょ。あ、プロフィール欄からSNSに行ける」
言いながらCult_mamaさんのSNSへのリンクをタッチする裁人。思わず覗き込んで見ると、そこには実家の猫のアイコンがあった。
「…………」
「『息子が動画を投稿しているおかげで元気な姿が見られて嬉しい』って」
「うぅ……心配かけてごめんよぅ……」
母親ってこんな時まで僕の味方なんだな……。
「とりあえず全部削除してアカウント消して回線切ってセーラー服着た方が良いんじゃない?」
「そ、そんなに言うなら何が駄目だったのか具体的に言ってみろよ!」
思わず僕が声を荒げると、裁人は信じられないものでも見ているかのように表情を歪めて見せる。
「ぐ、具体的に言う役私がやんの……?」
「そんなに嫌か……?」
「うん……怪裏々に頼むわ……」
いや怪裏々の言葉わかんねえんだけど僕。
「じゃあ怪裏々、具体的に駄目なとこ言ったげて」
「うああああああああ!? おおおああ!?」
あ、すっげえキレてる。
「ゲリリッヂマジヴゲンダゲドォ~」
「……今関係ないんだけどさ、スワンプくんにあの陽キャっぽい喋り教えたの裁人?」
「ううん、自己学習」
裏山でほっとくから……。
「あいあい!」
「おお、ごめん怪裏々の話の途中だったよな。わかんねえけど」
「おおおああいあいあ? あああええ……あっ! おええ……あい! あい! ああああ……おっおっ……おいいいいいいいい!? うえーお……」
「いやごめん全然わかんねえわ」
「くそ」
「今クソって言った!?」
「あええ?」
「とぼけるな! お前今クソって言っただろ! 聞こえたぞ!」
「いええーい」
ば、バカにしやがって……!
「まあなんというか……単純に面白くないし……」
「……これ以上言うと僕の自尊心のためにエリスに言いつけるぞ」
「くっ……こいつわりとマジでめんどくさい奴にチクろうとしてる……」
裁人達はおろか、スワンプくんにすら受け入れてもらえないのが悲しい。邪神様も未だに無言のブーイングを――――
「あ、いてッ! 邪神様なんかびちゃびちゃしたの投げてくる! 何これ!?」
「け、怪裏々の吐瀉物……」
「吐瀉物を投げつけられる程の嫌悪感を抱かれている……?」
……なんだか段々腹が立ってきたぞ。
確かに僕の動画はつまらないかも知れないけど、だからってみんなしてここまで言うことないだろう。おまけに吐瀉物まで投げつけてくるなんて酷い侮辱だ。
「もういい! 僕帰る!」
「あ、ちょっと待ってよ今日は儀式が……」
「知らね~~~~~~~~~~~~~~~ッ! ばーかばーか!」
裁人に背を向けて部室の外へ走り出す。なんか本気で情けなくてちょっと涙が出てきた。
「……で、私の所に来たのか駆人くん」
部室を出てから僕が向かったのは、少し離れた場所にある聖セント女学院の部室棟だ。きちんと許可を取って校舎に入った僕は、シスター部というわけのわからない部室でエリスと二人切りになっていた。
「とりあえず茶を淹れようか。抹茶は好きかな駆人くん」
「シスター部抹茶で座敷なん?」
「ふふ……元々は茶道部の部室だからな」
似つかわしくないにも程がない?
座布団で向かい合って座り、僕とエリスは温かい抹茶をすする。思ったより普通においしい辺りエリスには茶道の心得があるのだろう。
「さて……問題の動画だが、酷い話だな」
「え、動画が?」
「ああいや、そうではない。人の作ったものをそうやってこき下ろすことがだよ。どんなものであれ、人が懸命に努力して作ったものをこき下ろすのは良くないだろう。特に君の場合は素人じゃないか。実力のあるものが手を抜いて実力未満のものを作ったのならまだしも、君は精一杯だったんだろう?」
「うん……」
「ならまずは頑張って作ったことを肯定しようじゃないか。失敗した部分を無視して良いわけじゃないが、まずは作ることの楽しさをもっともっと味わおう。私で良ければ協力するよ。動画を見せてくれ」
「エリスぅ……」
あまりの優しさに半泣きになりながら僕は携帯を取り出し、例の動画を再生する。
「ふふ……楽しそうに映るじゃないか駆人くんは」
エリスはそのまま菩薩のような表情で動画を見守っていたが、やがてピタリと動きを止める。
「……エリス?」
そのまま動画が終わるまで硬直し続けるエリス。そして動画が再生を終えたところでやっと動きを見せた。
「あの、手袋外すのやめてもらって良いスか」
表情が固まったままそっと毒手をこちらに伸ばしてくるエリスに、僕は身震いする。エリスなんか目が死んでない?
