カルト10「魔女との約束! の巻」
アタシの名前はカルティーヌ・オーオカ。邪神界に君臨する王、デル・ゲルドラ様の王妃よ!
肩と背中を大胆に露出したロングドレスを身に纏い、アタシは半魚人の侍女を侍らせて後宮の廊下を颯爽と歩いている。
「カルティーヌ様。ヴェロンボッポラ地方のヌメメノス様が是非お渡ししたいものがあると……」
「あら、ヌメメノスも毎度毎度飽きないのね。どうせまたつまらないヴュリンゲーレンでも持ってくるつもりかしら!」
「いえ、今回はゲヘベラと……」
「ふん、少しは楽しめると良いのだけれど。良いわ、予定はいつ?」
「明日にでも、と……」
「構わないわ、いつ来ていただいても構わないと伝えておいて頂戴!」
「承知いたしました。この後はどうお過ごしで?」
「少し疲れたから部屋で休むわ。夕食の準備が出来たら呼びなさい」
侍女にそう言いつけて、アタシはすぐに自室へ戻る。やっと一人になれた、と大きなベッドに身体をうずめようとしたけど、ノックの音がそれを阻む。
「何よ!?」
「マン・ボンギョン伯爵が少し話をしたいと……」
「間が悪いわね……」
深くため息をつきながら、アタシはすぐに侍女に指示を出して身なりを整える。マン・ボンギョン伯爵の要件なんてわかりきっていたけど、邪険に扱って良い身分の相手ではない。王妃であるアタシから出向くのも変な話だったけど、後宮に入れるわけにもいかずアタシは伯爵の屋敷へ向かった。
屋敷へ向かうと、侍女達が快くアタシを出迎える。そして客間まで通されると、魚人の伯爵が気持ちの悪い笑みを浮かべて待っていた。
「これはこれは殿下……本日もお美しい。香水を変えましたかな?」
「おべっかは良いから要件だけ伝えて頂戴」
「相変わらず手厳しい……」
伯爵と向かい合って座ると、すぐに伯爵の侍女が紅茶を用意する。
「ギャンギャギャンへの支援については考えていただけましたかな?」
「……何度も言わせないで。そういう話はデル様と直接してもらえないかしら」
「そのデル様が多忙でお話出来ない状態ですので、殿下にお取次ぎいただければと思ったのですがね」
「ギャンギャギャンへの支援はもうあれで精一杯よ。確かに復興は遅れているようだけれど、これ以上は難しいのよ」
「……なるほど」
伯爵は納得したかのように頷いては見せているが、その視線は射抜くように鋭い。だけどアタシに交渉しても無駄だ。決定権はデル様にある。
「ではその話はまたいずれ。どうでしょう、今宵は夕食をご一緒しませんか?」
「気持ちは嬉しいけれどやめておくわ。今日は少し休みたいの」
「そうでしたか。これは失礼」
ただの人間の分際で。そう言いたげな視線が痛かったけれどもう慣れた。この世界で人間のまま邪神の王妃として生きるためには、タフでなくちゃならない。
伯爵の屋敷から戻って夕食をすませ、やっとのことで解放される。ベッドに勢いよく飛び込んでから深くため息をついて――――
僕は思い切り枕をブン投げた。
「いやどこだよギャンギャギャン!? 何の災害でダメージ受けてるのかすら知らねえよ!? 僕なんも知らねえ!」
支援はあれで精一杯とか言ったけどどのくらい支援してるのか全然わかんないしな。
「ヌメメノスも誰だよ! 一回も会ったことねえよ! ヴュリンゲーレンって何!? ゲヘベラと何が違うの!? 何持ってくる気なのヌメメノス!? 僕ずっと適当なこと言ってんのに何で侍女もマン・ボンギョンもつっこんでくれねえの!?」
ていうか……
「カルティーヌ・オーオカって誰だよ……」
僕は最早自分が何なのかもよくわからなかった。
あの日、裁人との決闘に勝利した僕は無事(?)邪神デル・ゲルドラの妻になった。邪神は紳士だったがいるだけで世界に害を及ぼしてしまうことに変わりはない。そのため、僕は邪神と共に邪神の住む世界……邪神界へ移住することになったのだ。
デル・ゲルドラは邪神界を統べる邪神の王。彼の妻となることは王妃になるということだ。人間の身で王妃となった僕は、王妃として徹底的に教育された。そうして過ごすこと一ヶ月、いつの間にか僕は後宮でカルティーヌ・オーオカとして生活するようになってしまっていた。
「正直帰りたいな……」
もうここでの生活にもかなり慣れて来たが、住み慣れた日本に帰りたいというのが本心だ。中々後宮から出られなくて退屈だし、邪神も気にかけてはくれるがあまり僕の相手はしてくれない、出来ないのだ。僕は王妃とは言っても第六だか第七辺りの王妃で、王妃とは名ばかりの側室だ。マン・ボンギョンが僕に対して交渉をしかけてくるのは、単に他の王妃よりチョロそうと思われているだけだろう。
