カルト3「狂気の闇鍋! の巻」
「チクショー! ふざけやがって! こんなことしてタダですむと思うなよ!」
「ええい観念しなさい令和のセーラー服ボーイ!」
僕の名前は大岡駆人、例によって椅子に縛られている男子高校生だ。
「大体お前らこないだ縛ったばっかりだろ! 恥ずかしくないのか同じネタで! 恥を知れ!」
先日、僕はくねくねと蠢く邪神デル・ゲルドラによって精神に異常をきたした。あのくねくねした動きを見ていると段々と正気ではいられなくなり、思考がまとまらなくなった挙句あり得ない光景を幻覚として見てしまったのだ。
それは邪神デル・ゲルドラによって支配された世界。燃え盛る炎の中で、お手てだけのゲルドラがスライド移動でそこら中を動き回る悪夢のような光景。ゲルドラの魔力的なもので見たのなら全体像とか流石に出るだろうし、僕の知ってる範囲内のものしか出てこなかったから多分マジで僕の脳内で起こった幻覚症状である。しかしそれでもゲルドラの動きが僕を狂気に誘ったことだけは間違いない。流石に怖くなった僕は二度と近寄るまいと用心していたが、帰り道にこの学校の女子制服を手に入れる方法について思索して油断していた所を裁人藍に捕獲されてしまったのである。
「クソ! 放せ! あんまり拘束すると極度の緊張で漏らすぞ!」
「漏らしてみなさいようんこ虫」
「うんこ虫」
「あれ、知らない? うんこ虫」
「初めて聞いたし言われた。最早罵倒されたという実感がない」
「まあ良いわ。今日はうんこ虫とレクリエーションするんだから、楽しんで帰りなさいよ」
椅子に縛られたうんこ虫とやるレクリエーションってマジで何なんだよ。
「さて、うんこ虫は私やこの部のことはよく知らないでしょ? だから今日はクイズ形式で親睦を深めてみようと思うの」
「なるほど、それは良い考えだとは思うんだがまずはうんこ虫の放し飼いから始めてみないか?」
「嫌よばっちい」
僕はばっちい。
「さあ怪裏々、アレを持ってきなさい」
「ア!」
裁人が指示を出すと、隣にいた怪裏々が部屋のすみに片付けられていた机を僕の前まで持ってきて組み立てる。そして棚から二つのガスコンロを取り出して机の上に設置し、そしてその上に鍋を一つずつ乗せる。
「着火!」
「ア~~~~アッ!」
裁人の掛け声と共に怪裏々は仰々しく洗練された全く意味のない動きでポージングを行ってから火をつける。部室内でこういうことして大丈夫だっけ。もういいや好きにしろ。うんこ虫の預かり知る所ではない。
「で、その鍋とクイズとレクリエーションとうんこ虫に一体何の関係があるって言うんだ」
「第一回! うんこ歓迎ドキドキ闇鍋クイズ大会~~~~~!」
「わーーーーい! おうち帰る! うんこ虫巣に帰る!」
だって火がついた途端左の鍋からやべえ臭いするんだもん。
じたばたと暴れる僕だったが、椅子が倒れて鼻っ柱を床にぶつけただけで縄は解けない。あまりにも惨めで泣きそうになってきた。
「絶対ロクでもないだろ! 左やばいだろアレ! うんこ虫だってな! 生きてるんだ、命があるんだよ! 命の価値や大きさなんてお前らが決めて良いことじゃねえんだよ!」
「やかましい、命は平等に価値がないわ。怪裏々、椅子を立たせなさい」
容赦ない一言と共に僕は縛られたまま椅子ごと起こされる。怪裏々の幼女みたいなぷにぷにの細腕のどこにこんな力があるのか、これもうんこ虫の預かり知る所ではない。
結構気に入ってきたぞ、うんこ虫。
「ルールは簡単よ」
「この無法地帯でルールと来たか、良いぜ聞いてやる」
「まず私がこの部や私についてクイズを出すわ。正解すれば右の鍋の……熱々のおでんを食べさせてあげる」
裁人の説明にあわせて怪裏々が右の鍋蓋を開けると、温まり始めたおでんの匂いがむわっと部屋中に広がっていく。鍋蓋でも抑えきれない左の悪臭と入り混じって最早兵器の域である。
「…………くさっ」
「おい」
「……っと。で、不正解だった場合は左の鍋のものを食べてもらうわ」
「待て、当たり前のようにお前だけマスクをつけるな」
「ふふ、焦らなくて良いのよ? 正解したらマスクも食べさせてあげる」
「違う全然そうじゃない。お前は人の気持ちがわからないのか?」
僕が言い終わった瞬間返事もなく即座にひっぱたかれた。泣いてる。
「まずは第一問。私の名前は何でしょう?」
「えっ」
裁人の口から飛び出したのは、あまりにも簡単な第一問だ。答えは簡単、こいつの名前は裁人藍だ。間違いない。
だが、本当にそうか?
