表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/153

第96話 引き立て役

彼女は眉をひそめ、さらに深刻な調子で言葉を継いだ。


「それだけなら、私も単なる悪質なデマだと笑い飛ばしました。でも……」


彼女は一瞬躊躇い、意を決したように告げた。


「昨日、王都の宝飾店で……殿下がエリナのために、直接首飾りを選んだという話まで出ているのです」


「……ッ」


息が止まる。


心臓が、冷たい手で鷲掴みにされ、握り潰されたかのような激痛が走る。


昨日の出来事。


私が逃げ出し、ロキナに特注品を取りに行かせた、あの日。


「しかも、ご一緒していた貴族の少女を放置して、店中の品を見て回った、と……」


「放置された、貴族の少女」。


その言葉が、鋭利な杭となって私の自尊心を貫く。


私だ。


誰がどう見ても、私のことだ。


ファティーナは気づいていない。


その「惨めな少女」が、今目の前で引きつった笑みを浮かべている友人自身であることを。


もし知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。


驚愕?同情?それとも幻滅?


『リリス様、あなたがその場にいたのですか?』


『殿下は、あなたを差し置いて、平民の娘に宝石を贈ったのですか?』


そんな問いを突きつけられたら、私はもう二度と立ち上がれない。


何を言えばいい?


「ごめんなさい。殿下は、私よりも姉を選びました」


「私は、ただの引き立て役でした」


そんな敗北宣言、口が裂けても言えない。


あまりにも惨めで、あまりにも救いがない。


思い返す。


あの日のエリナの服装を。


着古した平民のドレス、埃っぽい靴、無造作に束ねた髪。


どう見ても、高貴な身分とは程遠い出で立ちだった。


それなのに、そんな少女が、王国の至宝であるカシリア殿下と親しげに談笑し、あろうことか贈り物まで受け取った。


店員たちにとって、それは天地がひっくり返るような光景だったに違いない。


「王太子殿下が、あの子に夢中だった」


「きっと愛人に違いない」


「同行していた令嬢は、完全な当て馬だ」


そんな下世話な噂話が、水を得た魚のように王都中を駆け巡る様子が、ありありと想像できる。


噂は必ず、人々の欲望と好奇心によって歪められ、何倍にも誇張される。


「殿下がエリナに跪いた」


「口づけを交わした」


「結婚を約束した」。


名前以外、何ひとつ真実が残らなくても、それは「事実」として定着する。


だが、何が真実かなど、もはや誰にも関係ない。


私自身でさえ、それを否定する気力を失っていた。


なぜなら、エリナが「タロシア公爵の娘」として正式に舞台に立った瞬間、これらすべての噂は、彼女を「シンデレラ」へと押し上げるための輝かしい序章へと書き換えられるからだ。


平民として育った不遇の姫君が、王子に見初められ、身分の壁を超えて愛される物語。


私は、その物語を彩るための、意地悪で惨めな異母妹役。


役配分は、すでに決定されている。


私の意思など、どこにも介在する余地はない。


「……そう、なのですね」


長い、永遠にも思える沈黙の果てに、私はかろうじてそれだけの言葉を絞り出した。


声には何の感情も乗っていなかった。


否定も、肯定もしない。


ただの、空虚な音の羅列。


胸の奥で、静かに、けれど決定的に、何かが崩れ落ちる音がした。


それは、私が必死に守り続けてきた「リリス・タロシア」という虚像の土台が砕け散る音だった。


殿下も、父も、友人も、誰も私を見ていない。


皆、それぞれの物語の中で、それぞれの役を演じているだけ。


私だけが、台本のない舞台の上で、仮面を被ったまま立ち尽くしている。


視界が滲む。


涙ではない。


世界が、私を拒絶して歪んでいるのだ。


私は扇子を強く握りしめた。


指の関節が白く浮き出るほどに。


まだだ。


まだ倒れるわけにはいかない。


この仮面が砕け散るその瞬間まで、私は踊り続けなければならないのだから。


「……教えてくださって、ありがとうございます、ファティーナ」


私は、死人のような微笑みで礼を言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