余談だけどマン・ボンギョンはかつてギャンギャギャンへの支援物資を横領していた。
そういえばさっき枕をブン投げた時、前にマン・ボンギョンにもらった置物に当たってしまって置物が倒れている。不気味な魚の像だったが、なんとなくそのままにはしておけずに元の位置に戻しておく。
『そうは言っても帰る方法がわからないじゃない』
「そ、その声は……!」
そう、アタシの声だ。
邪神界で邪神の王妃として暮らし、ストレスに耐えかねた僕はもう一人の自分を生み出した。それがカルティーヌ・オーオカである。最初は意識的に切り替えていたんだけど、最近は自動で切り替わったりこうして声をかけてくるようになってきた。
『もうこの状況を受け入れるしかないわよ。ご飯はおいしいし、生活には何も不自由してないじゃない。女装だって常に出来るわ』
「それは……そうだけどさ……」
カルティーヌの言う通り、生活は困るどころか裕福になっている。元の世界の娯楽にはあまり触れられないけど、生き物としてはかなり上等な生活をしている。
「でも僕は……やっぱり元の生活が良いよ。父さん母さんの顔も見たいしさ」
『……そりゃ、パパやママの顔はアタシも見たいわよ』
どれだけ分離したところでアタシも僕だ。自分を産み育てた両親は恋しい。
『そういえばそろそろ届くんじゃないかしら』
「ゲヘベラが?」
『違うわよ。ほらこの間注文したじゃないの。ベギャウーの鏡』
名前だけ聞いてもマジで何だかよくわからない。邪神界にあるものは大体意味不明な名前をしているせいで覚えるのに苦労しそうだったから覚えてない。
そんな話をカルティーヌとしていると、部屋のドアが侍女によってノックされる。すぐに通すと、本当にベギャウーの鏡を持って来てくれた。
ベギャウーの鏡とは。
「……何だっけ、これマジで何だっけ」
付属の説明書も何が書いてあるのかわからない。今まで邪神界で適当に合わせてきたツケだ。
『ベギャウーの鏡は、別の世界の景色を映し出す鏡だったハズよ。アンタ、元の世界が見たいから買ったんじゃなかったの?』
「ああ……そういやそうだったな……」
以前、旅の行商人が訪れた時にあれこれ買わされそうになったことがある。だけどこのベギャウーの鏡だけは、胡散臭くても買わずにはいられなかったのだ。ただベギャウーの鏡は入荷待ちの状態で、その時は予約だけして終わっていたからいつの間にか忘れてしまっていた。
「説明書……読める?」
『……なんとなくは。何で同一人物なのにアタシとアンタで能力に差が出るワケ?』
「け、経験値そんなにフィードバックしないから……」
カルティーヌは呆れたようにため息をつきながら説明書に目を通していく。
『鏡に触れて、見たい景色を強くイメージしなさい』
「……おっ」
カルティーヌの言う通りにすると、ぼんやりと鏡の中に景色が映し出される。映し出されたのは、スマホを見つめて涙する母さんの姿だった。
「……母さん……」
スマホに映し出されているのは、かつて僕が投稿したクソ動画だ。無駄に楽しそうにカップ焼きそばを紹介する僕を見つめて、母さんはポロポロと涙を流している。
そうか……もう何ヶ月も経つもんな。
きっと僕は行方不明扱いで、警察に届け出も出されているのだろう。僕がこうして邪神の王妃になっていることを知っているのは、裁人達だけだ。
でも正直その動画で泣くのはちょっとやめてほしかった。
『……別の景色にしてくれないかしら……耐えられないわ』
「……ああ、ごめん」
僕にもこれは耐え難い。慌てて別の場所をイメージしようとしたが、イマイチ思いつかなかった。
「……僕のこと心配してそうなの両親しかいなくない?」
『そ、そんなハズはないわ……担任とかも心配してるハズよ……』
「そ、そうだよな……」
担任の若い先生はビール飲みながらラーメン食ってた。
「まあ常に心配してるわけではないだろ……」
そう言いつつ今度は適当に僕の住んでいた町や学校を映して見る。学校の掲示板には僕を捜すポスターが貼られている。僕の住んでいた部屋のポストには郵便物が詰まっており、部屋の中は薄っすらと埃が積もっていた。
「……そういえば通学路に出来たラーメン屋……行ってなかったな……」
もう、行くことはないのだろうか。
コンビニで見かけていたあのかわいい店員は?