「ちょ、ちょっとまって! ほらまずは頑張って作ったことを肯定して!? 作ることの楽しさをもっともっと味わわせて!?」
「こんなんアカンわ……」
「毒手のがアカンて!」
僕の顔に触れる直前の所でなんとか腕を掴んで止めたものの、エリスの力はかなり強い。このままでは僕が毒手でアカンことになるのは時間の問題だ。
「うわ、臭い! 毒手臭い! 思ったより臭い! 目を覚ませエリス! お前の毒手はなんのためにあるんだ!? 辛い修行はなんのためにあったんだ!?」
「……なんの……ため……?」
いや聞いてはみたけど実際なんのためにあるんだろうな。
「……すまない駆人くん……どうやら正気を失っていたようだ」
ふと我に返ったのか、エリスはそう言ってやっと毒手を引っ込める。
「ごめん……エリスにまで毒手出されたら流石の僕もアカウント消すわ」
「失敗した部分を無視して良いわけじゃないが、まずは作ることの楽しさをちょっとだけでも味わおう」
「お前の半端な優しさが毒みたいに効く。やめてくれ」
どうやら相当つまらない動画だったようだ……。正直引退したいけどもう少しだけ頑張ってみたい気持ちもある。
「……話を変えよう。駆人くんは最近どうだ? 会わなくなって久しいが」
「そういやそうだよなぁ……。僕は普通の幼馴染だったセーラー服がいつの間にか口調も変わってシスター部になってるとは夢にも思わなかったよ」
「私はセーラー服ではない」
「ごめん間違えた」
これ相当失礼なのに毒手出してこねえな。
「最近か……オカ研に入れられてからは結構大変だよ。変な儀式の触媒にされるし攫われるし縛られるし化物は生まれるし吐瀉物は投げられるし」
「……君は何故オカ研に通っている……?」
「僕も最近よくわかんなくなってきてる」
わざわざ酷い目に遭いに行ってるようなモンだしな。
でも正直な話をすると、僕には友達らしい友達がクラスにいなかったし、ああいう形ででも誰かとつるめるのが楽しかったのかも知れない。
「エリスの方こそ最近どうなんだよ」
「ああ、毒手を会得した」
「それはもう聞いたんで別の話を……っていうか裁人と知り合いだったんだな。わりとびっくりした」
「それはこちらの台詞だよ。まさか君があの魔女に囚われているとはな」
エリスの話を聞くと、どうやら裁人とエリスが出会ったのはもっと小さい頃の話らしく、僕と出会う前のようだった。昔から裁人は邪神がどうだ魔法がどうだとのたまう変な子供で、当時はエリスも感化されている部分があったらしい。
「最初は本当にただの遊びだったよ、邪神も魔女もな。だが彼女が『邪神王誕生』を手にしてからは全てが変わってしまったよ……」
裁人だって最初から魔女だったわけじゃない。彼女が持っていたあの魔導書、邪神王誕生とデル・ゲルドラの存在が彼女を魔女に変えたのだろうか。
「……ウチよりも邪神と結婚する言うてな……ウチ捨てられてん……」
「あ、そこ?」
「そこや! いっちばん大事なとこやで!」
せやろか?
「……こほん。とにかく、私は彼女を止めなくてはならない」
「お嫁に行くために?」
「お嫁に行くために。あと世界も救える」
おまけで世界を救うんじゃねえ。
「お嫁云々はおいておくにしても、あの邪神が危険なものであることは駆人くんもわかっているハズだぞ」
「それは……まあ、そうだけど。あいつ吐瀉物も投げてくるし」
実際、邪神が最初に招来した時は本能的な恐怖を感じた。その後はなんとなく部室の中で馴染んでしまっていたものの、アレが人知を超えた怪物であることには変わりがないのだ。
「あの眷属だってそうだ。か弱い少女のような姿をしてはいるが、アレは化物だよ。聖剣にさえ抗うとはな」
聖剣言い張るなぁ……。
「結局怪裏々って何者なんだよ。裁人に聞いてもはぐらかされるばっかで全然わかんないんだよ」
「……私にも詳しいことはわからん。だが奴が邪神の眷属の一体であることだけは間違いないだろう」
あの身体能力と言動で人間だと言われても信じられないし、本当に化物なのだろう。イマイチ有害に感じられないのは見た目のせいもあるかも知れない。
「なあ、駆人くん、一つ提案があるんだが」
抹茶を飲み干しつつ、エリスはいつになく真剣な表情で僕を見る。
「なんだよ改まって……僕と結婚するか?」
「何言うてんねん。しばいたろか?」
「あ、はいすいません」
僕だって嫌だい毒手嫁!
「私と一緒に魔女を止めないか?」
「魔女って……裁人をか?」
エリスはコクリと頷くと、僕の飲みかけの抹茶に手をかけた。
「駆人くんだってこのままでは困るハズだ。君自身、本当は止めなければならないと思ってるんじゃないか?」
エリスの言う通りだ。僕だってあんなわけのわからないものは止めるべきだと思うし、そもそもそのためにオカ研に入ったようなものだ。決して命乞いではない。
「君のような被害者がまた現れるかも知れん。何より、邪神を放置しておけば本当に世界が破滅しかねない」
僕の抹茶をきれいに飲み干し、エリスは僕の元へ湯呑を戻す。
「確かにそうだけどさ……何で僕の抹茶飲んだの?」
「そう、このおいしい抹茶だって世界が破滅すれば飲めなくなるんだ」
「破滅を待たずして飲めなくなった僕はどうしたら良い?」
「……それで良いんだよ君は。抹茶でもお茶でもない、君自身を飲め。私はいつでも肯定してやる」
「何言ってるのか全然わかんねえぞ」
「結構喋ったやん? 喉乾いててん」
あ、うん、そっか……。でも抹茶あんま潤わなくない?
「それでどうなんだ? 駆人くんは」
問われて、迷ってしまう自分がいることに驚く。
元々裁人達には迷惑していたし、あの邪神もどうにかしないととは思っていた。でも、今となってはそうとも言い切れない。僕はどこかでさらわれることを望んでいたし、ああやって部室で馬鹿騒ぎするのを楽しんでいた節もあった。
僕は多分、裁人達を友達だと思い始めている。だから動画を見せたんだ。
「……もし魔女を友達だと思っているのなら、尚の事止めなければならないとは思わないか?」
「……ああ、そうだな」
友達だからこそ、だ。
友達だからこそ、何かを間違えているなら友達である僕達が正してやらなければならないんだ。
「……わかったよエリス。僕にも協力させてくれ」
真っ直ぐにエリスを見据えてそう言うと、エリスは深く頷いた。
「魔女は……裁人藍は僕達で止める」
そう固く決意して、僕はエリスと似た修道服に着替えた。