カルト2「魔女の目的! の巻」
世界には、触れてはならないものがある。
ソレは人類などという矮小な存在には到底理解出来るようなものではなく、触れることさえ本来許されない禁忌だ。もしかすると人類は、ソレを本能的に知っているからこそ見ないふりをし続けているのかも知れない。そこにあるソレに触れれば、正気のままでいられないことを知っているから。
忌まわしきもの。
「よーし! じゃあ行きますよ~!」
悍ましきもの。
「せーの! じゃーんけーん……」
邪なるもの。
「ぽーーーん!」
人はそれを、畏怖と畏敬を込めて、邪神と呼んだ。
「はっははー! お強いですね邪神様ってば!」
今日の邪神様は、チョキだ。
デル・ゲルドラ様が退屈していらっしゃるから、という理由で僕が任されたのは無限の拳製。つまるところ、ゲルドラのじゃんけんの相手だ。
オカルト同好会こと邪神デル・ゲルドラ教に半ば強制的に入信させられた僕は、早速毎日の放課後をゲルドラに捧げることを強いられた。
当然、僕に拒否権はない。何故なら僕は令和のセーラー服ボーイなのだ。あんな話を学校中で言いふらされでもしたら、僕の平穏な学校生活は一瞬で崩壊する……というのもあるが、僕にはこの部室に訪れる理由がもう一つある。
邪神の監視だ。
この邪神デル・ゲルドラ、僕には何の神様なのか全くわからない。ネットで検索しても何もわからないし、それらしい文献もなさそうだ。もう少し詳しく調べれば何か出て来るかも知れないが、何分ゲルドラのことを知ったのは昨日の話で昼は学業が本分で夜はセーラー服の僕には調べる時間なんてない。
邪神と呼ばれるからには恐ろしい神なのだろうし、昨日感じた悍ましさも忘れられない。
悍ましさと言えば、あの怪裏々という謎の少女も不気味だ。見た目は人間だが言語を持たないようだし挙動もおかしい。ゲルドラに対して裁人以上の敬意を抱いているようだったし、もしかしたら眷属とかそういうものなのかも知れない。
僕、ピンチ。
しかしこの危険な邪神と眷属と魔女を知っているのはきっと僕だけだ。知った以上、僕には義務がある。こいつらを監視し、いずれは人類から遠ざけなければならない。歴史にこいつらの名を刻むようなことがあってはならない。人類を救えるのは、僕だけだ。
「お! なんですか!? 今ペンをお持ちしますね!」
何か伝えたそうにうごめく邪神にへこへこと媚び諂いながら、僕はホワイトボードをゲルドラの傍に運び、ペンを手渡す。するとゲルドラは妙に丁寧な字でホワイトボードにさらさらと「飽きた」と書き記す。日本語わかるんだ……。そういや呼び出す時も日本語だったしな。
「ではとっておきのアレをやりましょうアレを」
首を傾げるかのように手首をかしげる邪神に、僕は不敵な笑みを浮かべて見せる。未だかつてアレをやって相手を退屈させたことはない、百発百中の手遊びだ。
「良いですか? まず……」
「ただいまー!」
ひとまず僕の手元でアレをやってみせようとしたタイミングで、出かけていた裁人と怪裏々が部室に戻って来る。そう、僕はお留守番だったのだ。
「邪神様! ハムお持ちしました!」
ちなみに邪神の供物はハムで落ち着いた。
裁人の話によると、邪神デル・ゲルドラが好むのは一定以上の知能を持つ動物の肉だ。勿論人間でも良いが、鯨やイルカのような動物でも良い。まあ単純に食肉として用意するのも本物を用意するのも大変だからコスパは悪いけど。いやコスパって餌かよペットか邪神様。