僕のいない教室って案外何も変わってないのかな?
進学はどうしよう?
将来は? 邪神の王妃が僕の将来なのか?
もう、裁人やエリス達と騒ぐこともないのかな……。
『……もう、諦めるしかないわよ……』
そんなことを考えている内に、段々と涙がこみ上げてくる。
仕方がなかった。こうしなきゃ世界が救えなかったから……。僕はあの時、邪神に求婚するしかなかったんだ。
もう戻らない日々を想っても仕方がない。カルティーヌの言う通り割り切って、諦めてここで生きていくしかない。
「……そうだ、裁人達はどうしてるんだろうな」
また邪神を招来させようと画策しているのだろうか。それとも案外、普通の女子高生に戻っているのかも知れない。
「……あれ?」
しかし鏡には、裁人の姿は映らない。試しに母親や、全然関係ない海外を映して見たが問題はない。鏡の調子が悪いわけではなさそうだった。
他に怪裏々やエリス、オデッセイも捜して見たけど、あの時関わっていた奴らは誰一人として映らなかった。
「……おかしいな」
『そう、ね……どうしてこんな……』
カルティーヌがそう言いかけた時だった。
「殿下!」
突然勢い良くドアが叩かれ、僕(というかカルティーヌ)は慌てて返事をする。
「何よ騒々しいわね! 入りなさい!」
侍女は慌てて中へ入ってくると、息を切らしながら話し始める。
「こ、後宮に……し、侵入者が……」
「なんですって!?」
後宮は邪神界でもかなり厳重に警備されている場所だ。本来なら侵入することもままならないような場所である。そんな場所に侵入出来たということは、かなり厄介な相手に違いない。
「殿下、今すぐ避難を……」
「え、ええ……わかったわ!」
僕が頷いた瞬間、廊下から悲鳴が上がる。そして何度か人の倒れる音が聞こえてきて――――
「……えっ……!?」
部屋の窓が、勢い良く叩かれた。
「ああああああああああいあっ!」
聞き慣れた奇声。慌ててそちらへ目をやると、ロープにぶら下がった二人の少女の姿が見える。黒いとんがり帽をかぶった黒いワンピースの少女は、ロープにぶら下がったまま何度も窓に身体を叩きつける。
ああ……窓に! 窓に!
やがて窓ガラスは割れ、二人の少女が部屋へと侵入してくる。
「あ、ああ……」
「言ったでしょ? 今度はちゃんとさらってあげるって」
悠然と笑う裁人藍。そしてその隣では、小豪寺怪裏々がぼーっとした顔で僕を見ていた。
「さ、裁人……何で……?」
しかし僕の問いに裁人が答えるよりも、侍女をぶっ飛ばしながら二つの人影が部屋に飛び込んでくる方が早い。
「俺のアイデンティティその一……友達は必ず助ける」
「ふ……元気そうで良かったよ駆人くん。迎えに来たぞ」
エリスとオデッセイが、穏やかに微笑んで僕を見ていた。
「お、お前ら……何で……?」
「魔女の提案でな。駆人くんがきっと困っているだろうと思って一時的に協力関係を結んだのだよ。それにしても随分と破廉恥な肩と背中だな」
茶化すようにそう言って、エリスはベールを外して僕へかぶせる。
「すまないが今はこれしかない。外は冷えるから、せめてこれで少しでも肩を覆ってくれ」
「え、エリスぅ……」
もう涙が止まらない。ずっと心細かった僕の心が、一気に暖められていく。もう熱すぎるくらいに。
「脱出するわよ! このままアンタに勝ち逃げなんてさせない! アンタはこのまま離婚させて、私が結婚し直す!」
「僕バツイチかよ……。ていうか邪神様、もういっぱい嫁さんいるぞ」
「関係ない! 私はとりあえずアンタに負けっぱなしなのがムカつくのよ! ……それにさっきも言ったけど、次はさらうって約束、まだ果たしてなかったでしょ」
そんなふざけた約束があるかよ。そう思うのに、僕はたまらなく嬉しかった。
「あまりここで悠長にしていても仕方ない。逃げるぞ駆人」
「あいっあいっ! えあああ!」
オデッセイと怪裏々に急かされ、僕は裁人達と共に部屋を出る。しかし既に廊下には警備の魚人が大量に押し寄せて来ていた。