よく考えれば、いくら第一問でレクリエーションとは言え、簡単過ぎる。闇鍋というペナルティがあるというのに、こんな簡単においしいおでんが手に入って良いハズがない。
裁人はニコニコとしたまま僕の解答を待っている。これは恐らく……誘っている。迂闊に裁人藍と答えた僕の口に、闇鍋の凶悪な具材を突っ込む瞬間を今か今かと心待ちにしているのだ。きっとそうだ。後ろを見るとこの状況を楽しんでいるのか、ゲルドラもくねくねと動
イ
て イル? な に
危うく意識を持って行かれかけた。咄嗟に顔をそむけていなければやられていた。同じオチは良くない。
「どうしたの? 簡単でしょ? おでん欲しくないの?」
これは間違いなく誘っている! 僕におでんを食べさせる気なんて全くないに違いない。裏の裏を読め、奴の思考を理解しろ、クイズである以上正解はある……思考をフル稼働させろ!
まずは状況の把握だ。ここは部室、目の前には鍋、僕は縛られている。
いやダメだ全然わからん。
「はい時間切れ、怪裏々、左開けて」
「あいあー!」
「うわーーー待て待て! ちょっと待て! ヒント! ヒント!」
僕がジタバタしながらそう騒ぐと、裁人はどこか困惑した様子で僕を見つめる。
「……あのね、私の名前にヒントもクソもあると思うワケ?」
「え、いや、だって……」
「長いこと考え込んでるから深読みしてんだろうなとは思うけど、これレクリエーションよ? 新入部員のアンタを歓迎するためにやってんだから、罰ゲームなんてジョークの範囲内よ」
裁人の言葉に、僕はポカンと口を開けたまま呆然としてしまう。どこか照れくさそうに顔を背ける裁人の姿は、紛れもなく普通の女子高生だった。
こいつは魔女で、邪神を崇拝する教信者だ。そんな部分ばかり見ていたが、こんな普通の一面だってあったんだ。こいつはもしかすると不器用なだけで、捕獲以外に僕を部室に連れて行く方法がわからなかっただけなのかも知れない。
僕は、馬鹿だ。仲良くしようとしてくれてる女の子を疑ったりして。
「……ごめん、悪かったよ。答えるから、左はとりあえずやめてくれないか?」
「勿論! で、私の名前は?」
「裁人。裁人藍……裁く人に、藍色の藍だろ?」
「……正解」
そう言って穏やかに微笑むと、裁人は右の鍋から菜箸で卵を取り出すと、僕の口元まで運んでくる。
「……あ! ちょっと待てこれわかったぞ! アレだ! 熱々おでん芸だ! うわーーー! あッ」
うわーーで口開いた所に卵を放り込まれてしまった。
「……ぬるい」
「そらそーよ、さっき火入れたんだから」
そらそーだった。
あ、うまい。
「あれ、結構味しみてるな!? もしかしてこのおでん、昨日から仕込んでたのか?」
「当然よ。新入部員にはおいしいおでんを食べてもらわなきゃ」
へへっ……なんだよ。
僕とこいつの友情って、おでんみたいなものなのかな。ゆっくりと仕込んでいって、染み込ませていくような、そういう気持ちなんだ。あったけえよ。卵ぬるいけど。
「食べ終わったようね! 続いては第二問よ!」
「よし、どんとこい!」
「カルト1『邪神招来! の巻』で儀式が行われた時、私が来たれと唱えた回数は何回でしょう」
待てや。
「いや待て色々待て! 覚えてねえわそんなモン! 急に難易度上げてきやがって!」
「ヒントはセックス!」
「やめろヒントで難解にするな!」
どんなヒントだよ。
「答えなかった場合も左のうんこ鍋を食べてもらうわ。うんこを食らううんこ虫」
「我が子を食らうサトゥルヌスみたいに言うな」
クソ、ちょっとでも信じた僕が馬鹿だった。何がおでんみたいな友情だよ、アホか。そもそもいくら不器用でも捕獲でコミュニケーションはねえよ馬鹿なのか僕は。
「……四回」
「六回よ。ちなみに六はラテン語でsex。セックスの語感からシックスを導き出せないアンタは闇鍋の刑よ! 死ね!」
「嘘だろ、闇鍋で死ねって言う?」
そして次の瞬間、冥府への蓋が開かれた。まだ煮立っていない鍋ではあったが、うっすらと湯気が立ち、何とも言えない異臭を漂わせている。いっそ革靴でも浮かんでいれば普通の闇鍋として安心(?)出来たのだが、中の液体は虹色の光沢を持つ黒々とした何かで、何故か蠢いているように見える。というか蠢いている。
「裁人ちゃん、これ動いてない?」
「気のせいよ」
「いやほら目とかあるし。あ、腕生えた」
僕の言葉に呼応するかのように、ソレは”目”を開く。鍋の中で蠢きながら、形成した腕を鍋の中から伸ばす。ドロドロとした汚泥のようなソレが、ハッキリと形を成したのだ。そこでやっと麻痺していた僕の精神が異常を理解して冷静さをごっそりと欠く。