しかし鯨肉だって別にコスパは良くない、でも邪神様が滞在する以上は供物が必要だ。そこで代用品として選ばれたのがハムである。ハムは僕が軽口で口走った挙句本当に買いに行き、試しに捧げてみたら大層満足した様子だったので以降はとりあえずハムでやっていこうという裁人の提案で選ばれた。多分裁人の持っている魔導書はクソだ(僕の主観だ)、きっと適当なことしか書いてない。僕を触媒にする必要もきっとなかったんだ。畜生あんな忌まわしき書物(見たことないけど)この世に一片たりとも残らぬよう念入りに焼却してやる。
閑話休題。
「さて裁人藍、僕はお前に聞きたいことが腐る程ある」
「腐らせときなさいよ」
にべもなく腐らされた。
「裁人、僕はお前に聞きたいことがあったが腐ってしまった。どうすればいい」
「腐ったまま聞いてみなさいよ」
「僕の力では腐ってしまった質問を明確に腐った状態だとわかるように表現出来ない……僕ではこの魔女に為す術もないのか……」
このままだと人類はこの邪神を前に滅び去るしかない。ダメだ……このままではダメなんだ……! あのハムを貪り食う邪神を完全に復活させてはならない! 邪神の周囲で踊り狂う怪裏々が狂気を誘い、邪神の悍ましさを一層引き立てる。怪裏々のあの踊りのキレは尋常ではない。完全に人知を超えた動きだ。あの腰つき、手首のスナップ、足さばき、見ているだけで軽快な音楽が幻聴として僕の脳を刺激するかのようだ。この軽快でポップな音楽は……パラパラだ。人知の範囲内だこれ。
「まあ良いわ。折角だし私も聞きたいことがあったのよ。私から質問しても?」
「ああ、構わない」
「女装は趣味?」
「ああ」
「そう。私からはそれだけよ」
「もっと何かないのか!?」
ほら女装の感想とかさぁ!?
「それで、聞きたいことって?」
両腕を胸の前で組み、裁人は自信たっぷりに問う。何を聞かれても構わない、或いは何を聞かれても誤魔化し切る、そういった自信が裁人からは感じられた。
「なんでも聞きなさい。入信したてで右も左もわかんないでしょ。それに……アンタがその場しのぎで入信したことくらいはわかるわ」
「お見通しか……まあそうだろうな」
というかあの状況とあのノリで本気で入信したなって思われてたら嫌だったな。
「邪神デル・ゲルドラとは何だ? このオカルト同好会……邪神を崇拝する教団の目的はなんだ? あと小豪寺怪裏々ってなんだ、本当になんだ、アレが一番わからない、なんなんだ教えてくれ」
「怪裏々のことは置いといて」
「真っ先に置きやがった」
「デル・ゲルドラ様は異界に君臨する、破壊と混沌をもたらす邪神の王よ」
「……そいつを復活させて、何をしようって言うんだ? あと小豪寺怪裏々ってなんだ」
「世界に破壊と混沌をもたらす……そう言ったら?」
裁人の目は本気だ。全てを破壊し、死をもたらそうとする狂人の目だ。見ているだけで威圧される、僕まで狂わされてしまいそうになる。こんな危険な女を野放しには出来ない。あと小豪寺怪裏々ってなんだ。
「止める……止めてやる! 僕はお前なんかに、世界を滅ばさせたりはしない! それに……それに! 小豪寺怪裏々って……なんだァーーーッ!?」
もう手段は選んでいられない。力づくでもこの魔女を止める!