「殿下ああああああ! ご無事ですかあああああああああ!」
「うわああああああああああああキモいいいいいいいいいい!」
裁人達と再開して感性が元に戻った僕にとっては、普通に魚人が気持ち悪かった。
「怪裏々! オデッセイ!」
裁人が指示を出すと、怪裏々とオデッセイはすぐさま魚人への対処に取り掛かる。エリスも毒手を使わないまま素手で魚人達を薙ぎ倒していく。
「き、キモいけど良い人達だから……殺さないでくれよ……」
「殺さないわよ。彼らも邪神様の部下だもの」
そんな会話をしている間に魚人達は全て撃破される。僕らは倒れている魚人達を時折踏みつけつつも何とか後宮を脱出した。
しかし後宮を出た途端、僕らの前に一人の男が立ち塞がる。
「あ、アイツは……!?」
「殿下……逃しはしませんよ!」
そこにいたのは、マン・ボンギョン伯爵だ。彼は僕を熱っぽい視線で見つめながらベロリと舌なめずりをする。
「逃しはしませんよって言った? アンタ、この状況はどう見ても誘拐なんだけど」
「殿下のことは何でも知っておりますよ。人間界にお友達がいることも、それが魔女だということも……そして殿下が元の世界へ帰りたいと思っていることも!」
えぇキモい……。どうやらいつの間にかマン・ボンギョンは僕について調べ尽くしていたらしい。だけど、僕はここに来てから元の世界に帰りたいだなんて誰にも話していない。一体どこから漏れたんだ?
「不思議そうな顔をしておりますな殿下……。以前お渡ししたポッポンプッペロの像は気に入っていただけましたかな……?」
「ま、まさかあの像に細工が……!?」
「ふふふ……気取らない素の殿下もかわいらしくてたまりませんでしたよ」
ま、マジで気持ち悪い……。
どうやらあの変な魚の像には何か細工がしてあったらしい。恐らく僕が部屋で一人でカルティーヌと話していたことは全てマン・ボンギョンに筒抜けになっていたのだ。
「アレは……!?」
そんな会話をしていると、不意にエリスが上を指差してうろたえる。見れば、そこには上空から落下してくる巨大な何かがあった。
「ま、まずい……!」
僕はそいつの正体を知っている。この邪神界で、何度か見かけた圧倒的かつ巨大な存在。
「ゲルドラ・ド……ッ!」
邪神様に近い姿をした巨大な化物……ゲルドラ・ドは邪神界最強クラスの眷属だ。邪神には及ばないものの、使役出来る眷属の中では最強とされる存在。
「マン・ボンギョン……お前……!」
「さあ殿下、後宮にお戻りください。それとも我が屋敷でおもてなしいたしましょうか?」
恐らくあのゲルドラ・ドはマン・ボンギョンが使役している。アレが相手ではいくら裁人や怪裏々、エリスとオデッセイでも太刀打ち出来ない。サイズ差があり過ぎる。
「む、無理だ裁人……アレは倒せない!」
「うっさい! 馬鹿にすんな!」
そう言って裁人は僕を引っ叩くと、すぐに何やら呪文を唱え始める。
「ほら、手を貸しなさい! 全員! 魔力寄越せ!」
裁人に促されるままに怪裏々以外の全員が裁人に触れると、裁人の身体が徐々に輝き始める。それは僕らも同じで、全員が一つの光の塊になっていた。
「えっと……これ、何……?」
「使って良いわよ、怪裏々」
そう言って裁人が怪裏々に触れると、僕らが放っている光を全て怪裏々の身体が吸い込んでしまう。そしてみるみる内に、怪裏々の身体が巨大化し始めた。
「えっ……!? えっ!?」
「ほら乗りなさい全員! ほら!」
裁人に促されるままに僕らが背中に乗る頃には、怪裏々はゲルドラ・ドと対して変わらないサイズまで巨大化していた。
「ま、まさか……そいつは!」
「ふん……アンタは知っているようね。行くわよ怪裏々……いや。デ・ケリリ・ゴス!」
「ああああああああああああああああい!」
巨大化した怪裏々はいつもの調子で声を上げると、すぐにゲルドラ・ドへと接近して行く。
「突撃っ!」
裁人がそう叫ぶと同時に、怪裏々はゲルドラ・ドを右拳で殴りつける。かなりの威力なのか、一撃でゲルドラ・ドはその場でのけぞった。