「あーーーー! うあーーーーー! あああああーーー!」
「あ、こら怪裏々にならないでよ!」
なってねえよ超狼狽えてんだよ馬鹿。
「ヴェロッポロロッルヌルロロンガガババ」
聞くに堪えない不協和音のような声で、ソレは身体のそこかしこに浮き出た口から理解不能な音を発する。知能があるのかないのかわからないが少なくとも意思の疎通は不可能だ。
「……魔女の粉がまずかったかー、あちゃー」
「何言ってンのかよくわかんねえけど、あちゃーって舌出して許される状況じゃねえからな!」
「ヴィリリングルヌルスヌッポヌッポネペペンポッポイポパンビャ」
「まあ生まれてしまったものは仕方ないわ。生命誕生の瞬間よ」
「見るからに悍ましい誕生だけど大丈夫か!?」
「ババンババンバンバンアビバノンノン」
「ううううっせええええええええええええええええええ! 人が喋ってる時にドリフ歌ってんじゃねえわ汚泥!」
「ゴベン」
謝られた……。よく考えたら汚泥だって話に加わりたかったのかも知れない。それを僕は頭ごなしに叱りつけてしまった。
「……悪かったよ汚泥。続き、歌ってくれよ」
「ゴワレルボドアイジデモ」
「誰がSIAM SHADE歌えっつったよ」
ていうか普通に意思疎通しちゃったな。
「で、どうすんだこれ」
闇鍋から生まれた汚泥くんは特に害意はないようで、明らかに鍋に入る質量を越えたサイズの人型(僕と体格は同じ)になり、鍋から這い出て怪裏々と一緒に歌っている。90年代JPOPを手当たり次第に。
「そうね、まずはドナルド・マクドナルドの思考実験にちなんでスワンプくんと名付けましょう」
「デイヴィッドソンね」
でもあのピエロなら哲学やりそうで嫌だな。
「というかキャラ的に大丈夫なのか? 言語を話さないキャラとして怪裏々とかぶらないか?」
「それは大丈夫じゃない? スワンプくん」
裁人が声をかけると、スワンプくんは少し戸惑いながら自身を指差す。それに裁人が頷くと、スワンプくんはうやうやしい様子で裁人の隣まで歩いてきた。
「あなた、喋れるでしょ?」
「ミヅメラレルドイエナイ」
言葉が宙に舞っちゃうのか……。
「なあスワンプくん、何か話してくれないか?」
「マヨッデイダゲドゴノビドニイッジョウヅイデイグゴドニジダワ」
「なるほど、権利的にまずい喋り方をするな」
しかも迷った末に裁人に一生ついていくことにしちゃったのかよ。
「さて、レクリエーションはこの辺にして……そろそろ煮えてきたおでん、皆で食べましょうか!」
言いながら、裁人は僕を椅子から解放する。数十分ぶりに立ち上がり、僕は思いっきり身体を伸ばしてから部室を見回す。
魔女に、正体不明の少女に、邪神に、汚泥、おでん。
「……おでん食うかぁ」
もうわけわかんねえからとりあえずおでんでも食うか……。裁人もおでんは食べたかったらしく、嬉しそうにおでんの蓋を開けている。怪裏々もなんだかはしゃいだ様子であうあう言っているし、スワンプくんもおでんの方をジッと見つめている。
なんというかメンツは悍ましいが、こういう集まりもまあ悪くないんじゃないだろうか。
「……っと、このままだと邪神様が食べられないわね。うんこ机の反対側持ってくれる?」
「ああ。うんこ机の反対側持ってあげる」
「恩着せがましいうんこね」
どうでも良いけど食べ物の前で連呼連呼うんこするのはどうなんだ。
「今なんか致命的な間違いをした気がする」
「ほら運ぶわよ。せーの」
うんこ致命的な間違いをした気がするが、そのまま裁人に合わせて机を運ぶ。邪神様もおでんは食べたかったみたいで、どこか嬉しそうに指を伸ばしたり曲げたりしていた。
「さ、食べるわよー!」
「あーーーーーい!!」
裁人の掛け声で楽しいおでんが始まった……その瞬間だった。箸でおでんの大根をつかもうとしたスワンプくんの腕から、どろりとスワンプくんの汁が滴り落ちる。
「……あっ」
滴り落ちたスワンプくん汁はみるみる内におでんの中に染み込んでいき、やがて名状し難い色へと変わっていく。卵は目玉に、大根は目玉に、しらたきは目玉に、あれこれ全部目玉になったな。全部目玉になった。
そしてやがて腕が生え、おでんの中から這い出ると机の上からずり落ちていく。
「ヴィッ……ヴィヴァッ……ノンッノンッ……」
どこかで聞いたような呻き声を上げる元おでんを、僕らはただ黙って見守ることしか出来なかった。
ちなみにこの後スワンプくんと合体して一つになった。