「怪裏々」
勢い良く殴りかかった僕を見て怯みもせず、裁人は指先の所作だけで踊っていた(驚くべきことに僕と裁人が話している間も延々と踊っていた)怪裏々に指示を出す。すると、怪裏々はさながら忍者が如き動きで飛び跳ね、天井を蹴って(この動作の意味は僕にはわからない)から僕に飛びつき、そのまま組み伏せた。
「クソ! 離せ! お前何なんだ! ほんとに何なんだーー!?」
「大丈夫よ。急がなくったってまだ世界は滅びたりしないわ」
「何!?」
「だって私の魔力が足りなくて、邪神様をお手てしか呼べなかったんだもの。いくらなんでも手だけじゃ何も出来ないわよ」
「あ、そっか」
「もう、焦り過ぎよぉ!」
「だーよなー! あっははは! あは、はは……ちょっと待ってくれそろそろやばいぞこれ止まってる止まってる血管止まってる」
どんなパワーでやればそうなるのかわからんが怪裏々に掴まれてる腕がもう青みがかっている。
「……それで、お前は何で世界に破壊と混沌をもたらしたいんだよ」
とりあえず怪裏々に放してもらい、急速に腕へ血が通うのを感じながら僕はそう問う。すると、裁人は今までの悠然とした態度から豹変し、急に顔を赤くしてもじもじし始めた。
「や、やだ……そんなこと聞くの……?」
「うわ、ノリがわからない」
「そんなの……決まってるじゃないの」
もじもじしながら裁人が視線を向けた先は、邪神だ。彼女はまるで恋人か何かでも見るみたいな目つきで邪神を見つめて頬を赤らめていた。
「全てが終わった世界で、邪神様と入籍するのよ」
「破壊と混沌渦巻くとんでもない脳ミソの魔女だ」
うっかり思ったことがそのまま口に出たので殴られた。
「邪神と入籍したいんだったら、別に世界を終わらせなくたって……痛い! やめろ照れ隠しに殴るな!」
「にゅ、入籍だなんて大きな声で言わないでよ恥ずかしい!」
「お前が言い出したんだろうが! とにかく、邪神と入籍したいんだったら世界を滅ぼさずに入籍しろよ! ね、邪神様!?」
邪神自身の目的はよくわからんが、別に入籍するために世界を破壊する必要はないハズだ。もし全てが終わった後でないと入籍出来ない、などと邪神側から言われてるならいよいよ裁人を止めないといけないが。
「……邪神様?」
中々リアクションを見せない邪神を不審に思ってよく見ると、なんだか腕全体が赤みを帯びている。邪神はそのまま手のひらをくねらせて裁人から視線? を外すとくねくねとその腕をくねらせ始めた。
「あ、照れてる! 邪神様照れてる!」
「あー! あっあー!」
小学生よろしく僕と怪裏々が囃し立てると、邪神は更に恥ずかしそうに腕をくねらせる。それに呼応するようにして裁人も顔を真っ赤にしたまま身体をくねらせる。
「あー……あ!」
その様子をしばらく見つめた後、怪裏々も二人にあわせて身をくねらせる。気がつけば、僕を除く全員がくねくねと奇怪な動きを見せていた。
「ああもういいや、いつまでもくねくねしてンなら僕は帰るぞ。とりあえずしばらくは大丈夫みたいだし……」
裁人の魔力が足りないというのもあるが、入籍ときいて恥ずかしがる邪神を見ると何だか気が抜けてしまった。この教団が危険なことには全く変わりがないが、この様子なら僕にも準備する時間は十分あるということだろう。何とか準備に準備を重ねて、邪神を退散させつつ裁人を止めなければならない。
止めなければならない連中全員今くねくねしてるけどな。
「おいいつまでやって――――」
言いかけて、僕は邪神から目が離せなくなっていることに気がつく。くねくねと身をくねらせる悍ましい邪神の姿から、一切目が離せない。まるで何かに取り憑かれたかのようだった。
頭ではわかっている、こんなことに付き合う必要はないと。だけど僕は心の奥底から湧き上がる、邪神を見ていたいという衝動に何故か抗えない。
なんだろう。
なん、だ。
なん、なに、が。これ。ハ……?
あた、まとまら
な
「あ、は、はは」
な が 可笑
ひ、ひひひ……
「あ、ひひひひ……アハハハハハ」
見て
ハ
イケな
「あははははははははははは!!」
僕は三日寝込んだ。
なんだこれふざけやがって。