「馬鹿な……デ・ケリリ・ゴスを使役するなどありえない……! まして人間が使役するなど……何者だ!?」
マン・ボンギョンは相当驚いているようだったが僕らにはイマイチピンとこない。怪裏々がヤバいのは知ってたけど、裁人はいつも当たり前のように使役してたしな。
「――――魔女だっ!」
怪裏々の背中の上で堂々と仁王立ちをする裁人藍。黒いマントと長髪を舞わせるその姿を、僕は頼もしいと感じてしまう。ああ、僕は何だかんだでこいつにまた会いたかったんだなって、実感させられてしまった。
「……デ・ケリリ・ゴス。その知性の高さ故に、かつて謀反を起こして絶滅させられた眷属だ。どうやら怪裏々はその生き残りらしい」
「オデッセイよく知ってんね……」
「俺のアイデンティティその四、本はよく読む」
それ絶対邪神王誕生だろ。
「ああああいああああああ! えい! えい! ああ! っしゃあ!」
怪裏々の連撃がゲルドラ・ドを一方的に痛めつける。チラリと下を見ると、もののついでに蹴散らされたマン・ボンギョンが怪裏々の足元で気を失っていた。
「……駆人くん、あのマン・ボンギョン氏は一体なんだったんだ……」
「ぼ、僕のファン……」
「うっわ」
聖女ほんと僕に当たり強めだよね。今となっては懐かしくて嬉しいけど。
「おおおおおおいええええええええええええええ!」
そして渾身の一撃。僕がエリスやオデッセイと話している間に、怪裏々はゲルドラ・ドへとどめの一撃をお見舞いしていた。
この一撃を最後に、ゲルドラ・ドは沈み込む。決着の瞬間だ。
「よーしおつかれ怪裏々! もう戻って良いわよー」
「あーい」
そんな軽い調子でやり取りをする二人に安堵するのも束の間、本当に怪裏々はすぐに元のサイズに戻ってしまい、僕らの身体は宙へ浮く。
「うわああああああちょっと待って! 待って!」
普通に着地出来そうなエリスやオデッセイは平然としているが、僕はそういうわけにはいかない。このまま落下すれば確実に死ぬ。
え!? 助けに来てもらったのに!?
「わああああああああああああ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 父さん! 母さん! セーラー服ー!」
しかしそんな僕の絶叫を包み込むように、裁人藍は落ちていく僕を空中で抱き止める。
「さ、裁人!?」
「相変わらずなっさけない」
「……面目ない」
本当に返す言葉もない。
ていうか普通に会話してるけど僕も裁人も普通に落ちてるからな!?
「あいー!」
しかし僕の心配は杞憂に終わる。落下していく僕と裁人を、怪裏々が軽々と両手で抱き止める。まさかのダブルお姫様抱っこだ。
怪裏々はすぐに裁人を降ろしたが、裁人は僕をお姫様抱っこしたまま満足げに微笑んでいる。ちょっと降ろして欲しかったけど、これはこれでまあ悪くはない。
ちなみにエリスとオデッセイは当たり前のように着地してたんだけど、オデッセイはともかくエリスはほんとに人間なのかちょっと怪しくなってきたな……。毒持ってるし。
「あ、えっと……ありがとう……」
戸惑いながら僕がそう告げると、裁人は僕を抱き上げたまま片手で胸ポケットから五百円玉を取り出し、指で弾いて僕の胸元に放る。
「はい五百円。約束通り」
「お、おう……」
五百円……? と首を傾げそうになったが、そういやさらう約束した時に五百円やるからとか言ってたなコイツ……。
でもその五百円が妙に嬉しくて、僕は思わず握りしめる。あんな適当な口約束を、僕がいなくなった後もずっと覚えていてくれたことが嬉しかったのかも知れない。そっと五百円を握りしめて小さく息をつくと、裁人は得意げに笑って見せた。
「さて、私は約束守ったんだから、アンタにもしっかり守ってもらうからね」
「……何かしたっけ……?」
「さっさと帰ってやるわよ。『楽しかった最近』の続き」
「…………ああ!」
こうして僕は、再び魔女にさらわれた。
僕の名前は大岡駆人、魔女にさらわれたバツイチの男子高校生だ。




